迷い込んだのは…


 紛うことなくこの絵に描かれている少女は娘のアイリン。
 しかし、今し方見た時は人物など描かれていなかった。ましてや会いたくてたまらない娘の姿をした絵をわたしが見逃すはずも無い。

 どういう事なのだろうか?おかしい。この店は本当におかしい。
 絵の中の娘に目を奪われていると、不意に漂う甘い香り。
 それは一度背を向けた左側の通路から漂って来ていて…
「ベリーのジャム…」
 不意に口を吐いて出たのは元妻が良く作っていた自家製ジャム。娘が大好きだったあのジャム。
 そのジャムを炊いてる時の匂いだ。
 もしかして、娘がいるのだろうか?この絵画の真相もわかるかもしれない。
 わたしの歩みは踵を返して反対の道へと向かった。


 およそ店内ではありえない程度には暫く歩いた。途中道が曲がっていたが一本道には変わりなく、そのどこにも扉も階段も無い。ここは出口の無い迷路なのだろうか?と錯覚してしまう程おかしな作り。
 絵画は相変わらず飾られていて、そのどれにも緑色が目に映る。
 いや、緑ばかりの絵が増えてきた気がする。そして今度は本物の生花までが、一輪挿しや陶器製の花瓶、ガラスコップや日本の華道なんかで使われるような物に活けられ、飾られていた。

 甘ったるい匂いはどんどん強くなってゆき、ついに一つの扉に辿り着いた。

 金メッキが所々剥がれ落ちている年季の入ったドアノブに手を掛け、恐る恐る捻る。ガチャリ。開いた。
 そのままドアを押し入ると、なんと言う事だろうか。一面緑の部屋。
 それは文字通り緑ではあるのだが、おかしいの一言で片付けられる物ではない。不自然に、自然が広がっていたのだ。

 足元には緑色のカーペットしかし、そこから数センチずれると芝になっており、さらに数センチずれると見知らぬ植物の蔦。雑草。小花。終いには…樹木。
 部屋を成すための壁も、同様に人工的な緑から、じわじわ自然的な緑へと変わり、やがては無くなっている。はたしてここは室内か?中庭か?どうみても、明かりは人工的なそれではない。

 庭園と判断したその道なき道を進むと、先ほど分かれ道で見たような薔薇のアーチが木の後ろから姿を現せた。甘ったるい匂いは相変わらず強い。
「いったい何なんだ…」
 アーチの下まで行き、あの絵画を思い出す。この場所はたしか、娘の姿が描かれていた場所だ。あの絵では娘は走っているような体勢で、アーチをくぐるまさにその瞬間といった所だった。

 あの絵画のように、綺麗な薔薇のアーチを何かを期待しつつくぐり通った。しかし何も無い。――当たり前か。
 どうやら道を間違えたらしい。店員の一人もいなければ、先ほどまでの纏わり付くような甘い匂いもしない。
 そう思い、選ばなかった右の通路まで戻ろうと踵を返した所で思考が巻き戻る。

――甘い匂いは、いつしなくなった…?

 見上げるアーチが不適に笑ったような、そんな不穏感を抱いた。


 そしてわたしは迷い込んだ。アーチをくぐったその瞬間に
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