刀を交えて花一匁 丙 | ナノ
 15.紅桜篇『参』(4/4)




「行けェェ押し込めェェェ!! グアッ」
「桂さんに道を開けろォォ!! ホバッ」
「な……なんだ!? 後ろから何か猪みたいなブァッ」

「退けやァァ有象無象ォォ! かぶき町の女王のお通りだよッ!!」

「どっちの味方だァァァ!!」

猪突猛進、バッタバッタと敵を薙ぎ倒し、軍勢を割るは大海を割るモーゼがごとく。一人の浪士と刀を交えながらツッコミにフォローにと忙しない新八、その背後を襲う不心得者らを銀時と桂が斬り捨てた。

鬼兵隊船艇の左舷に乗り上げた小さな船。桂一派郎党が雄叫びを上げて甲板を降りていき、鬼兵隊がそれを押し留めんと奮励する。空中砲撃戦を白兵戦へ一手に落とし込んだ船の激突。それは不遇な事故などではなく無論、狙って起こされた展開であった。

第一段階、単騎奇襲による指揮系統の混乱。
第二段階、同盟軍火力部隊による陽動。
第三段階、高機動船による少人数速攻。

以上が作戦の全容である。指針を明確にした入念な準備と手回しにより、桂一派は圧倒的優勢で事を運ぶことに成功していた。

「さすが桂さんの作戦だ! コイツらてんで連携が取れてねェや、本丸は目前ですぜ!」
「油断するな。工場は爆発したというのに敵の士気が一向に緩まない。まだ何かある」
「そうだお前ら忘れたのか!? 鬼兵隊には似蔵の他にも人斬りがいる、それが出てきてないということは……」
「──か……桂さん! あれを……!」

一人の浪士が指差す先には、煙を上げながら高度を落としていく同盟軍の船があった。

誰もが唖然と見上げる先、黒煙の中から何かが飛び出してくる。エアバイク『屁蛾煤』に乗った、まだら髪の男だ。目の前の敵を叩き伏せた新八と神楽も続けざまに空を仰ぎ息を呑む。それは昨夜──紅桜と初めて対峙した夜、岡田似蔵を迎えに来た網代笠の大男だった。そうと分かったのも、奴の背中に抱えられたゆうに五尺を超える大太刀が遠目にも存在感を放っていたのである。

それを目にした桂の判断は迅速だった。

「一班を残し総員、同盟軍の救助と援護に回れ。指揮はエリザベスに一任する。予備船で一時港に戻り別の船に乗り換えろ」
「し、しかし……」
「我らの()を忘れたか」
「………!」
「工場が破壊された時点で最早鬼兵隊の計画に先はない。そして奴の凶刃に触れたのは俺一人、ならばこの戦いは私怨私闘に他ならん。今一度言うぞ、ここで国士の命を散らすことは許さん」

それは桂が目覚めたあの花屋で、桂が仲間に突きつけたたった一つの条件であり掟であった。

「彼らは俺の……俺達の無理を聞き入れ呼び掛けに応えてくれた同士。ここでむざむざ見殺しにしてみろ、それは敗北も同然よ」

尚も悔い下がろうとした浪士たちだったが、桂の眼差しに揺らがぬ信頼を見つけてぐっと黙さずを得ない。互いの顔を見合わせると、「ご無事で」「こちらはお任せを」各々が桂に声をかけながら来た道を戻っていく。

「俺達もさっさと……──!」

一方の万事屋一行、遠からぬ場所で銃声が響く。銀時は後ろに飛び上がって鉛弾を避け、神楽と新八は強襲者を睨み上げた。

「晋助様のところへは行かせないっス」
「悪いがフェミニストといえど鬼になることもあります。綿密に立てた計画……コレを台無しにされるのが一番腹が立つチクショー」
「おいおーい、お前らのせいで俺たちまで高杉の客だって勘違いされちゃったじゃないの。どうしてくれんのコレ」
「知らん。乗り合わせた船が悪かったな」
「鉄子ォ、私酢昆布一年分と『渡る世間は鬼しかいねェチクショー』DVD全巻ネ。あっ、あと定春のエサ」
「僕お通ちゃんのニューアルバムと写真集とハーゲンダッツ100個お願いします」
「バカかお前ら、そういうのはヅラにたかりなさい」
「「あ、そっか」」

来島に襲いかかる神楽の飛び蹴り、真剣にて斬り結ぶ新八と武市。
桂の背後から飛んできた砲弾が壁に着弾し、大きな風穴を開けた。爆風に手をかざしながら振り返ると、大砲を抱えたエリザベスが踵を返し、その背中を守りながら後退する浪士たちの姿があった。

「桂さん! 高杉のヤローは甲板にいます、行ってください!!」
「白夜叉の旦那! 村田鉄矢は屋根の上に!!」
「何勝手に人んちのモジャモジャ担ぎあげてんだコラァ!」
「親切心で教えただけなのに!?」
「白夜叉のアニキはいずれ攘夷に戻り桂さんと肩を並べる運命なんだよガハハハ!」
「ちょっ余計なこと言わんでいいバカ!」
「何ィ!? バカって言った方がバカなんじゃァ!!」
「じゃあ今言ったお前もバカだかんな、それで文句ねーな!?」
「宇宙一のバカの座はウチのバカが譲らねェェェ」
「譲っていいよ神楽ちゃん……鉄子さん、銀さんと一緒に行ってください!」
「ああ……!」
「フ、お互い良い仲間を持ったな銀時」
「うん……ウン?」

二、三ツッコミたいことはあるがとりあえず相槌打っとく銀時。統率が取れてるんだか取れてないんだか分からない珍道中を尻目に2人は彼らの作った道を駆け抜けていく。道を分かつ寸前、銀時を横目に『お前はいいのか』と、その言葉を口にする前に、奴は既に桂の先を行っていた。どちらかを取る決意をしたのか、捨てる決意をしたのか、それともどちらも取る気でいるのか──きっと答えはとうに出ている。

迷い、惑い、抗い続ける背中を知っている。それを捨てきれぬ弱さと取るか、守りぬく強さと取るか、それは各人の自由ではあるが。少なくとも坂田銀時という男は何かを背負った時こそ、意地汚く、泥臭く、それこそカレーのシミより頑固な男で、その諦めの悪さを時折羨ましく感じていたものだ。
……だからこそ一方を捨てざるを得なかったあの日、銀時にその選択をさせたその人を、高杉に拭えぬ業を刻みつけたその人を、そして彼に背負わせた自分自身(・・・・)を、桂は──


「なあヅラ、あの人相変わらず食えねえなァ……」

くゆる紫煙。欄干に腰掛けた隻眼の男。
前髪が川颪に吹かれ、何かを見送るような横顔が桂を振り返る。


「戦場は向こうだぜ。大将がこんなとこいていいのか?」
「道ならば友が繋いでくれた。……ただの桂小太郎のダチ公とのたまった、酔狂な奴らよ」
「へえ、堅物なお前がねェ……そうして仕舞った牙が腐り落ちねェことをせいぜい祈ってやるよ。だがお前、アレはどうした。酔狂な奴ってんなら紛れもねェが、お前らお手手繋いで仲良しこよしするような間柄じゃねーだろう」

高杉の視線が上へと向けられる。鬼兵隊戦艦の屋根の上。そこでは村田兄妹が見守る中、銀時と岡田の戦闘が始まっていた。無くなった岡田の右腕には紅桜が根を張り、宿主の終わりを待ち望むように狂い咲いている。

「紅桜相手にやろうってつもりらしいよ。クク……相変わらずバカだな。生身で戦艦とやり合うようなもんだぜ」
「戦艦を斬った男ならお前の所にもいるだろう。田中古兵衛……長らく江戸から姿を消したと聞いていたが」
「あれはただの人斬りだぜ? 中身を壊したんだとさ、あの見てくれでなかなか機転がきくらしい。ところが紅桜にとっちゃあ……鋼鉄も人の肉もさして変わりねェときた。あれは空腹しか知らねー、目覚めれば戦艦(ふね)江戸(くに)も全部食い散らかすまで止まらねー。まァ今となっては眠ったまま、爆炎()の中だがな」
「俺が特別に拵えた爆薬だ。気に入ってくれたようで何より。……もはや人間の動きではないな」

妖刀紅桜、最初の一振りにして最後の一振り。それと融合した岡田を見て桂は呟く。
紅桜の伝達司令についていけず身体が悲鳴をあげている。このまま戦い続ければ、岡田は程なくして死ぬ。いや、今更戦闘をやめた所でどうにもなるまい。度重なる欠損、出血、紅桜による体力の消耗……手遅れだ。

「貴様は知っていたはずだ、紅桜を使えばどのような事になるか。仲間だろう。何とも思わんのか」
「あれはアイツが自ら望んでやった事だ。あれで死んだとしても本望だろう」
「本望だと?」
「刀は斬る。刀匠は打つ。侍は……なんだろうな。まァなんにせよ一つの目的のために存在するモノは強くしなやかで美しいんだそうだ。(こいつ)のように」

高杉が天を衝くように掲げた一本の刀。雲間から伸びる日脚が、刀身から鋒を辿り、登る。

「単純な連中だろ。だが嫌いじゃねーよ。俺も目の前の一本の道しか見えちゃいねェ。あぜ道に仲間が転がろうが誰が転がろうがかまやしねェ」

片割れを無くしたたった一つの眼光が見据える先、確かにそこには一本の道しか広がっていないのだろう。

その暗い決意には銀時に勝つまで打ちのめされ続けた高杉の根元が見える。
あるいはがむしゃらにひた走る姿は、腹を据えた時の銀時にも似ている。

それこそが……桂にはなく、二人にはあるものだった。

「高杉、俺はお前が嫌いだ。昔も今もな。だが仲間だと思っている。昔も今もだ。……いつから(たが)った、俺達の道は」

──変わらぬものと信じていた、なれど別々の道を歩んだ。変わらぬものと信じていた。うす汚れていたのは己だった。変わらぬ銀の眩しさに目が覚めるような心地だった。けれど選んだ岐路は分たれたまま、前を見ても後ろを見ても、友の姿はどこにもない。

「(……董榎殿には見抜かれていたようだが)」

あの男は分かっていた、桂だけが幻想に囚われていることを。銀時も坂本も己が道を選び進む中、己だけがいつまでもその場所を振り返っていることを。
しかし責められることはなかった。それは単なる優しさか、或いは同じ穴の狢だったのかもしれないが。

高杉はフ、とあざけるように笑った。

「何を言ってやがる。確かに俺達は始まりこそ同じ場所だったかもしれねェ。だがあの頃から俺達は同じ場所など見ちゃいめー。どいつもこいつも好き勝手、てんでバラバラの方角を見て生きていたじゃねーか。俺はあの頃と何も変わっちゃいねェ、俺の見ているモンはあの頃と何も変わっちゃいねェ。俺は」

そうして僅かに俯く男は、潰れた眼に何を映したのだろう。書を片手に微笑む桜か、あの日通り過ぎた夕立か、己を見据える銀色か。

「…ヅラぁ俺はな、てめーらが国のためだァ仲間のためだァ剣をとった時も、そんなもんどうでもよかったのさ。考えてもみろ。その握った剣、コイツの使い方を俺達に教えてくれたのは誰だ? 俺達に武士の道生きる術、それらを教えてくれたのは誰だ? 俺達に生きる世界を与えてくれたのはまぎれもねェ……先生だ」

高杉と桂が脳裏に描くのは同じ姿。家族よりも深い所で繋がった二人の師。


「なァヅラ、お前はこの世界で何を思って生きてる? 俺達から先生を奪ったこの世界をどうして享受しのうのうと生きていける? 俺はそいつが──腹立たしくてならねェ」


高杉の眼球の奥にグツグツと燃えたぎる炎。それには桂自身も覚えがある。


彼らはハリボテを振り回す子ども達に一本の剣を授けた。
そして己が魂を守る為にソレを握れと言ったけれど、なればこそ子供達がソレを取る理由も彼らにあった。
彼らは師であり、父であり、壁であり、居場所であり、魂そのものであったのだから。



「……高杉」

けれど互いの腹を食い破るような高杉の慟哭にも、桂の心は穏やかだった。

「俺とて何度この世界を更地に変えてやろうかと思ったかしれぬ……だが、アイツがそれに耐えているのに──銀時(やつ)が、一番この世界を憎んでいるはずの銀時(やつ)が耐えているというのに、俺達に何ができる」

高杉の胸には大きな穴が空いている。高杉だけではない。三人共が全員、同じだけの喪失を味わった。
それでも銀時が、桂が復讐に狂わないのは、ぽっかり空いた空白を満たすものがあったからこそ。


「俺にはもうこの国は壊せん。壊すには……江戸には大事なものができすぎた」


それは我儘を聞き入れてくれた同志。
それは今なお戦ってくれている仲間達。
今も昔もアホ面の旧友や、共に徹夜で『チャンガムの痴態』を一気見し涙を拭いあった相棒。
怒らせると蕎麦のつゆを鶏ガラスープと入れ替えてくる陰険なラーメン屋の店主。
なんかこのまえ急に酔った勢いでヅラ子の金玉もいでった白フンの青ヒゲのオカマ。
爆弾大砲地雷何でもありデス鬼ごっこしてるお巡りさん達は…………まあいいか……。

「今のお前は抜いた刃を鞘に収める機を失い、ただいたずらに破壊を楽しむ獣にしか見えん。この国が気に食わぬなら壊せばいい。だが江戸に住まう人々ごと破壊しかねん貴様のやり方は黙って見てられぬ。他に方法があるはずだ。犠牲を出さずともこの国を変える方法が」

醤油や豚骨に混じって香る温かなつゆの匂いも、眠らないこの町の騒々しさも、寝ぼけ眼の相棒の隣で眺めた、有明に染まる町並みも。血染めの城と代わりに手放すには惜しすぎる。

甘かろうと何だろうと桂は理解を諦めない。いずれ斬るべき敵として相対する運命だとしても。傷つけるだけの剣には頼らない。言葉を尽くし、誠意を尽くし、士道に尽くす。それが変わらぬ在り方であったから。

「それにお前にもあるだろう、まだ……残っているではないか。剣を教え武士の道を教え、生きる世界を教えてくれた人が。松陽先生の片割れとも呼べるその人が。高杉、俺達は余りに多くのものを失ってきたが、護ろうとした掌のその全て、一欠片まで失くしたわけではない。それが残っていてなぜ捨てようとする。俺達が護ろうとしたものはまだここにあるというのに」

董榎。数年前突如銀時の前で姿を消したその男は、吉田松陽の姓を形見のように背負い戻ってきた。全てが灰に帰した松下村塾の中で生徒達の手元に残ったものといえばあの男しかいまい………だが。

「残ってる? クク……ヅラぁお前本当に変わってねーようだな。昔も今も何も分かっちゃいねェ」
「………どういうことだ」
「ああ確かに失わなかったよ。松下村塾(あそこ)にいた時から、俺達に会うもっと前からアイツの根はここじゃない別の場所にある。俺達じゃねェ、ましてや先生でもねェ……それが何だかあの頃の俺には分からなかった。アイツは真っ直ぐ俺達を見てくれたが、ついぞ自分を見せることはなかった。最初からなけりゃあ、失うわけもねェ」

思い出すのは一滴の雫。夕立の頃に降り注いだ静かな雨。二人で覗いた襖の隙間の向こうで、確かに彼はここじゃないどこかを見ていた。

「お前も気にならなかったわけじゃねーだろう。松下村塾が燃えた時、アイツはどこにいた? 俺達が剣を取った時、死に物狂いで戦ってた時、先生が死んだ時、アイツは何をしてた? こう思ったことはねーか……すべてはアイツがいなくなってから始まったんじゃねーかと」
「それは違う……!!」
「ハ、冗談だ。俺はアイツがどこに居たかも知ってる。その景色はこの眼とそう変わらねー。戦場とはまた違う、ふた目と見れない地獄みてェな所さ」

高杉の手が左眼の包帯を触る。彼の悼みに触れるように。
地獄、と一矢に言われても、生まれてこの方死んだことのない桂には想像もつかないが。

「高杉、お前まさかあの人を……」

助けようとしてたのか。

そうと分かったのはひとえに付き合いの長さゆえ。高杉は水平線を見るばかりだったけれど、沈黙は肯定を孕んでいたと思う。

そういう桂とて董榎を探そうと思わなかったわけではない。ないが、戦時中は松陽先生のことで手一杯であったし、戦争が終わってからは……己の事で手一杯であったのだ。そも、同僚がさらわれてなお口を閉ざし続けた松陽先生の懐を無遠慮に探ることも憚られた。

董榎が連れ去られた理由は分かり兼ねるが、帰ってこない理由を悟らぬわけはない。皆分かっていた。桂だ、高杉だ、銀時だ、松下村塾と、そこに通う生徒達のために、彼は帰らぬ方を選んだのだった。それはのちに投獄される事となった、松陽先生と同じように。
彼が連れ去られたすぐ後に起こった『吉事』も含めて──あの頃は誰しもが彼の居た場所に目を向けては無力感に苛まれる日々を送っていた。

銀時が董榎をなじりつつも無理に過去を詮索したり、過剰に心配したりしないのはそういう事である。要は後ろめたいのだ。まあ、物事をなあなあにする董榎の交渉術にまんまとハマッたり、そしてあまり深くツッコむとフラッと消えそう、という弱腰な面もあるだろうが。

対して相手方の事情を一切考慮せず、見えない傷口を見えるくらいかっ開いて我が物顔で塩を塗りたくって自分が満足するまで抉ってくのが高杉晋助という男だった。そのくせ本人に直接問いただすことはせず……正反対で、似た者同士なのだ、あの二人は。

「変わってなかったろう、少しも。成長も衰えもなかったろう。美しい思い出そのままだったろう。記憶のままでいてくれたなんて思ったんじゃねーか? なあ……董榎のやついつからああなんだろうな? いつからあいつは正気だった?」

男の顔がいびつに歪む。嬌然としたその笑みにはいまだ衰えぬ怨憎の一端が滲み出で、ともすれば怒りか涙に咽ぶ鬼にも見えたのだった。

「焦がれて焦がれて焦がれて……とっくに壊れちまってんのさ。それこそ俺たちと出会うずっと昔から」



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