▽“私”じゃないのに [1/4]


私が一人で悩んで解決した時にはもうアニメイトには着いており、今は片手に青い袋をぶら下げて帰宅中。
始めてアニメイト本店に入って思わず「すごっ」と声を漏らした時には真紀に何時も来てるじゃん、と笑われた。
“こっち”の私はこんな素晴らしい場所に毎回通ってるのか。
羨ましすぎる。
中に入ってからは自分が好きなジャンルの棚を見回って本やグッズを数個買った。
そして今に至る。



「それにしても芭菜って一人暮らしだよね?羨ましいなー」


「え?…あははっ、まぁね」


「何時から一人暮らし始めたんだっけ?」


「え゛…っと、…覚えてないなぁ」


「だよねー。あ、でも高2辺りからじゃなかったっけ?何か親が海外で仕事する羽目になって海外に引っ越してしまったんだよね」


「う、ん。そうだった…はず」


「曖昧かよ〜」



語尾にwが付くノリで軽く私の背中を叩いてきた。
特に痛みは感じない。
でもこれで良い情報を収穫した。

私は一人暮らしで親は海外に住んでいる。
それだけでも結構な収穫だ。
矢張り私の世界での家族構成とかは同じなのだろう。
ただ暮らす場所が違うだけ。
それだけならあまり心配はいらない。
少し情報を得て嬉しさのあまり、笑みを零した瞬間真紀が携帯の画面を見ながらあ゛っと声を上げた。



「ごめん、芭菜!私今から家に帰らなきゃ…。親に学校休んだことバレてしまった」


「あー…何かごめんね。私も一緒に行こうか?ほぼ私の所為だし」


「いやいやいいよ!私の問題だし?芭菜は池袋を満喫するといい!また車に轢かれないでねー!!」


「轢かれないよ」



苦笑いして言うと真紀は笑いながらじゃあね、と言って人混みの中に姿を消した。
私はただその場に立ち尽くすのも何なので壁に寄りかかり、携帯を開いた。
カチカチと音を鳴らしながらアドレス帳を開く。
知り合いの名前はたった一人。

“日向真紀”

どうして知り合いの中で彼女の名前だけがあるのか不思議だ。
きっと他の知らない名前の人達はクラスメートだと思う。
人数的にもおよそ30人弱。
クラスメートは基本総計30人くらいだから多分他のクラスメートの名前もきっと入っているだろう。
そう考えると“こっち”の私はまだ携帯を買ってあまり日が経ってないのだろうか。
携帯を持つにしてもあまりにもアドレス帳の人数が少ない。
それとも携帯を壊してしまったから最近新しく携帯を買ってアドレスを新しく入れたのか。
きっと後者の方だろう。

もし私と同じなのなら、私の親はそこまで厳しい家庭ではない。
寧ろ海外に行ってしまったのなら余計携帯を持たせるだろう。

じっと携帯を眺める。
自分の携帯なのに自分の携帯じゃない。
この携帯は全てが“こっち”の私の物なのか、中身だけが“こっち”の私のなのかよくわからない。
まぁ、携帯があるだけ良しとしよう。

自己解決したら行く場所もないので今は家に帰ることにした。
壁に寄りかからせていた背中を浮かせ、足を一歩踏み出す。
が、それと同時に声をかけられた。



「はぁい、そこのクールビューティーな彼女!俺と一緒にお茶しなーい?」



その声を聞いて私はすぐさま顔を上げた。
ナンパをしてきて、茶髪で耳にはピアス。
そしてその声が宮野ボイス。そんな人、彼しか居ない。



「紀田、君…?」


「あれっ、芭菜さんじゃないっすか!今朝ぶりですね!!あ、まさか俺に会いにここに来てくれたんすか!?いやー、やっぱモテる男はつらいな〜」


「頭沸いてるね、大丈夫?というか入学式って今日だったよね。終わったの?」


「ひどっ!芭菜先輩以外に辛口!あ、入学式は午前中で終わりっすよ。午後からは自由なんです!!」


「え、もう12時過ぎたの!?」



急いで携帯を開き、時間を確認した。
本当だ、12時回ってる。
きっとメイトで何時間かウロウロしてた所為で時間忘れてたのだろう。
よくあることだ。
思わず苦笑いを零して携帯を閉じた。

今入学式から終わって池袋内をウロウロしているということはきっと竜ヶ峰帝人君もいるのだろう。
なら今彼は?
……まぁ、紀田君がナンパしてるから何処かに彷徨っ



「紀田君!」



突如此方に走りながら紀田君の名前を呼んだ少年に私と紀田君は一斉にそちらを見る。
黒髪のショートに、来良学園の制服を着た、如何にも大人しそうで、何処にでもいそうな男の子。
そんな彼を見て紀田君は「帝人!」と声を上げる。



「紀田君、勝手に居なくならないでよ…!本当に焦ったんだからね!?」


「悪ィ悪ィ!丁度今俺ナンパしてたんだよ」


「え!?」



肩で息をしていた帝人君が私の存在にやっと気づいて此方を見ては顔を青くした。

「すっ…すいませんでした!紀田君が迷惑をしました!直ぐ連れて帰るんで!」


「え、いや」


「おいおい帝人ー。何で俺の保護者みたいになってんの?大丈夫大丈ー夫!この人は俺の知り合いだから」



えっ、と声を上げる帝人君は真実なのか確かめる為に私を見てきた。
私は苦笑いをしながら頷く。ぶっちゃけると何時、何処でどう知り合ったかは知らない。
何たって“こっち”の私の情報は全くと言っていい程ないのだ。
誰と知り合いでどんな関係かも。

もし私に彼氏は居るの?と訊かれてもきっと答えることは出来ないだろう。
何たって私は“私”じゃないのだから。
でも私と同じなのであれば彼氏は居ない。というか作る気さえもないだろう。
“私”の部屋を見て確認したが、どうやら“私”もオタクだ。
二次元をこよなく愛していると思う。
だから私もそうだから、もし“私”も同じなら三次元には一切興味を持ってないだろう。
私は帝人君だろう人物に体を向けて笑った。



「来良学園三年の波崎芭菜です。君も来良だよね、制服から見て」


「あっ、はい!りゅっ、竜ヶ峰帝人です。よっ、よろしくお願いします!」


「ん、よろしくね」


「ふっふっふ、芭菜さんとはなぁ、二週間前に会ったんだぜ!」



その言葉に私は表情を変えずに、聞き耳を立てる。



「二週間前に俺と芭菜さんは出会ったのさ…!そう、運命の糸で結ばれたかのように!」


「んな大袈裟な」


「いやいや芭菜先輩も覚えてるだろう!?俺と出会ったあの日を!」


「えー、忘れた」


「んなっ!冗談はいけませんよ芭菜さん!」



冗談ではない。これは全て事実だ。
私は紀田君と出会った日なんて忘れたのではなく、知らない。
だって出会ったのは私じゃなくて“私”なんだから。
そう考えるとちょっと胸が苦しい。

紀田君の知っている“私”は私じゃない。
紀田君は私と“私”を間違えている。
知っていて欲しい事実なのに、知らせたい事実なのに、知っておかせたい事実なのに、それは出来ない。

私は“私”じゃないのに。

それがどんな形であれ知らせたい。
でも、そうしたらこの“物語”は狂ってしまうかもしれない。
原作から離れて全くといった違う話になるだろう。
それに私はちゃんと決めたのだ。
私は“私”になろうって。
ぐっと奥歯を噛み締め、私は再び変わらず笑顔を作る。



「嘘だよ。ちゃんと覚えてるって」


「ですよね!帝人よーく聞いておけよ?俺と芭菜さんはな、芭菜さんがチンピラに絡まれてる所をヒーローな俺が芭菜さんを助けたんだ!ですよね、芭菜さん!!」


「あははっ。そうだったっけ」


「紀田君、嘘はいかないよ」


「うぉう、帝人め…!!本当だぞ?これは事実だ!クールでヒーローな正義感溢れるこの俺が!みんなのアイドルな俺が!芭菜さんを悪の手から救ったのさ!」


「はいはい」



紀田君は何回も本当だぜ!?と言い、帝人君はそれに聞き耳を持たない。
私はそんな二人に表面上苦笑いをしながらも、内心へぇ、と思っていた。
“私”と紀田君にそんなことがあったんだ。

紀田君が言っていたことは恐らく本当だろう。
目がそう物語っている。
ただ本当に、純粋に“私”がチンピラに巻き込まれていたところを助けて、そこから“私達”は何回か会っていたんだと思う。
あくまでもこれは推測だ。

漫画のように助けられ、何回か会っていたとして、もし“私”が紀田君に恋心を抱いていたとしても絶対に付き合っていないと断言出来る。
私が弱虫だからというのも一理あるが、紀田君だからこそ、だ。
紀田君には沙樹ちゃんがいるから。
今の関係がとても酷く、ドロドロと醜い関係だとしても、紀田君には沙樹ちゃんがいるから。
あぁ、思っただけで辛くなってきた。
やっぱり黄巾族編は苦手だな、好きだけど。

未だに言い合いをしている紀田君達にそろそろ帰ろうかと二人に声をかけようとしたその時だった。



「やぁ」



空気が張り詰めたように冷たくなった気がした。
声がした方を向いてみるとそこには黒いファーコートを着た、正に眉目秀麗と言う言葉が似合う男性が立っていた。



「久し振りだね、紀田正臣君」



“私”じゃないのに

早く帰れば良かったと今更後悔。




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