「**、サソリの旦那が言ってたように着替えと手当すっか」
「…えっと、…ここで?」
「当たり前だろ?他にどこでするんだよ、うん」
「いや、…うん、わかった」
旦那にもらった薬と、今日の昼に買った包帯ををポーチの中から取り出す。蓋を開けて**にん、と薬を差し出すと、戸惑った視線で俺を見た。
「これは…?」
「旦那が作った塗り薬だ!青痣とかにいいらしい!」
「わ、嬉しい…」
花が咲いたように笑う**。やった、喜んでくれた。しかもかわいい。
恐る恐る手を伸ばす**は、少量の薬を指にとって腕の青痣へと撫でるようにそれをつけた。
「塗った後は包帯巻いたらいいらしいぜ、うん」
「包帯?わかった、こっちの腕を塗ってからにするね」
丁寧に薬を肌に伸ばしていく**。肩口までそれを塗っているときにわずかにオイラがつけた痕が見えた。
背中にぞくりとなんとも言えない高揚が走ると同時に、そんなことを感じる自分に嫌悪感を抱いた。最低だ、と自分に言い聞かせても本能で感じてしまったものを抑えるのは不可能に近かった。
「……」
「デイダラくん、塗れたよ」
「っ、あ、あぁ!じゃあ包帯巻くか!うん!」
名前を呼ばれてハッとする。すぐに笑顔になって包帯を差し出した。だめだ、本当に最低だ。
否定できない独占欲と、自分を責める罪悪感で頭がぐちゃぐちゃする。もう一度、あの肌に触れたら、また同じようなことをしそうで怖い。
「あの、デイダラくん、」
「なんだ?、うん」
「巻くの、手伝ってもらえないかな、?」
そんな**の何気ない言葉に笑顔のまま固まった。
正直に触れたい欲求とそれを必死で止める理性が葛藤する。こんな自分が気持ち悪くて腹立たしい。
「あぁ、いいぜ」
脳内会議もまだ終わってない状態でポロっと出てしまった言葉。いや、断るなんてできなかったけど、ちがう、うん、あぁ、。
『おい!何してんだよ!ちゃんと会議してから発言しろよな!』
『いいじゃん、それに断るなんてできねーだろ?うん』
『いやいや、他に何か提案とかさ、あっただろ』
『そのまま襲っちゃえよ』
『ばっか何言ってんだ!!』
「デイダラくん?」
「ん?どうした?」
「いや、…その、なんか、変だよ?」
「そうか?オイラはいつも通りだぜ?うん」
脳内のオイラたちががやがやと騒いでいたが、それもすぐに終了した。結局欲求には勝てそうにない脳内のオイラたち。
わずかに震える手で包帯の端っこを摘んだ。できるだけ、肌に触れないようにだな、…。
「…痛くねぇか?」
「うん、ちょうどいいよ」
「そうかよ、うん」
コロコロと包帯を沿わせていくだけなのになかなかうまくいかない。ちょっと歪んだり重なりすぎたりと苦戦したが、肩口までたどり着いた時にはまぁなんとかなってた。
ちなみに言うと二の腕を過ぎた時が一番苦痛で、腕の下に包帯を回す時に、その、あれだ、柔らかいものに手が当たりそうでめちゃくちゃ緊張した。
ちょきん、とハサミで切ってからテープでぺたりと貼る。その時が一番手が震えたけどまぁまぁの出来だろ、うん。
「よしっ、できたぜ!」
「ありがと、助かるよ」
「次は反対の腕だな!うん!」
一回うまくいったから少しだけ自信がついた。包帯を伸ばして準備するオイラにクスクスと楽しそうに笑う**。久しぶりの笑顔に心もポカポカする。
さっきと同じように薬を塗り終わった**の腕に、コロコロと包帯を這わせていった。
「さっきより上手く巻けたぞ!うん!」
「ほんとだ、嬉しい」
「っへへ、」
ニコニコ笑う**。この笑顔見たさに今まで頑張ってきたから、謎の達成感とかがすごかった。
そのあとは、両足をやって(もちろんオイラは後ろを向いてた)、あとは背中と腹ってなったんだけども。
「…背中だけ、薬を塗ってもらおうかな、?」
「……お、おぉ、」
包帯はいいや、と言う**の言葉に残念だと正直思う反面、ホッとした。もっ、もももしその、包帯巻くなんてなったら、その、オイラがどうにかしてしまう。確実に。
「…ちょっとだけ、後ろ、向いてて、?」
「…おう」
すぐさま**に背を向けた。さっきは足だったから特になんもなかったけど、背中となると色々脱がなきゃいけなくて。
シュルリ、パサ…
布が摩擦する音が鮮明に聞こえてきて、思わず口元を手で隠した。これはやばい、音だけで変な妄想してしまう。
変な冷や汗が頬を伝った。腕の時の緊張の比じゃない。…やばい。
「デイダラくん、」
「っ、なななんだよ、うんっ」
「…あんまり、引かないでね…?」
「え?」
「その、…見てて気持ちがいいものじゃ、ないからさ、…気持ち悪いと思うし、」
…まぁ、今更だけどね、と乾いた笑い声が聞こえた。そんなことない、と振り返ろうとしたのを寸でのところで抑えた。ダメだ、今振り向いたら冷静でいられなくなる。
ギリギリで止めれた自分に僅かながら安心した。
「……引くわけねぇだろ、」
「でも、」
「オイラが**のこと、気持ち悪いだなんて、思うはずがない」
馬鹿にすんなよ、と少しいじけながら口を尖らせた。ほんの二、三秒、音が聞こえなかったが、微かに**が「ありがとう、」と言った気がした。
今にも消えそうな声に、思わず気配を探った。確かに視界に見えない位置に存在するその気配にどれほど安心したか。
「背中、塗ってくれる、?」
「ん、」
クルリと体を向けた。視界に入ってきた後ろ姿に鈍器で殴られたほどの衝撃が走った。
「っ、」
自分が想像していた以上の、酷すぎる青痣や切り傷、腫れ上がった皮膚、噛み跡、そしてオイラがつけたものじゃないキスマーク。小さくて白い背中を覆うそれに呼吸をするのさえ忘れた。
白いシーツで胸元を抑えているであろう**は僅かに下を向いていた。
ーー…醜い、でしょ?
自分を嘲笑うようなそんな声に、何も答えれなかった。
どれだけ辛かったか、苦しかったか、怖かったか、きっとオイラには想像もできないだろう。ただその背中を見ているだけで、心臓が握り潰されたような感覚に陥った。
「…塗るぞ」
少し多めに薬を手に取った。トン、と指を触れさせれば、僅かに跳ねる体。できるだけ痛まないように優しく、優しく指を這わせた。
僅かに震えてる体。シーツに顔を埋めた**の表情は後ろからじゃ読み取れなかった。
なんで、**がこんな目に遭わなきゃいけないんだ。
「…痛く、ないか?」
「うん、大丈夫、」
その言葉がまるで自分に言い聞かせてるように聞こえた。なんでこんなにも、**は頼ってくれないんだ。
なんでオイラはあの時、無理やりにでも**を連れ出さなかったんだ。
「…オイラのせいだ」
「え、?」
「オイラがあの時、無理やりにでも**を連れて行ってたら、こんな事にはならなかったんだ…!!」
「…違うよ、これは全部、私のせいなの」
とん、と**の肩に額を乗せた。謝っても何も解決しないのに、どうしても懺悔の言葉しか出てこない。
「ごめん、**、ごめんな、」
「デイダラくんのせいじゃないよ、」
「でも、オイラが、「違うの」
「私が、あの人を愛せなかったから、だよ」
唇を噛み締める歯が震える。私のせい、私のせい、と口癖のように言うから余計に心臓は苦しくなった。
違う、違う、
なんどもオイラが繰り返すたび、**は全て受け止めて同じように言葉を紡いだ。
その背中があまりに寂しそうだったから、思わずその体に腕を回した。
びく、と跳ねる**を無視して抱き締める腕に力を入れる。**の体は小さかった。
「っデイダラくん、」
「もう、自分のこと、悪く言うの、やめてくれ、」
「っ、」
カタカタと震える**。ただ抱き締めることしかできない自分が憎い。**を救えるたった一つの方法を口に出すのが怖かった。
「だめ、やめて、デイダラくん、」
「**、」
「だめだよ、弱くなっちゃう、」
「弱くていい、頼ってくれ、オイラを」
「だめなの、デイダラくん、」
やめて、だめ、と言うなら、この腕を振り払ってくれればいいのに、オイラの手を掴む冷たい手が、頼りたくて仕方がないと言っているようだった。
「オイラと逃げよう」
「っ、」
「連れ去ってやる、ここから遠いところに、」
ーーだから、一緒に来てくれないか
情けない声だった。でもこれが今の精一杯。ずっと言いたかった言葉。あの時言わなくて、無理やり連れて行かなくて、死ぬほど後悔した。だから、今度はオイラが**を幸せにしたい。
「オイラと、幸せになろう」
もう無理しなくていい、逃げよう。
子をあやすように優しく頭を撫でて、首筋に唇を落とした。
ポタ、ポタ、と腕に雫が溢れる。ぎゅ、と**を抱き締める力を強くした。
あまり綺麗じゃないけど、オイラの部屋にいればいい。まずは怪我を治して、それから時間がある日は旅に出よう。いろんなとこ巡って、夏以外の季節を一緒に楽しもう。
そんな未来を描いたオイラに**は、迷いない声で、ある言葉を告げた。
ーー…ごめんね、一緒に行けない。
いつしか、**の震えは止まっていた。目を見開くオイラに、**は続けてこう告げた。
「…私が逃げたら、家族が殺されちゃうの。素敵なお誘いありがとう、…ごめんね」
家族が殺される。
なんでなんだよ、と真っ白になった頭で声に出した。人質ってことか、**を縛り付けるための。
**が、家族を大切にしているのを知ってて。そうやって言えば、**が逃げないことをわかってて。
「なんだよ、それ…」
「…ごめんね」
「そんなの、おかしいだろ、!」
「…薬、ありがとう。そろそろ帰るね」
スルリと腕を抜けようとする**を強く抱きしめた。絶対に行かせない。こんな目に遭ってるのに、みすみす行かせるわけがない。
「デイダラくん、」
「だめだ、**、行っちゃだめだ」
「離して、デイダラくん」
「いやだ、離してたまるか、!」
「デイダラくん」
ちゅ。
こめかみに触れる柔らかい感触。一瞬思考が止まった瞬間、視界が白に覆われ、そして体に襲ってくる優しくて柔らかい抱きしめられている感触。
ーーありがとう、デイダラくん
頭から被せられたシーツをぎゅう、握り締めた。ここで無理やり止めたら、**が悲しむことを知ってたから、止められなかった。
シュルリ、と再び服が摩擦する音が響く。情けない自分に腹が立ってなぜか目から雫が溢れてシーツを濡らした。
「デイダラくん」
「なんでだよ、なんで**ばっかり、なんで、」
「ありがとう、嬉しかった」
そこ言葉を最後に、パタンと閉まるドア。薄れていく**の気配を必死にたどるも、足が重石を乗せられたかのように動かなかった。
涙で怪我したライオン(うれしかった、なぁ…)
溢れた涙が包帯を濡らした。