刀を交えて花一匁 丙 | ナノ
 14.紅桜篇『弐』(2/3)

「姉上ただいま戻りました。銀さんの具合はどうですか……、……………??」

帰宅した新八と鉄子を出迎えたのはエリザベスだった。

え? なんで? 新八は答えを求めて辺りを見回し、室内に広がる惨状を認識して自力での解答を諦めた。
血濡れの薙刀持った姉と、ダークマター持った神楽と、包帯の増えた銀時には、もう突っ込むまい。というか何があったか大体想像が着く。というか大体姉上のせいだ。悲しいことに、新八の祈りは届かなかったらしい。悪魔の前に人間はちっぽけで無力なのである。

「エリザベスがどうしてここに……もしかして桂さんの事で?」
「ヤア、エリザベスダヨ」
「ぎゃああああ!! えっ、桂さん!? あっ、髪がない!!」
「ハゲじゃないヅラだ。間違えた桂だ」

バサァッと華麗にエリザベスの中から現れた桂が、歩きにくそうな足を動かしながら自分の脱いだ皮を回収しにいった。アイデンティティともいえる長髪がバッサリ消えているものの、微妙に締まらないところはまさしく新八の知る桂小太郎だ。

「桂さん、無事だったんですね…!!」
「心配をかけたようですまなんだ、事情があって身を隠していてな。ゆえにこうして相棒の姿形をしばし拝借している」
「いや明らかに人選ミスだよね? とにかく元気そうで良かったです」
「新ちゃん、そちらの方は? ずぶ濡れじゃないの」
「姉上、こちら今回の依頼人の妹さんです」
「……どうも」
「今タオルを持ってくるから待っててね。神楽ちゃん、銀さんを見張っててちょうだい。ご飯もきちんと食べさせるのよ」
「アイアイサー」
「やっやめろォォ!」

おかゆもどき(ダークマター)をスプーンで掬った神楽と銀時の格闘を苦笑いで見守り、救いを求める断末魔に背を向けて、新八は隣のエリザベス(偽)に目を向ける。桂は白い抜け殻を抱えた間抜けな格好で、鉄子に向かい神妙な顔をしていた。

「そうか、貴殿が……」
「桂さん? そういえば桂さんも何か用があったんじゃ……」
「……いや。銀時が例の辻斬りにやられたと噂を聞き、決起前に見舞いに参った次第だ。用は済んだ」
「決起前?」
「これは手土産だ。悪いが中身は食べ物じゃないぞ」
「? ありがとうございます」
「ともかく大事無いようで何より。ではこれにて失礼」

新八に紙袋を押し付けると、ガサゴソとエリザベスの着ぐるみを被り、桂は縁側を下りていった。先程とは似ても似つかぬ俊敏な動きで遠ざかる巨体に首を傾げながら、新八はアッと声を上げる。

「銀さんあの……って何してるんですかアンタら」
「あーあー派手に零しちまって、神楽お前怒られるんじゃないの〜? 俺知らないからね、落としたのお前だからね」
「あーあーやっちゃった、銀ちゃん姉御が言ってたこと忘れたのォ〜? 言いつけ通り病人らしく布団でじっとしてればこの惨劇は起きなかったのになァ」
「2人とも客人の前で恥ずかしくないんですか? お互い様ってことで一緒に姉上に謝ったらいいでしょ」
「イヤイヤどう考えても新八が止めないのが悪いだろ。神楽ちゃんは悪くない、俺も悪くない。ねっ、神楽ちゃん」
「おい新パッチー、それでもタマ付いてんのか? 過ちは潔く認めるのが男ってもんアル」
「示し合わせたように罪をなすり付けるなァァ!」
「……アンタたちはいつもこうなのか?」

鉄子がぽつりと呟き、新八は慌てて頭を下げた。神楽と銀時は米神に青筋を浮かべ、空になったおかゆの皿を押し付けあっている。

「すいません騒がしくて……」
「いや、謝る必要はない。兄弟みたいで少し羨ましいと思っただけだ」
「あはは、そんな。鉄子さんだってお兄さんがいるじゃないですか…………ちょっと騒がしすぎるくらいの……」
「兄者とは仕事以外の話はあまりしないんだ。だからあの大声も客人が来た時くらいしか聞かないな。昔は違ったんだが……少し、話を聞いてもらえるか」





『紅桜』とは──村田仁鉄の打った刀を雛形につくられた対戦艦用機械機動兵器(たいせんかんようからくりきどうへいき)。電魄と呼ばれる人工知能を有し、使用者に寄生することでその身体をも操る。戦闘の経緯をデータ化し学習を積むことでその能力を向上させていく。まさに生きた刀。

紅桜を作ったのは他でもない、村田鉄子の実兄である村田鉄矢だった。そして、万事屋に依頼した張本人でもある。

「頼む、兄者を止めてくれ。連中は……高杉は……紅桜を使って江戸を火の海にするつもりなんだ」
「なるほどね高杉か……事情は知らんがオメーの兄ちゃんとんでもねー事に関わってるらしいな」

新八は高杉という名に首を傾げたが、銀時はその人物を知っているらしい。志村鉄矢はその高杉とやらの率いる攘夷組織と手を組んで、兵器を生み出しているわけだ。

そこで新八の中に疑問が芽生える。なぜ志村鉄矢はわざわざ万事屋に紅桜の捜索を依頼してきたのか? その問いは、次の銀時の言葉であっさりと氷解することになった。

「で? 俺はさしずめその兄ちゃんにダシに使われちまったわけだ。妖刀を捜せってのも要はその妖刀に俺の血を吸わせる為だったんだろ」
「!! それって……銀さんを生贄にしたってことですか!? それ、鉄子さんは知ってたんですか?」
「ああ、全部知ってた……だが事が露見すれば兄者はただではすむまいと……今まで誰にも言えんかった。アンタらには本当にすまないと思ってる」
「大層兄想いの妹だね。兄貴が人殺しに加担してるってのに見て見ぬフリかい?」
「ちょっと銀さん」
「刀なんぞは所詮人斬り包丁だ、どんなに精魂込めて打とうが使う相手は選べん……死んだ父がよく言っていた。私たちの体に染み付いてる言葉だ」

江戸一番の刀匠である村田仁鉄が亡くなり、鉄矢は父を越えようと必死に鉄を打った。そしてやがて、より大きな力を求めて機械(からくり)を研究しだした。鉄矢が妙な連中と付き合いだしたのはその頃だ。

それがよからぬ輩だと鉄子は薄々勘づいていたが、止めなかった。何も考えずに刀を打っていればいい、それが鉄矢と鉄子の仕事だと言い聞かせたまま、気付けば手遅れのところまで来てしまった。

「わかってんだ人斬り包丁だって、あんなモノはただの人殺しの道具だって……わかってるんだ、なのに、悔しくて仕方ない」

握りしめた拳に雫が落ちた。

「兄者が必死につくったあの刀を……あんなことに使われるのは、悔しくて仕方ない」

降りそそぐ水滴で服が色を変える。腕は震え、本来の肌色よりも白くなっていた。歯を食いしばり、嗚咽を飲み込みながら鉄子は静かに涙を流した。

「でも、もう事は私一人じゃ止められないところまで来てしまった。どうしていいかわからないんだ……私はどうすれば……」
「どうすればいいのかわからんのは俺の方だよ、ケガするわ桂は来るわでメンドくせーな、ったく。おい新八、返事してやんな」
「……えっ、僕!?」
「任せるつったろ。お前の好きにしやがれ」
「……神楽ちゃんもそれでいいの?」

神楽が頷いたのを確認して、新八は改めて鉄子と向き合った。鉄子も膝の先を新八に向け、指で涙を拭いながら凛と背筋を伸ばしている。

「鉄子さん。銀さんが許しても、僕はあなた達を許せません」
「わかってる……一歩間違えてたらアンタたちの大将は殺されてた。どんな理由であれ、到底許されることじゃない」
「はい、でも、あなたの気持ちもわかってるつもりです。僕にも姉上がいるので……僕にとっては親代わりみたいな人です。道理に反してるとわかってたとしても、守ってあげたいと思ってしまうものですよね。大切な相手だからこそ、間違ってるって言いにくいんですよね」

照れ臭そうに頬をかく新八に、鉄子は目を見開いた。

──そうだ、彼の言うとおりだ。兄に反抗するのが怖いわけでも、連中に逆らって罰を受けるのを恐れた訳でもない。
だって、兄は刀をつくる時が一番楽しそうだったから。
新たな技術を見れば幼子のようにキラキラと目を輝かせ、日頃から研鑽を怠らず、よりよい刀を生み出した時には煤にまみれた顔ではしゃいでいた。兄にとっては手段を選ばずとも美しい刀を生み出すことこそ紛れもなく正道だったのだ。

己の正道を行く兄の妨げになりたくなかった。
兄の楽しみに「間違ってる」と口を挟みたくなかった。
取引相手と対立して兄が報復を受けることを恐れた。

「頼む。兄者を、止めてください」

鉄子は深く腰を折った。頭の上で微笑む気配がする。

「僕はこの依頼を受けたいと思います。銀さん神楽ちゃん、いいですか?」
「おー」
「バカ兄貴のツラ一発ぶん殴ってやれヨ」
「ありがとう、本当に……」
「礼なら後でたっぷり貰う」

指で輪っかをつくった銀時に、鉄子はきょとんとして、「任せておけ、兄者のへそくりから奮発する」と笑った。神楽も新八もほっと肩の力を抜いた。

「…とは言っても僕達、その組織がどこにあるかも知らないんですよね」
「ウチの周りをうろついてたのが組織の仲間なら、ソイツらを吐かせればいいんじゃないか?」
「うろついてた奴ら?」
「あっ、そうですよ銀さん! 鍛冶屋に押しかけてきたんです、ゴロツキみたいな連中が……」

鉄子は神妙な顔で頷いた。

「見るからに怪しい連中だった。特に後ろ姿でしか見えなかったが、白くて巨大なバケモノがそれはもう不気味で……」
「白くて巨大なバケモノねぇ。定春じゃあるめェし」
「良い子の定春はそんなことしないアル」
「人の頭をフライドチキンの骨と勘違いするようなバカ犬は世間じゃ良い子って言いません」
「いや犬じゃない。アヒルみたいな足をしていたな」
「………アヒルみたいな足?」
「ああ」
「白くて巨大な?」
「ああ」
「プラカードで会話する?」
「なんで知ってる?」
「お前さっき目の前にそっくりなやついただろォォォ!!」
「………あっ!」
「その目ん玉はビー玉!?」
「いや……ちょっと後ろ姿しか見てなかったからわからなかった」
「どっちが後ろか前か分かんない体の奴によく言うよ」
「本物のエリザベスがいたってことは、鍛冶屋を囲んでたのは桂さんの仲間なんでしょうけど……でもなんで桂さんが?」
「ヅラの野郎、決起がどうだかって言ってなかったアルか」

神楽の言葉に4人は顔を見合わせ、それから新八の手の中の紙袋を見下ろした。新八が手を突っ込む。紙袋の中から出てきたのは何かの箱と、住所が書かれた紙だった。

「……どうやら敵は同じみたいですね」
「こっちの箱は何アルか? 言っとくけど神戸牛とズワイガニ以外受け取らねーかんなァァ」
「バカお前食いもんじゃねーつったろ。金じゃねーの金」
「私それ知ってるネ! お殿様の好きな銘菓でございます〜って栗饅頭の下にビッチリ小判が詰まってるアルよ水戸黄○で見た」
「ちょ、言っとくけどそれ銀さんへのお見舞いだかんな。マブタチからの俺宛だから勝手にとるんじゃねーぞ」
「水臭いネ銀ちゃん、私たち万事屋火の中水の中いつだって三位一体でやってきただろォ」
「アンタらいい加減箱から離れてくんない?」

本題の前にこちらを片付けないと話が進まないらしいと判断した新八は、シラッとした顔で神楽の手から箱を奪い、ぺりぺりと箱の包装紙を剥いでいく。姿を現したその中身は……


『スーパーま○もっこり特大貯金箱フィギュア〜ぽろりもあるよ〜』


「北海道土産じゃねーかァァァァ!!!!」

まりもっ○りは粉々に割れた。



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