刀を交えて花一匁 丙 | ナノ
 12.恋にマニュアルが来い、なければ金でいい(4/4)

新八くんのデートは順調に進んでいるようだ。

猫耳っ子が『てへっ』とかペロリとかコツンとか桃色の吐息を吐くたびに、妙ちゃんが雑誌破いたり、神楽ちゃんがテーブル割ったり、妙ちゃんが銀時にアイアンクローかましたり、神楽ちゃんが俺にヘッドロックかけてきたり、こっちはいろいろあったが間違いなく当の2人は順調に平穏に和やかにカフェでお茶を楽しんでいた。

問題はカフェを出たあとだ。談笑しながら当てもなくふらふらと街を歩く2人のデートコースは、大通りを外れ、ホテル街に突入していた。通り道ってだけならいいんだが……

「あ、入った」
「新八くんも大胆だな」
「あらあらあらあら」
「………」

阿修羅を背負った笑顔の妙ちゃんから銀時がさりげなく距離を取った。俺はそっと神楽ちゃんの目を塞ぎながら「どうする?」と志村妙阿修羅王に指示を仰いだ。

「決まってます。もちろん突入よ」
「イヤイヤイヤ」
「男性お二人のどちらかが女性を引っ掛けてくればいい話じゃないの。董榎さんこういうのお得意でしょう?」
「偏見がひどい」
「いやテメーが男連れて入りゃいいんじゃ」
「やるんだよ」
「アス……」

銀時と二人目を合わせる。

……どうする?

どうするってやるしかねーだろ

そうだな、ほら銀時依頼だぞ行ってこい

ふざけんな今こそお前の人脈の出番だろお前が行ってこい

俺演技下手だから銀時の方が適役だろ

演技下手って初耳だわ、嘘だろお前それ嘘、ハイうそ〜ペナルティとしてナンパ1回〜

何歳までおねしょしてたかバラされたくなかったらとっとと行け

年上として恥ずかしくないんですか?

「はあ、いいですもう私が行きます」
「最初からそうしろよこのアマ……」

銀時は地面とランデブーした。迂闊。あまりにも迂闊。

「董榎さんがエスコートしてください」
「イエス、マム」
「あらあらそんなに緊張しなくてもいいのにウフフ」
「ハーイ! 姉御と董榎兄ィの子供役として立候補します!」
「神楽ちゃんはダメよ」
「…大人っていつもそう! 不潔よ! 淫よ! インモラルよ! パパとママなんて大嫌い!」
「演技力表現力創造力ともに素晴らしい。うちの子は天才だねママ」
「そうね、でもパパだって負けてないわ」

神楽ちゃんの協力で予行演習はバッチリだ。妙ちゃんと頷き合い、いざ戦場へ。

……腕を掴まれてつんのめった。神楽ちゃんかと思ったら銀時だ。

すっかり地面と別れを告げた銀時自身が、なぜか一番驚いた顔をしていた。
どうかしたのかと問う前に腕が解放されて言葉は霧散した。
俯きがちに視線が逸らされる。

「……なんでもねェ」
「……そうか」
「………」
「………」

……えっ、何この雰囲気、待って聞いてない聞いてない。
やめろよそこで黙るなよなんか言えよ。
もしかして気付いてんの? 俺が気付いたことに気付いてんの? そーいうこと? そーいうことってどーいうこと?

「何コレ? なんですかこの空気? なんかムズムズするんですけど、なぜか意味もなく優しい気持ちになるんですけど」
「くゥ〜! 背中になんか鳥の羽みたいなものがァァ、なんかさわさわしてる、ムズムズしてるゥゥ! 誰か掻いてェ! 背中思いっきり引っ掻いてェ!」
「……あっ、おい! 誰か出てきたぞ」
「やだっ董榎さんそこは黙って手を握るところでしょう?」
「妙ちゃん本題本題! あとさっきのドス黒いの消えて背景シャボン玉みたいになってるけど大丈夫?」
「……あれっ猫耳」

神楽ちゃんの一言で皆の視線が歩く人影へ。
小柄な体に豹柄のアームカバー。丸い頭頂にそびえたつシルエットは見間違えようもない、そう新八くんとお揃いの猫耳………

「「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」」
「待ちやがれェェェ!! コノヤロォォ!!」

彼女はきょとんとこちらを見て笑うと、一目散に逃げ出した。銀時がぶん投げた木刀を危なげなくひらりと跳んで避けていく。
看板の上へ軽やかに着地する様は本物の猫のようだ。きゅるりと絞まる瞳孔も、晒された八重歯なんかまさにそれらしい。

「キャハハハハハ!! 何あなた達あの子の家族ですかァ!? お兄さん? バカヅラさげて何? 末っ子が心配でつけてたのォ?」

八重歯と一緒にとんでもねぇ本性剥き出しにしてきやがった。

「心配いらないわ、私はなんにもしちゃいない。弟さんの貞操も無事だしィ。私が欲しいものは愛だけ……そう、私は愛を盗む怪盗キャッツイアー」
「かぶき町の猫耳ってああいうのしかいねーの?」
「俺に聞くな」
「この世で最も美しいもの、それは愛。お金にも宝石にも私は興味がないの。でも愛は目に見えない。故に愛を奪った証に私は男の財布を拝借させてもらうの」

そう言う彼女の手には新八くんの財布が握られている。要約すると、金に興味はないけど愛の証として金品を奪っていますと。デート中悪意や殺意を感じなかったのが不思議だったが、どうりで。

ええ、つまりなんだ、この娘本気で言ってんの?

「マジモンのキチガイかよ……」
「なんとでも言えばァ? かっこいいお兄さん」
「美人局かパパ活って言われた方が納得できたオェェェエ」
「人の顔見て吐いていいとは言ってないわよ!!」
「コイツが笑わないってお前相当だぞ、相当やべーよ」
「これが恋とか愛っつーなら俺ァ一生独身でいいわ」
「ふん、男ってホント子どもよね、表層でしか物事を判断できない奴ばかりでさァ。あっホンネ言っちゃった私ったらドジ、てへっ」

「ブリブリブリブリうるせーなー」

「ウンコでもたれてんのかァァァてめェはァァァ!!」
「たれてんのかてめェはァァ!!」

神楽ちゃんと妙ちゃんが建物の屋上に立っていた。叫びながら地を蹴り勢いよく降ってくる。落ちてくるっていうか隕石みたいに降ってくる。流星群みたいに降ってくる。親方! 空から人型兵器が!

「『てへっ』なんて真顔で言える女にロクな女はいないのよ」
「てへっ!」
「あ、ホントだ」

猫耳っ子が座っていた看板は木っ端微塵となった。アレでクレーターができなかっただけまだ威力はマシだが、人の身ではひとたまりもないだろう。

しかし……地に落ちたはずの彼女は無傷だった。
羽織をはためかせ、瓦礫から身を挺して彼女を守るその男は、

「「新八ィ!」」
「みんなもうやめてよ。……恋愛は惚れた方が負けって言うだろ。もういいよ僕別にエロメスさんのこと恨んでないし……むしろ感謝してる位なんだ。短かったけど、ホントに彼女ができたみたいな楽しい時間が過ごせて……」
「新八お前……」
「新八くん……」
「だから一つ言わせてください」




「ウソじゃあああボケェェェェ!!」

容赦なく振り抜かれた木刀。エロメス嬢は地面とがっつりランデブーした。「カッコイー!」神楽ちゃんの賞賛と妙ちゃんの拍手、俺の口笛が鳴り響く。銀時はちょっと引いている。
猫耳を投げ捨てる新八くんは喜びと悲しみを乗り越えた、男の顔つきをしていた。

……結局恋ってなんだろう。
金と暴力? いやたぶん違ぇな。



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