流星を祝えやしない


意気揚々と夜に出て行くデイダラを見送って(蹴り飛ばして)二時間ほどが経った。犯罪者のくせに偽善的なことをした自分に何とも言えない苦々しさが残る。


(どいつもこいつもあのクソガキのせいだ。)


傀儡のメンテナンスをしながらも、脳内はあの夜の出来事に思考を奪われる。
女を傷つけたと死んだような顔で帰って来たあいつを腹の底から笑っていたら、本気で泣き出して思わず慰めたのは記憶に新しい。
あろうことか、あまりの死んだ顔に同情してつい薬を作ってしまった。


(くそ、なんで俺があんなことを…)


半ば八つ当たりのように新しい毒をいつもより多く塗った。剣先にべっとりとつく無味無臭のそれが人肉を切り裂いた時のことを思うと憂いも少しはマシになる。
自分しかいない空間で傀儡をいじる瞬間が一番至福。誰の邪魔もなく、一人で永遠と芸術と向き合える時間が一番心地いい。

そんなとき、バンッ、と勢いよく玄関口の扉が開く音。

気配ですぐに誰かがわかって、一瞬で至福の時間が苛立ちに変わった。今日はやけに早い帰りが怒りを助長させる。


(…クソが)


音がしたドアの方向を睨みつけた。間も無く入ってくるであろう人物を予想しながら。


「旦那!!!」
「テメェ…ぶっ殺してやろうか、「頼む旦那ッ!!助けてくれ…ッ!!」


靴も脱がずに入ってきたデイダラ。その腕にはデイダラにぐったりともたれかかる一人の女がいた。初見でも、明らかに体調不良であることがわかった。
……面倒くさい、


「…ここに寝かせろ」


俺は医者じゃねぇんだよ、と小声で愚痴りながら布団に寝かせた女の顔にかかっている髪の毛を雑に払い落とした。
じ、と覗き込めば大人しそうな顔が赤くなっていて、汗もかいている。呼吸も苦しそうだった。手も冷たい。


「…風邪だろ」
「風邪なのか!?」
「この前お前と二人で雨の中いただろ。それじゃねーのか」
「なっ、!?」


オ、オイラのせいで、…と膝から崩れ落ちるデイダラの頭を拳で殴る。いてぇ、と頭を抑えるデイダラ。


「黙れ、病人がいるんだぞ」
「っ、ごめん、**、!」
「大丈夫、だよ、デイダラくん…」


ーーごめんなさい、迷惑かけちゃって、

言葉がやけにか細くて、声が震えていた。ゲホゲホと強く咳き込む女にデイダラが慌てた様子で背中をさする。

単なる風邪にしては、重症に見えた。


「…とりあえず、着替えと水とタオルと…なんか軽く食えるもん持ってこい」
「服と、水と、タオルと、飯だな、。待ってろ、**、すぐ戻るからな!」
「デイダラくん…」


少し開かれた目。か細くデイダラの名前を呼ぶ声はあまりにも弱々しかった。

そんな女の頭を撫でて慌ただしく出て行ったデイダラ。勢いよく閉められた扉に思わずうるせぇ、と呟いた。


「すいません、…ご迷惑をおかけして…」
「いつものことだ」
「…デイダラくんの、お仲間さんですか…?」
「そんな綺麗なもんじゃねぇよ」


袖口からは青紫に染まったやけに細い腕が覗いていた。何も言わずに袖をめくればわずかに抵抗したが、それすら無視してまじまじと腕を見れば、観念したように腕の力を抜いた。

手首から肩にかけて、至る所に打撃による変色があった。あいつの言ってた通り、かなりの暴力を受けてたらしい。まぁこの手当は適当にデイダラにさせるとして。


「三日顔を見せなかったのは、単に風邪か?」
「はい、その、拗らせてしまって…」
「…風邪だけか?」


顔色の悪さ、呼吸音の乱れ、貧相な体、重い咳。どうみても風邪をひいただけの健常者には見えず、長年病気を拗らせたような姿だった。


「…貴方は、お医者さんですか、?」
「違う。が、みたらなんとなくわかる。……肺か?」
「…たぶん、そうだと思います、」
「たぶん?」
「あはは…情けないんですが、病院には行ってなくて、」
「…まぁ、その体じゃ行けるもんも行けねぇな」


クソ下手くそな笑顔。そりゃデイダラも心配するわけだ。偽善者みたいな笑顔が気味悪かった。作り笑顔に慣れてるって感じがして。

女の胸元に手を当てる。軽くチャクラを流しこんでみれば、想像通り、肺にかなりのダメージがあった。


「俺がみた限りじゃ、もう手遅れだぞ」
「はい、自分でもわかってます」
「デイダラは知ってんのか?」
「いえ、…もとより、伝える気はありませんから、」
「いつかバレるぞ」
「…バレるまでに、お別れしておきたいんですがね、」


あはは、と力なく笑う女。どこまでもデイダラには心配かけたくないらしい。が、それが逆効果だってことがわかってない。くだらねぇ。


「…まぁ、俺はデイダラが傷つこうがお前が死のうが関係ねぇし興味もねぇからな。好きにしろ」
「そう言っていただけると、ちょっと助かります」


眉を下げて力無く笑う女。デイダラのやつ、とんでもないやつに捕まったな。目の前の事しか考えられねぇあのクソガキにはさぞかし重い話だろう。

…まぁ、俺には関係ない。


「旦那!持ってきた!!」
「うるせぇ黙れ」
「デイダラくん、」
「**、起きてて平気なのか?寝てろよ」
「ううん、大丈夫。ありがと、デイダラくん」
「あんま、無理すんなよ、**、」
「うん、ありがと」


分かりやすく眉を下げるデイダラ。心配で仕方ないって顔だ。今までそんなに思わなかったが、女の前にいる時のデイダラを見てたら、いくらS級犯罪者でもまだ年相応のガキなんだと思い知らされる。


「おいデイダラ…軽い食いもんっつったよな、」
「えぇっ、よもぎ餅とおはぎは重いか!?」
「喉に詰まらせたらどうするつもりだ、少しは考えやがれ」
「だっ、大丈夫ですっ、私お餅好きなので、!」


がーん、という音が聞こえそうなくらい大きく口を開けたまま眉を下げるデイダラの馬鹿さ加減に呆れた。すげぇ阿呆らしい顔。


「お前が食えんのならそれでいい。……どうせ風邪こじらせて体力無くなってるだけだろうから適当に飯食わせて水分取らせて安静にしろ」
「!」
「本当か?よかった…」
「ってことで俺は寝る。お前は着替えと傷の手当でもしとけ」


本当に、岩隠れに来てから余計なことばかりしている。女にもデイダラにも気を使うのがめんどくさくて仕方ない。
どうでもいいし、関係ないのに。

驚いた表情で俺を見る女に視線を向けた。でもすぐに笑顔になった女を見て、ガシガシと頭を掻く。


「ありがとうございます、…えっと、」
「旦那の名前はサソリだ、うん」
「勝手に教えんじゃねぇよ」
「いたっ」
「サソリさん、その、…ありがとうございます」


何に対してのありがとうか。それはこの女にしかわからねぇ。ただ一つ言えるのは、この里に来てから礼を言われるのが増えたってことで。


(…あー、うぜぇ…)


女の声は無視して、傀儡と道具をまとめて部屋を出た。



流星を祝えやしない
今日は特別に俺の部屋を貸してやるから明日よもぎ餅買ってこい。