刀を交えて花一匁 丙 | ナノ
 02.おはようをください(2/2)

包丁とまな板が身を打ち合う音が懐かしさを孕んで鼓膜を震わせる。統一された厚さで切れていく葱を確認しながらほっと息をついた。少しもたつくところはあるが、腕は訛ってないようだ。

昨晩は夕飯を頂いた後、言われるがまま部屋まで借りてしまった。きちんと礼がしたいが、今の俺は金も金に代わる物もない。なのでお気持ちだけで十分です、そう言う屁怒絽さんをどうにか押し切って台所を借りて調理している。
と言っても台所もこの野菜たちも屁怒絽さんのものなんだが。まあ今は目を瞑ろう。この良縁をむざむざ一度きりで終わらせる気もないのだから、恩は少しずつ返していけばいい。

「料理、できるんですね」
「……意外だって?」
「あ、いえ、」

意外だったらしい。大雑把な性格は自覚している。慌てた様子の屁怒絽さんに軽く笑っておいた。それくらいで気を悪くしたりしないさ、何せ大雑把だからな。

「暮らしに困らない程度だよ。威張れるほどのもんじゃない」

まな板を傾けて、切った野菜を鍋に入れていく。張り付いたものは包丁で剥がしてやる。
お、コンロか。流石にIHではないよな。なんとなく安心しながら火加減を調節。よし、煮てる間に他のも作ろう。

「それなり、と言うには随分手慣れているようですが」
「ガハハ、男は出稼ぎ、女は家事なんてもう遅い! これからは男も家計に携わる時代よ!」
「なるほど!」
「……」

屁怒絽さんは俺を尊敬の目で見ながら頷いた。ふざけて適当に口舌を垂れただけなのにな。子供みたいな人だな。純粋無垢で。

急に松下村塾が恋しくなった。アイツらをからかうの、楽しかったなあ……。すぐに信じるし、疑うってことを覚えてもコロッと騙されるし、ちょっと肌蹴るとすぐ赤面するし。大人が汚い生き物だってことを学んでくれれば万々歳だ。でもそのせいで俺みたいにひねくれていたりしたら……あー、複雑……。

「屁怒絽さんは普段から自分で作って食べてるんだろう。エラいな」
「はい。でも手際が悪くて時間がかかってしまうんですよね」
「んー、屁怒絽さん手デカいからな。地球産だと何かと小さいんじゃないか。食材も器具も」
「正直それはあるかもしれませんねぇ。まな板も柔らかくて気をつけないと一緒に切れちゃいますし」
「……え?」

そんな感じに雑談していたら料理が完成していた。白米、カブの味噌汁、鰹とごぼうの煮物、それから簡単なデザート。客用の食器もまだ取り揃えてないらしいので、俺の分はデザート以外を適当な器で代用させてもらう。
ちゃぶ台に並んだ朝食を屁怒絽さんはおいしいおいしいと言いながら食べてくれた。

「こんなにおいしい食事は生まれて初めてですよ!!」
「ふは、大袈裟だな〜。しかし空きっ腹に屁怒絽さんの夕飯を食った俺の方が感動は上だね、これは譲らん」
「おお、感動具合で張り合われても嬉しいだけですが……お口にあってなによりです。自分の料理を他の人に食べてもらうなんて、初めてだったので」
「そうなのか、もったいない」
「アハハ……あ、この赤いのってなんです?なにやら甘い香りがしますが」

屁怒絽の指先が真っ赤な丸いデザートを示す。

「皮剥いたトマトだよ。苦手じゃなければどうぞ」
「トマト?」

箸で一切れ摘んで口元へ持っていく。鋭い歯がぎらりと光った。あんなでかい図体でこの量じゃ足りないかもしれない。

「……!」
「お、いける?」
「甘いですね! これは……蜂蜜?」
「正解。トマトに蜂蜜ぶっかけて冷やしただけ。勝手に使った、すまん」
「冷蔵庫の中のものならなんでも使っていいと言ったのは私ですよ。それにしても物知りなんですね、野菜でこんなに簡単にデザートができるだなんて! 野菜にあるまじき甘さですよこれ」
「ん、使ったトマトが絶妙だったな。一晩漬けるともっと甘いぞ。冷蔵庫入れとくから、明日の朝食にでもしてくれ」

松下村塾の奴らはうまければすぐ平らげておかわりを催促するし、大して美味くなけりゃもそもそと口を機械的に動かすといった感じで、揃いも揃って態度で示すタイプだったから、手料理を真っ直ぐ褒められるのは慣れてない。虚はあんな性格だから白い部屋で俺の剣術を褒めることはなかった。性根から捻くれまくっている奴のことだから、俺を褒めるくらいなら舌を噛み切るだろう。

「面倒見てたガキ共がいてね。自然とレパートリーが増えるもんさ」
「その子供たちって、もしかして昨晩貴方が仰っていた……」
「それそれ」

なるべく軽いノリで返事をしたはずだが、屁怒絽さんは口を閉じて頭を落としてしまった。机の上を見つめて何を考えているのだろう。優しい彼だからきっと心配してくれているのかもしれない。俺の為に心を削ることなんてないのに。

「屁怒絽さん、そんなに……」

あんたが気を落とすことない――気にするなって――心配しなくても大丈夫だよ――だめだ、どれを言っても謝罪と気遣いの視線が飛んできそうだ。
かける言葉を選びながら、屁怒絽さんが箸を置く様子を見ていた。丁寧な所作。窪んだ眼孔の奥に燃える炎の瞳。物差しが一本通ったように真っ直ぐな背筋。纏う雰囲気は不思議と柔らかい。


「―――……」

若草色の着物が、視えた気がして。


「行く宛、ないんでしょう。こんな小汚いところですが、よければどうですか」

なんの打算も、迷いもなく、そう言ってのけるヒトが、この世に一体どれだけいるのだろう。

「憧れの地球に浮かれて建ててしまったんですがね。この家、僕には広すぎて」

だから、やめてほしい、そういう眼は。
駄目だ。俺には断れない。
あいつらを裏切った俺が、この真っ直ぐな眼を汚していいわけがない。

――いいや、もっと違う感情だ。

「……そういうことなら、」

仕方ねぇな、と言いながら口角を上げようとした。

訛っている、完全に。何年も剣を握ってなかったせいで随分錆び付いてしまったらしい。ありがとう、と舌が言葉を象った。胸の奥から零れそうなものを抑えるのに必死で、笑うことすらできやしない。



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