刀を交えて花一匁 丙 | ナノ
 09.犬の散歩は適度なスピードで(2/2)

「試合中止?」
「そ、だから今日の売り子もナシね。いや〜参っちゃったよホント、大江戸ドームを占拠したあの凶悪巨大犬にもその飼い主にもさ。一体どんな躾してンだか」

スイマセン、それ知り合いです。

頭を抱える雇い主からソッと目を逸らす。今朝のニュースで知ったが、急成長した定春くんが町を暴れて回り、挙句球場を占拠したらしい。

歯が生え替わる時期の犬って歯が痒くて何でも噛んでしまうらしいしきっとそれだろう。大型犬は被害もデカくて大変そうだ。俺も研究所時代に普通車サイズの犬科と戦わされた。
あの可愛いボディを殴るのは心が痛んだものだ。できれば動物とは二度と戦いたくない。

今日のエイリアンズVSヤクザーズ戦は中止。俺の売り子バイトも取りやめ。予定が空いてしまった。買い物でもしようか、それとも帰って花屋の手伝いをしようか。……それともこの視線の主にちょっかいを掛けてみようか。

ブッと短くスマホのバイブが通知を告げる。

届いたメッセージに自然と口角が上がる。通話ボタンをタップしようとした時、通知とは違う笛の音が耳をついた。

「ぎゃああああ!」
「出たァァァァ!!」
「……げェッあんたなんでここに!」

球場の前にできた人集りから飛び出してきた阿音ちゃんと新八くん。後ろには阿音ちゃんそっくりの巫女さんと銀時がリコーダーでポッキーゲームしながら定春くんに追いかけられている。何を言っているのか分からないと思うが俺にも分からない。

「ピーピッピッピッ」
「ふざけんじゃないわよ百音! 彼氏じゃねーわ!」
「董榎さん! ここは危険です!」
「やあ新八くん元気そうで何より、お姉さんには職場でお世話になってるよ。そちらは阿音ちゃんの妹さん?」
「この状況で出てくる台詞がそれ!? 大物だよアンタ!」
「ピーピーーー(お前キャバクラでも働いてんのかよ)」
「定春くんはムズムズ期? 噛まれたら下顎掴んできちんと叱ってあげるといいって3丁目の犬好きの爺さんが言ってたぜ。二つ名は夜獣の慈悟郎」
「ピピッ(下ネタ?)」
「違いますっ! 定春は龍穴を守護する狛神(いぬがみ)だったんです! 力が覚醒して暴れてるので、董榎さんも暇なら封印手伝ってください!!」
「ピ〜〜〜〜〜」
「新八くん………………中二病はモテないぞ」
「余計なお世話だァァァ!」

あと後ろでピーピーうるさいのはどうにかならないのだろうか。外れない? そっか……。

「ァゴッ」
「ボェァ」
「仕方ない。ここは先生として手本を見せよう」

妹さんと銀時を繋ぐリコーダーを手刀で叩き割って新八くんの前に立つ。突進してきた定春に噛みつかれる寸前、潜るように深く膝を折ると……

「おっ……思いっきり下顎蹴ったァァァ!! 噛み癖云々のくだりは!?」

「動物相手に暴力振るうのは嫌なんだが……躾だ、許せ」
「今のどこに葛藤が!? 動きも威力も過分だァ!」
「定春ぅぅぅ!!!」
「おっグラさん上に居たのか。安心しな、命までは取ってねーよ」
「あああ俺の歯ァァ! テメェの無理な施術で永久歯取れちまったじゃねぇかどうしてくれんだァァ!」
「男が歯の一本や二本でガタガタ言うんじゃねェよ」
「ねえこの人味方なんですよね? 悪役か悪魔の間違いではなく?」
「ピーーーー(取れない)」
「あれ、外れないのか。貸してみ」
「ピ……あ、取れました」

妹さん……百音ちゃんの口に嵌ったリコーダーの半身をスポッと抜いたら「叩き割る必要あった?」と銀時。「ええ?」難聴ムーブで返しておいた。「こンのクソジジィ……」

「阿音さん百音さん、定春の覚醒を解く方法は他にもありますか? 今は気絶してますが、目覚めたらまた……」
「安心なさい、方法はもう一つだけあるわ。動き回られたらともかくこの状態なら儀式は容易よ」
「誰にも邪魔されない広い場所が必要です。そこの球場にお邪魔してしまいましょう」
「よかった……!」
「定春は私が運ぶヨ! 定春、あと少しの辛抱ネ!」
「よかったよかった。手伝えなくて申し訳ないが俺は暇じゃないからここで退散させてもらおう。暇じゃないから」
「(根に持ってらっしゃった…)」
「そんな奴いいから早く球場へ! 5人いれば儀式はできるわ!」

神楽ちゃんが定春を担いで万事屋二人がそれを支え、阿音百音姉妹が牽引してバタバタと球場に駆け込んで行く。最後まで定春くんそっくりの小さな犬がお座りしてこちらをじっと見ていたが、やがて5人を追って行った。

犬を見送ってスマホを取り出し、表示された連絡先をタップした。コール音が響く。

「……もしもし? うん、よかったな、いつでも呼んでくれ。……いや、こちらこそ。任されたからには必ず護るから。これからもどうぞよろしく」

護る、守るさ。道はとうに決まってた。
──子供達を守り、友を援ける。
端からブレちゃいなかった。今まで通りだ。

たとえ慕ってくれる人間の信頼を踏み躙ったとしても、誰かの犠牲を伴うのだとしても、躊躇ったりはしない。利用できるものは利用する。努力では決して届かない目標を前に手段は選ばない。

「いいもの見ィつけた。使()()そうだなあ!」

だから、命以外のすべてを諦めよう。



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