護衛と共に、騎士団本部の地下へと足を運んだ。
あまり行くことのないそこは、相変わらず少し異様な雰囲気を漂わせている。
「昔、騎士団本部で迷子になって、ここにたどり着いたのが懐かしいです」
「こんな暗いところに辿り着いたのですね…」
「あの時は怖くて大泣きしたら、ジャックさんが見つけてくださったんです」
あの時はジャックさんもまだまだ新人と呼ばれる方で、私の存在すら知らなかった。
それでもあの時、私たちは確実にお互いを知ることができた。
様なんて呼ぶなよ気持ち悪い、の言葉は、幼き私にはなかなかの言葉だったと思う。
「ここも、思い出の一つです」
「**様は、優しい思い出が多いのですね」
「はい。沢山の方に支えられて今ここにいますから」
今も、きっとこれからも、騎士団員の方々だけでなく、この国全ての人に支えられて生きていくんだろうな、と思う。
だからこそ、私にできる恩返しはしたい。
「まだ、恩返しの何一つもできていないですがね」
「相変わらず、謙遜の塊ですね、**様は」
「そうですか?」
ぐるぐる回る階段をゆっくりと降りる。一段一段、思い出を噛みしめるように。
地下へと進むと同時に、部屋の中心に誰かの存在があるのがわかった。きっとユリウス様だ、と思いながら、まだ他の方がいるのを感じた。もう一人はマルクス様だろうけど、まだ他にもいる。
騎士団員かな…?
トンっ、と最後の階段を降りて、視線を上げた。視界に移ったのは、ユリウス様とマルクス様と、何やら拘束されている二人。
そしてそのイレギュラーな二人の存在に視線は吸い寄せられていった。
「わざわざありがとうございます、**様」
「いえ…、あの、この方達は、」
マルクス様が護衛のものを退かせ、地下には私とユリウス様、マルクス様、そして拘束された二人しかいなくなる。
その二人の視線が忌々しげに私を突き刺した。
その視線が恐ろしくて、ユリウス様に視線を向けた。突き刺さるような視線が恐ろしい。
「白夜の魔眼の、仲間です」
「っ!?」
思わず、息が詰まった。
そらしていた視線を戻し、私を睨みつけてくる二人を見つめた。
この人たちが、白夜の、魔眼……
「……あなたたちが、国を、フエゴレオン様を…っ!」
心の奥から湧き出てくるのは、怒りだ。
グツグツと煮えたくるような怒りに、眉間に皺が寄っていく。
「どうして国を襲ったのです…!」
「…お前が、王女か…」
言葉とともに、どろりと心に流れてくるのは、恨みや憎しみが混ざったような感情。黒い感情が私のつま先から頭のてっぺんまでを飲み込んでいくような気がして、背筋が震えた。
怖い。
今にも私を殺しそうな視線。でも私も引きたくなくて、ぎゅう、と拳を握りしめて睨み返した。
「…**様に、伝えなければならないことがあります」
「っ、ユリウス…様…?」
パッと視線をユリウス様に移した。
彼は真剣な目つきで、まっすぐ突き刺すように私を見つめていた。その真剣さが、只事ではないことを物語っていた。
「…**様、あなたはいつかこの国の王になる」
「──……、未来のことはわかりませんが、…それがどうかしたのですか…?」
あまり、ユリウス様とはそのような国の将来の話はしてこなかった。
私が無意識に避けていたのかもしれないが、それでもこの方から、このタイミングで王のことを持ち出されるとは思ってもいなかった。
話題が話題だけに、身構えてしまう。じっとユリウス様から視線をそらさずに、突き刺してくる視線を受けながら見つめ返した。
「…時期国王として、貴方には、この国を知る義務があります」
「………はい」
これは、ユリウス様ではなく、魔法帝からの言葉だ。
私を、この国の王女として、時期国王として話をしている。
自分の将来について考えなかったわけではない。でも考えれば考えるほど、自分にはできないと思いつめてしまっては考えることを放棄していた。
時期国王に相応しい人が、目の前にいたから。
「……**様、貴方には、今まで出来るだけこの国の闇には触れさせませんでした。ですが、もうそうこう言っている場合ではなくなってきています」
「この国の…闇…、」
ドクンッ…
一度の強い拍動が、連続して身体を打ち付けていった。
自分でも感じていたはずだ。私はこの国の闇を知らない。過去にこの国で何が起きたのか、何も知らない。
ただ、魔物が国を襲い、初代魔法帝が魔物を倒した、それからこの国が平和になった。そんな綺麗な過去しか知らされていなかった。
「確かにこの国は今は平和です。しかし、またこの前のように、白夜の魔眼がこの国の平和を脅かす可能性は充分にあります」
「…それは、わかっています」
「…この国の平和を脅かすものが、白夜の魔眼だけではない可能性も、充分に考えられます」
「……何が言いたいのですか、」
なぜか、その続きの言葉が聞きたくないと感じた。
ユリウス様から流れてくる、葛藤や思いの強さが、こんなにも私をかき乱すなんて。
「…この国に、裏切り者がいる可能性があります」
「──…っ、そんなこと…!」
「ない、と言い切れますか?」
考えてもみてください。
その言葉から繋がれた考えは、容易に私を納得させた。
突如現れた敵
団長クラスを一瞬で恵外界へと移動させた
フエゴレオン様だけを狙った暴動
なぜあの時他の団員が駆け付けられなかったのか
壊されていた通信機能
明らかに手薄になっていた障壁の護衛
おかしな点は、いくつもあった。
あのテロがこんなにもスムーズに行くのには、きっと“誰か”の手助けが必要だったはず。
そして私は、その“誰か”に一番相応しい人を知っている。
「…っ、国民を…魔法騎士団を、疑えと言うことですか…ッ」
「…あくまで、可能性の話です」
ズキズキと頭が痛い。強すぎるほどの拍動で存在を主張してくる心臓が苦しい。
今の今まで、そう言う可能性を考えなかったわけじゃない。平和な国を破滅に導くには、内部からの攻撃が一番だと知っているから。
「本題に移りますね」
「え…?」
「**様、貴方は魔法で、人の嘘を見抜くことができますね」
「………それが、なにか…、」
単刀直入に言います。
そう告げたユリウス様が、恐ろしいと感じてしまった。温度のない視線が、私を内部から凍らせていくようで。
「その裏切り者を、彼らから聞き出してください」
息の仕方を忘れたかのように、頭が真っ白になった。
「っそ、そんなことできません…ッ!」
「それは、魔法が使えないと言うことですか?」
「違います!国民を疑うなど、そんな…ッ、とにかくできません…!」
ジリジリと頭が焼かれているよう。激しく脈打つ心臓が息をさせまいとしているみたい。
「私は王女です…!国民を信じることが私の役目です!!」
「一人の存在が、この国を脅かす可能性があるのです」
「それでも…ッ、」
「いつまで現実から目を背けるおつもりですか」
心臓を見えないナイフで抉られているような気がした。握りしめた拳に爪が食い込む。
崖から突き落とされているような、そんな苦しさが私を襲う。
「**様」
「ッ…、」
「確かに貴方は王女、国民を信じることが務めでしょう。しかし、いずれこの国を守らなければならない立場にあることを、忘れないでいただきたい」
わかっている。わかっているけれど。
それでも、誰かを疑うなんて、私にはできないし、これからもしたくない。
ユリウス様の厳しい視線が、言葉が、私をズブズブと突き刺す。痛くて痛くて仕方がない。もう立っていることすら不安定で、倒れてしまいそう。
「キレイごとだけでは、国は治められません」
「〜〜ッ、」
なにも言えない自分が恥ずかしい。
ユリウス様は、なに一つとして間違ったことを言っていない。単に、私が子供であるだけ。
でも、それでも…っ、!
「ッわ、私には、できませんッ…」
「……**様、」
「失礼します…っ」
バッと振り返って階段に足を掛けた。
スカートに足を引っ掛けて躓きそうになりながら螺旋階段を駆け上がる。
ぐるぐると頭の中で、いろんなことが巡り巡って爆発してしまいそう。
息が苦しくて、泣き声のような音を立てながら酸素を取り込んだ。
バンッ!と勢いよく地上に繋がる扉を開けた。
明るい光が差し込んできて、思わず目を細めた。
「**嬢?」
「っ、あ、…ジャックさん…、」
たまたま通りかかったのだろうか。いつものように少し気怠げに書類を持っているジャックさんがいた。
私を見つけるなり、のっそのっそと長い足を伸ばして私の眼の前に立った。
眩しすぎた光が遮られて、ようやく視界がクリアになる。
「こんなところで何してんだよ」
「……ヒック、」
「あ?」
「っ、じゃっぐざぁぁぁんっ、」
「…カカカ!何泣いてんだよ、**嬢」
なぜか、ジャックさんを見たら涙が溢れて止まらなくなった。
眼の奥から湧き出る水が、私の頬をボトボトと濡らしていった。
そんな私を見て、笑いながらぐしゃっと頭を撫でたジャックさん。少し雑のように思える仕草が、今はありがたくて仕方がなかった。
「あん時みてーに泣いてんな」
「えぐっ、ひっく、ふぇ…っ、ゲホッゲホッ、」
「カカカッ、いつになっても変わんねーな、**嬢は」
情けない。こんな自分が嫌になる。なのに、変われない。
いつまでたっても、私は子供のままなのかもしれない。
「ッグス…どうやったら、っヒック、大人になれますか…っ、?」
ゴシゴシと涙を拭った。皮膚が擦れて痛いけど、そんなこと全く気にならないほど今は泣きたくて仕方がなかった。
「その答えを自分で見つけた時に、大人になれるんじゃねーの?」
だからもう擦んな、泣き虫嬢さん
私の背中に手を回して、ぎゅ、と抱きしめてくれるジャックさん。少し不器用な手つきで私を撫でる仕草が、どうしようもなく心をあったかくしてくれる。
そしたらまた、涙が溢れてジャックさんの服を濡らしていった。
「ま、今は思う存分泣いとけや」
カカカ、なんて特有の笑みを浮かべては、グリグリと頭を撫でてくれた。
それが嬉しくて、優しくて、あったかくて、ジャックさんの服にしがみついてまた声を荒げて泣いた。
あの時と変わらない少し土の混ざった匂いが、ひどく心を安心させていった。
私よ 私を 超えていけ