うるさい心臓。上がる体温。**の息とか仕草とかの音しか聞こえなくて、聴覚がおかしい。
「ん、火、ついたよ」
「…オイラもだ、うん」
ジリジリと徐々に咲いていく火の花が水面に映ってより綺麗だった。夜空の下で唯一赤く輝く花火はまるで夜の主人公みたいで。
「…線香花火をね、人の一生って言った人がいるんだよ」
「人の一生?」
「…『牡丹のように玉ができていく様子は子どものころ。力を蓄え、青年期で松葉のようにバッとはじけ飛ぶ。壮年期は柳のように落ち着き、最後はともしびの散り菊で終わる。』、素敵じゃない?」
「…よくわかんねーな、うん」
じわじわと弾け飛んだ火の粉が落ち着いて、灯火に移り変わった。**の言葉を借りれば、もうすぐ、その一生を終えてしまう。
**は難しいことを言う時、いつも何か考えてるようだった。でもそれを知るすべはなくて、ただ聞くしかできない。
「…デイダラくんは、松葉だね」
「そう言う**もだろ?うん」
ちら、と隣を見た。なにも言わない**が気になって、その視線の先を見つめた。視線の先には、激しさをなくした火の玉が線香花火に吊られている。
なぜか、火の玉と一緒に、**が消えてしまうと感じた。
「っ、」
「わっ、」
そう思ったら無意識に**の腕を掴んでいた。
オイラが掴んだ反動で落ちた**の火の玉と、オイラの線香花火。ゆったりと川を進むそれは視界に入れなかった。
「もう、デイダラくんが掴むから落ちちゃったよ」
「……」
「……私の方が先に落ちたから、デイダラくんの勝ちだね」
なんでもないようにいつも通りの**。気のせいだとわかっていたのに、体が止められなかった。
**が消えるだなんて、馬鹿げてる。
「…ごめんな、**、その、なんか、体が勝手に動いた、うん」
「ふふ、それ大丈夫なの?」
「…ん」
オイラの勝ちか、うん
馬鹿げた思考を頭の隅に押しやり、うん、うん、と頷きながら質問の内容を考えた。いや、内容はもう決まっていた。
掴んだ腕もそのまま、**に真正面に向き合う。不思議そうな顔をする**。きょとんとした顔が可愛くて、頬をゆっくりと撫でた。
「デイダラ、くん…?」
「**、よく聞けよ、」
喉が震える。周りの音が入ってこなくて、**と二人だけの空間になる。わずかに開いた口から、情けない声が出た。
「もし、…家族のことも、なんとかしてやる。絶対に**にも家族にも、危害を加えさせない、だから、オイラについてこい、」
「っ…」
「そう言ったら、オイラについて来てくれるか…?」
わずかに**の目が見開いて、息を飲む音が聞こえた。**の手は、震えていた。
ずるい質問だと思う。もしこれで、頷いても、挑戦だと言っても、無理やりにでも連れ去る気だった。どうしても、**に幸せになって欲しいし、オイラには、**を幸せにしてやれる自信があった。
少なくとも、**の今の旦那よりは。
お願いだ、たった一回だけでいい、首を縦に振ってくれ。それだけでいいから、**の本心が聞きたい。
無理やりになんて、本当は連れて行きたくないから、だから、
「行かないよ」
そんな言葉が聞こえた。
顔を上げたら、**がまっすぐオイラの目を見ていた。まるで、迷いなんてなかった、そう言うように。
「なん、で…」
「質問は一つだけ。次、しよっか」
「なんでだよ、!**っ、!!」
腕を掴む手に力が入った。でも僅かに顔をしかめたから、すぐに離した。
「っわりぃ、」
「なんで、か……」
ーーその答えは、次にデイダラくんが勝ったら答えてあげる
ふわふわ浮いた空気みたいで掴めない。なにを考えているのか、なにが**を縛ってて、なにを思っているのか。なにもわからないままだった。
「…わかった、…うん」
ぶっきらぼうに花火を掴んで火に近づけた。クスクス笑う**。
なんで、笑ってんだよ。なんで逃げようとしない。なんで自分一人傷つく方に行く。なんでオイラを頼ってくれない。
なんで、何かに耐えるように、今必死に手を握りしめてんだ。
だんだんと強く儚く光を飛ばす線香花火。早く本心を聞きたいと思うと同時に、やっぱり心のどこかで**とずっと一緒にいたいと思ってしまう。
矛盾する心に頭が混乱する。湧いてくる疑問がそれを助長した。
オイラはこんなに焦ってるけど、あまりに**がいつも通り、ゆっくり喋るから、つい考える思考が攫われる。
「いつまで里にいれるの、?」
「…明後日くらいに、出る…うん」
「…そっか」
あと僅かな時間で、花火も終わる。オイラにとったら、花火が終わることと、オイラの夏が終わるのは同じようなものだった。
ーーもう帰っちゃうんだね
ーー…うん
ーーあっという間だったね
ーー…そうだな、うん、
本当は、3日前に任務は終わってた。でもオイラが旦那に頼み込んで、5日間だけ猶予をもらった。5日で、**を連れて行く準備をしろって。
3日経ったけど、うまくは、いきそうにない。
「…デイダラくんは、線香花火のどの瞬間が好き?」
「…んー、…やっぱり、一番激しい時かな、うん」
「ふふ、デイダラくんらしいね」
「**は?」
「私?…私はね、」
ぽちゃん
一つの火の玉が川に消えた。綺麗に紐の先で球体を保っている火の玉の所有者は、にっこり笑って、「散り菊かな」と言った。
「……オイラの、負けだ…うん」
「勝っちゃった」
火の玉が落ちる前に、**が花火から手を離した。
水面に触れた瞬間、色をなくした火の玉。ただのヒモになった花火が、川に流れて行く。
最後に、**の言葉を聞けなかったことに対する悔しさと虚しさで視線が下を向いた。
「やっぱ、弱いね、デイダラくん」
「…うっせ」
「質問、してもいい?」
「おー、…いいぜ、うん」
川をじっと見つめる**。オイラの方を一切見ずに、僅かに緩められた口を小さく開いた。
「…もしもの話をするね」
「なんだ?、うん」
音もなく息を吸った**。表情からは、感情をなにも読み取れない。
ただ、淡々と、そして何気ないように、声を出した。
ーーもしね、私が、もうすぐ死んじゃうってわかってたら、デイダラくん、どう思う?
え、
なんて情けない声が出た。
**が、もうすぐ、死ぬ…、?
「どういうことだよ、」
「例えばの話だよ」
「本当か、?」
「もしも、だよ、デイダラくん」
そうか、もしも、だよな。
自分に言い聞かせながら、頭を回転させた。あれ、なんでだ、答えが、出ない。
そうだな、よもぎ餅食いに連れてって、また花火して、うんと思い出作って、それから、オイラは最後まで**のそばにいたいな、それで、
いろんな考えがむくむくと出てきたけど、それが声に出なかった。声に出したら、本当にそうなりそうな気がして、怖かった。
唯一出た言葉は、「挑戦、」だった。
「…そっか、挑戦ね」
「…**、死なないよな、?」
「…今から私が聞くことに『うそ』で答えてね」
「**っ、」
ふふ、と笑う**。肩を掴んで無理やりオイラの方を向かせた。
真正面からみた**は、あまりに優しく笑っていて、穏やかで、時が止まったように感じた。
ーーねぇ、デイダラくん。
切なく甘く優しい声。オイラの手を掴んだ**が、ゆっくり口を開いた。
「……私のこと、好き?」
「っ…は、?」
言ってる意味がわからなくて、**から手を離そうとした寸前に、**がオイラの手を離すまいと、ぎゅっと握りしめた。
**の手の温度も、周りの音も、なにも感じられなかった。ただ、まっすぐオイラの目を見る**の視線が、体の奥深くに突き刺さる感覚だった。
「っなんで、そんなこと聞くんだよ、!」
「答えて、デイダラくん」
「**、なんで、」
「デイダラくん」
「っ、」
お願い。
懇願するように言う**。心臓が苦しいほど締め付けられて、息が苦しくて、頭が真っ白になった。
なんで、好きなのに、こんなに思っているのに、そんなこと言わなきゃならないんだ。なんで、こんなにまっすぐオイラを見つめるんだ。なんで、なんで。
ーーっ、嫌いだ…ッ
なにも考えられない。嘘だってわかってるはずなのに、言葉にするのが苦しかった。
なのに**は、「ありがとう」なんて笑って言うもんだから、余計に苦しくなった。
心がわけもなく痛みに刺し突かれたよう。笑顔ひとつで、心臓がえぐられる思いがした。
落夏速度満足に愛を告げることもできずに、ただ心に刺さった抜けない棘が痛みを残した。