1.ガーネット
目の前は闇。
光に背を向けた小さな身体をすっぽり覆って、視界を奪う。迷わず一直線に足を進めれば、地面を這いずり回る呻き声はまだ遠く、それでも確実に近付いていた。
《あ、ァ、あアァ》
数秒とも永遠とも感じられる時間の末。少女が辿り着いた洞窟の奥に、それは居た。
どろどろの肢体に剥き出しの眼球、腐臭漂うおぞましい化け物は、『嘗て神だった』モノ。
ざり、と足音を立てて止まれば、途端ぎょろりと忙しなく動いた数十個の目。その視線を一身に浴びながら、少女は慇懃に頭を垂れる。黒の髪がさらりと肩を滑った。
「はじめまして。山の神様」
《……カミ。ヤマのカミ……そうだ、ワタシが、ヤマのヌシ、である。キサマは……何モノ、だ。何をしに、此処へキた》
「あなたを、祓うために」
顔を上げ、少女が飛び退いたその地面に、ぴゅっと緑色の粘液が貼り付いて岩肌を蒸発させる。それを無感動な瞳で見下ろして、溜息。
その懐から取り出したのは魔法円。
『
曙
(
あけぼの
)
の名の元に』
途端、地面から燃え盛る炎が頬を撫で、闇を明るく照らし出した。
『来い、我が炎』
艶やかな雪色の毛並みが赤の衣を纏う。
彼の遠吠えへ応えるように揺れる洞窟。
炎の眷属、名を
紅柘榴
(
べにざくろ
)
。
鋭い牙と爪は無論、炎の影を反射し光る銀毛は鋼鉄の如き硬度を誇り、不用意に触れる者の手を容赦なく切り裂く。
大人2人を乗せられる図体の狼は、くぅんと犬のように鳴きながら少女の手に頬を擦り付ける。使い魔の肉体や炎は主を決して傷付けない。
真っ白な手が狼の顎を撫でると、狼は満足げに喉を鳴らし、主の敵を見据えて牙を歯茎まで剥き出しにした。
「行くよ」
短い合図で同時に駆け出す。
狼の爪が地を抉り、跳んだ。咆哮。
彼の喉奥から放たれた炎は敵の体を包む穢れた粘液を燃やし、神の皮膚さえ焼き尽くす。
悪魔は聞くに耐えない叫び声を上げた。
ずるずると重い泥を引き摺って避けたその先には、黒鉄の刃。本来なら敢なく穢れた体に沈むだろうそれは、しかし獰猛な炎を纏っている。
《ウァアアアァァァァアア》
悲鳴を上げながら体を振り乱した悪魔。肌を離れた緑色の泥が飛散し、ジュッと地面を焦がす。
比例なく飛んできた水滴を少女は刀で打ち落とし、力なく目を伏せた。
「……そんなこと、しても」
動きを止めた彼女の頬を、粘液が打って蒸発させる。防ぎもせず、ぴちょんぴちょんと肌に煙を燻らせる少女を、紅柘榴は心配そうに見上げた。
「苦しいだけ」
持ち上げられた桜の瞳に宿るは、憐憫か、悲哀か。
――だから、はやく終わらせてあげる。
勢いよく地面を蹴り上げ、飛んで来る粘液を刀で弾き、瞬く間に少女の体は悪魔へと肉薄していた。
捨てられた神は人を祟る。
人の都合で神と崇められ、祭り上げられ、森を守るうちに瘴気を溜め込み――信仰されているうちはまだいい。忘れられた神や、要らなくなった神の末路は、悲惨だ。
いつしか”神”は”悪魔”に堕ち、自身が瘴気を放ち始める。
「……おつかれさま」
燃え盛る炎に包まれて、”悪魔”は消滅していく。
火葬のようなそれを眺めながら、少女はぎゅっと己の胸を掴んだ。その顔に見えるは落胆の色。
もう身を燻るような感情は消えていた。
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