刀を交えて花一匁 丙 | ナノ
 11-1.ミルクは人肌の温度で…それってどのくらい?(2/3)

「よし、じゃあ設定を伝えるぞ。まずは神楽ちゃん、名前は大野(おおの)大町(おまち)。下町で病気の母と二人暮らしの貧乏女学生。家計の足しにするため法にギリギリ触れるバイトをしていたが心優しい警官に諭され辞職、しばらくウーバーイーツ配達員で繋いでいたところ昔の知り合い(俺)に橋田屋を紹介され家事スキルを生かすべく使用人になった。モットーは『時は金なり』、たまのご褒美で買う駄菓子屋の酢昆布が好物」
「長ッ」
「あ、スカートほつれてる」
「いいね! 色違いの糸で繕っておこう。次、新八くん。名前は眼鏡太郎、勤労大学生。友人に騙され若くして借金を背負っている。頭を空っぽにしてできる清掃員は天職だと思っている。以上」
「情報差!!」
「長いって言われたから」
「限度ってもんがあるでしょうが」
「設定作るの飽きちった」
「この人本当に教職だったのかな?」

てへぺろこつ〜ん☆したら絶対零度の視線を注がれた。おかしい。一周回ってトレンドだと思うんだが。

「だいたい神楽ちゃんがこんな長い設定覚えられるわけないでしょう」とメガネを指で上げながら新八くん。地味に失礼だぞ。

「 貧乏女学生
  母娘
  使用人   」

「ほら3行でまとめちゃったよ」
「今来たのかな?」

「 新八
  眼鏡
  頭空っぽ 」

「嫌なとこだけ抜き出しちゃったよ!」

「 新八くん
  借金
  麻薬   」

「ねえ端折った部分実は結構大事なトコでした!?」

「 うーん
  ンなことねぇけど…
  こころが痛む設定 」

「頭文字でウンコ作ってんじゃねェェェ」

べシッと頭に一発。年上にも容赦なく食らいついてくその肝っ玉、嫌いじゃない。

「んじゃ行くぞ。俺から離れないように。誰かに話しかけられたらとりあえずニコニコしとけ」
「押忍!」
「はい」

現在俺たちはお登勢さんの命令で橋田屋に潜入している。目指すはあの女性の素性と銀時ジュニア……もとい橋田勘七郎くんの真実。今頃町をウロついてる銀時については、そう簡単にやられることはないだろうと後回しにされた。

「しかしまさか董榎さんが橋田屋で働いてたなんて……」
「よくやったグランザム!」
「任せとけってグラさん!」

コツンと拳を突き合わせる。「なんなんですかそのノリ」知らん。

「あっ、誰か来ましたよ!」
「前方敵発見、フォーメーションB!」
「ラジャー!」
「何!?」
「落ち着いてこのまま俺の後に続け」
「最初からそう言ってくれませんか!」

最後に小声で叫んで新八くんが口を閉じる。同僚である清掃員の奥様方2人がはきゃっきゃとはしゃぎながら廊下を歩いてきた。

「トイレ掃除の後なんて運がないわね! 匂いこびり付いてないかしら」
「さっき確認したじゃない。それより私大丈夫? 化粧崩れてない?」
「大丈夫大丈夫、いつも通り美人よ」
「山本さん佐藤さんお疲れ様です」
「「吉田さんお疲れ様で〜す!」」
「その子たちは?」
「新人です。今施設を案内してる所で」
「あら、じゃあお邪魔しちゃ悪いわねぇ。換気扇掃除のコツ教えてもらおうと思ったんだけど」
「最近干し野菜にハマってるのぉ。良い方法があったら教えてくださらない?」
「いいですね干し野菜。そういうことでしたら御二方ともまた休憩時間にでも」
「きゃっ。じゃあ私たちはこれで!」
「お仕事頑張ってください!」
「今日もかっこよかったわ〜!」
「10は若返っちゃった〜!」

奥様方が互いを肘でつつきながら廊下の角に消え、新八くんと神楽ちゃんが口を開いた。

「女学生の方ですか」
「先輩清掃員だよ。良くしてもらってる」
「よかった、握手会か何かかと」
「どっちかっていうと董榎兄ィが上司みたいネ。憧れの先輩♥って感じだったヨ」
「一応シフトリーダーだからかな」
「勤務して1年も経ってませんよね?」
「ちょうど前の担当が異動して、パソコン……機械(からくり)使えるのが俺だけだったんだ」

すると「人気投票制ではないんですね」と新八くん。あれ? 俺清掃員の仕事って言ったよな? 言ってなかったっけ?

新八くんとの齟齬に首を傾げつつも、この階にめぼしい情報はなさそうなのでエレベーターで上の階に昇り、更に奥へと調査の手を伸ばしていく。

【若い女……ありゃあさっきババア達が言ってた……】
「あ、マダオ」

でっけぇモノローグ。と思ったら家政婦のミタごっこしてる長谷川さんだった。

長谷川さんとはたまたま応募がダブって同僚になった。清掃員として共に仕事をこなし、たまに飲みに行く仲だ。
元々入国管理局の人間だったと言うから外務省所属調査員の俺としては勝手にシンパシーを感じている。この肩書きも“吉田”と同じく合法偽造だけどな。もしかして感ずるべきはシンパシーではなく危機感なのかもしれない。

まあ俺に首輪を付け、かつ便利な言い訳に使うためにと幕府がわざわざ用意した肩書きだ。万一の綻びもないだろうが。

【オイオイこいつァあんまり長居する所じゃなさそうだな】
【だがこの仕事をやめてどーする。またプーの生活に戻るのか?】
【いつも俺はそうだ、ちょっと嫌なことがあったらスグ仕事変えて……逃げ癖がついてる】
【その通りだ。まるでダメな男マダオだ。そうだ死のう】
【いやいやいやおかしいぞなんで死ぬの? おかしいぞ今の、そうだ京都へ行こうじゃないんだから】
【いやいやいや死んどけって。どうせこの先生きてたってロクなことないアル】
「アルって何だ………ん?」
「あっこら神楽ちゃん、めっ」

ちょっと目を離してる間に神楽ちゃんは勝手に長谷川さんのナレーションをつけていた。まったく油断も隙もねーな。

「うちの子がモノローグにお邪魔してすみませんでした。こら神楽ちゃんダメだろ、ちゃんとごめんなさいしなさい」
「ごめんごメンゴーヤチャンプルー」
「長谷川さん本当すみません、この通りうちの子も反省してるんで今日はこれで許していただきたい」
「反省してる? 親バカってレベルじゃねぇぞこれ、バカ親か?」
「すまん長谷川さん、この子に悪気はなかったんだ」
「いやあったって! むしろ悪気しか無かったでしょ」
「くっ……金は出す。少ないですがどうかこれで……」
「ちゃーん。董榎兄ィーこれ兄ィのご飯代でしょー?」
「神楽ちゃん シッ」
「何この寸劇! なんで俺が強請(ゆす)ったみたいになってんの! やめてよ! 俺が悪者みたいじゃん!」

モノローグがデケェ長谷川さんは若い女性が橋田賀兵衛と黒服達に連れて行かれるのを目撃したらしい。その情報を元に廊下を奥へと進んで行くと、一つだけいかにもといった錠付きの部屋を発見した。

格子から中を覗くと、あの女性が縛られた状態で水をかけられるところだった。側には賀兵衛の姿がある。

『ひとの息子をたぶらかし死なせたうえあまつさえその子をさらうとは、この性悪女が』
『勘七郎をさらったのはあなた達の方でしょう。あの子は私の子です。誰にも渡さない』
『よくもまァいけしゃしゃあと。お前のような女から橋田家の者が生まれただけでも恥ずべきことだというのに……勘七郎に母親はいらん。いや橋田屋にお前のような薄汚れた女はいらんのだよ。あの子は私が橋田屋の跡取りとして立派に育てる』

「……これって」
「事情は大体分かったな。さてどうするか……」
「オイ、そこで何をしている。使用人か?」
「ゲッ」

気配は捉えていたが、さも長谷川さんの唸り声で気づいたかのように振り返る。そこには刀を佩いた侍たちが並んでいた。橋田屋を守り社員を守る正体不明(、、、、)の警備隊だ。もう言ってしまえば当主の橋田賀兵衛が裏金で雇った攘夷浪士である。

「お務めご苦労様です。清掃員の吉田です。この者達は新人でしてこちらの長谷川と共にビルの案内をしておりました」
「そ、そうでございます」
「そーでごぜーます御主人様」
「いや俺たち御主人様じゃないし」
「なんだ? なんかこんなん言われた方が嬉しいんだろ男どもは」
「ダメだよ! 神楽ちゃんそんな事言ったらダメ!」
「はははっすみません、彼女貧乏で相当苦労したらしくて少々頭がおかしいんデゲス」
「董榎さんパニクってます? 実はかなりパニクってます?」
「それじゃあ俺たちはこれで……」

「待ちな」

爬虫類じみた気配の訪れ。上質な殺気が充ち満ちる。
虫襖の着物と手には白鞘の刀。ブレない体幹、無駄のない体重移動、実力に裏付けられた自身。相当な手練れだ。
口元に若干の微笑みを携え、橙色のサングラスの奥は硬く瞼で閉ざされている。

「くさいねェ……鼠くさいウソつきスパイの匂いだね」
「あー…二人とも下がってな」
「董榎兄ィ」
「董榎さん」
「俺は? ねえ俺は?」
「アンタ、人じゃないね」

──知らず頬を抑えていた。醜く釣り上がってやしないだろうかと。一応、杞憂だったが。

映らないはずの瞳に己の奥底を一瞬で捉えられた。鼻だ。そいつは獣じみた嗅覚で視界(、、)を体現している。いや、視覚ではたどり着けない世界とでも呼ぶべきか。

「今日はいろんな匂いと出会える日だね。でもそろそろ鉄くさい血の匂いが嗅ぎたくなってきたところさね」
「……ああ」

いいね。俺も鈍ってたところさ。

「すまねぇな、ちと借りる」
「は?」

警備隊の一人を手刀で眠らせ横たわらせる。腰の長物を鞘ごと抜き去れば、奴の微笑みは実を伴った。

その()が嗅ぎ取ったのは、久方ぶりの興奮か、抗えぬ闘争心か、己でさえ知らないこの内か。

「闘り合ってくれるかィ、この人斬り似蔵と」
「よろこんで。錆びかけのナマクラで良けりゃあね」



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