刀を交えて花一匁 丙 | ナノ
 08.バイト戦士VS鬼の副長 ファイッ(2/3)

「らっしゃい……ああ土方さん、今日もご苦労様です」
「おう。いつもの頼む」
「へい」

真っ直ぐカウンターの定席に腰を下ろし、隊服の上着を脱いで一息。昼時を過ぎた定食屋は賑わい薄れ、同じように昼を摂り損ねたらしい男が、占領したテーブル席でずるずると味噌汁を啜る音だけが響いていた。

業務で凝り固まった肩を回す土方の前にお冷が出される。今日も怒鳴り散らしてカラカラの喉を潤し、なんともなしに壁に掛けられた品書きを眺めた。
古びた木板に几帳面な墨字。年単位で通っているが日替わり以外特にメニューが変わった様子もない。良くも悪くも代わり映えしない定食屋。
まあ変わったら俺が困るんだが、なんてことを考えながらカウンターに視線を戻し、普段と違う景色に気付く。

「親父、女将は?」
「へえ、風邪で寝込んじまいまして。季節の変わり目はイヤですねえ」
「そうか……お大事にと伝えてくれ」
「こりゃご丁寧に、そんなら復帰もすぐですねぇ、ウチのは土方さんのファンなんで」
「本人に言っていいヤツか?」
「ここだけの話ということで、一つ」

声を潜めてはいるが、まったく反省しちゃいねぇ面だ。零れた笑い声につられてグラスの中の氷がカランと転ける。すると呼び鈴でも聞こえたように暖簾から現れた店員が、バンダナを巻きながら親父の側に寄ってきた。

「親父さん、お使い終わりました」
「おかえり。部屋の前置いてくれたか?」
「ええ、声をかけて離れて、襖に引きずり込まれてくとこまで見届けましたよ」
「なァにしてンだ、オマエさんサボりっつうんだよそれは」
「だって心配じゃないですか……、はーい! 俺行きます」
「頼まァ」

そわそわし始めたテーブル席の客に目ざとく気付いた店員が、カウンターを回って注文を聞きに行った。

「アレ吉田つって、うちの新しいアルバイトです。はは、新しいもなンも、他人を雇うの自体初めてなんですが……土方さん、どうしました?」

……どうしたもこうも……わざとか? わざとやってんのか? 何が狙いだ?
煙草を持つ手が震えるが断じて禁断症状ではない。ひっくり返りそうになるのをこらえながら、なんでもない、と返した声にはやはり隠しきれない動揺が滲んでいた。親父は素知らぬふりをしてくれたようだった。

「はいよ。土方スペシャルお待ち」

その皿は混沌に蝕まれつつあった土方を宇宙の果てから引き戻して別の宇宙へ連れて行った。

太陽をと農家の愛をいっぱい注がれてすくすく育った玉ツヤ肌の真っ白な米。純潔を蹂躙する黄金のとぐろ。その神々しさといったら、鳳凰の新鮮卵から生まれた神の落し子、王の頭に唯一輝く黄金の冠、あるいは三つの願いを叶える神龍が如く。誰がなんと言おうとオマエが主役。いやシェン◯ンは主役ではねぇが。

「フッ、このとぐろのツヤから分かるぜ……新鮮なマヨネーズを使っていやがる。やっぱりこの定食屋に勝る土方スペシャルは無え。最高だぜ親父」
「どうも」

満足げな笑みを口元に浮かべる土方。そもそもこの正気を疑うメニューを拵えた店は江戸中探したってココしかないのだが。

「あーあ、またやってらァ」

マヨ丼をかき込む土方の耳にそんな呟きが届く。親父の視線はテーブル席の客と話し込む店員に注がれていた。いつの間にか食器は片付けられ、食後の茶を飲んでいるようだ。

「ああやってよく捕まるんですよ。いつものことです。あっしが一言二言しか話さないお客様ともね、フッと目を離した隙に打ち解けてやがる。憎い才能ですねェ。()()()も垂らし込まれたクチだ」

女将が一人での出先で体調を崩し、転倒しかけたところを助けられ、ここに担ぎ込まれたらしい。文字通り。腕力があって面も良いものだから、女将は男をいたく気に入って、働き口を探しているという男に自分がいない間の定食屋の仕事を頼んだのだと。

親父の話を聞きながら、土方はPと対面した時の近藤の様子を思い出していた。確かにあれは恐ろしい。

「それでですね、これが働き始めるとまァ小器用なもんだからますます気に入っちまって、挙句“俺の世話”までソイツにさせろってんだから参ってますよ」
「ッふ、親父、大人しく世話されてんのか?」
「されてますとも。間男じゃねぇよありゃ、口煩ぇ息子、いや鬼嫁二人か」
「お好きに仰ってください。任されてんですよこっちは」
「財布の紐まで縛られる筋合いねぇんだがな」
「いつか店閉めたらグアムに行きたいと女将さんが。ですから馬はほどほどに」

こんにちは土方さん、と戻ってきた男が言うので、親父が知り合いかと驚いている。釈然としない気持ちでちらりと視線だけ返したが、特に気にした様子もなく微笑まれて逆に気安い感じになった。

「洗い物しますね」
「なんでぇ、あっちもこっちも。ウチの客取らねぇでくれよな」
「へぇ?」
「店員が話し込んでいいのかよ」
「あ、あれね、親父さんの話してたんですよ。ここのだし巻きが絶品なんですって。俺も賄いで和え物の次に好きですって言ったら一番じゃねぇのかと突っ込まれましたが。わ、マヨ丼ですか。土方さんはマヨネーズお好きなんですね」

手を動かしながらなんてことのないようにつらつらと言葉を並べる男。親父は溜息を吐いて土方に横目を寄越した。

「……ね?」
「ああ、こりゃひでぇわ」
「お二人で何の話です」
「おめぇの話」
「悪口ですか」
「違ぇよ、客と店員の悪口で盛り上がるか」
「いやあ、随分くだけた空気だったので。土方さんはここ来て長いんですか」
「……まあな。品はこれしか知らねぇが」
「品書きにありませんよね?」
「書いちゃいねぇがうちのメニューにゃあるよ」

流石にここで例の話はしないらしい。といっても、持ちかけていたのはいつも土方の方だったから当たり前といえば当たり前か。

「他の天人もみんなお前みたいな奴だったらなあ」
「何です、同じひとばっかじゃつまらないでしょう」
「良い意味で天人らしくねぇってこった。土方さんは分かりました?」
「へえ、天人、言われないと確かに……」

ハ?

「あ、ま、天人つったか今?」
「言いましたが……」
「………天人?」
「はあ、身分証見ます?」

見た。確かに日本人ではないらしい。顔写真や名前と共に『哭族』という聞いたことのない種族名が綴られている。というか。

「外務省」

そう、堂々と記されていた。



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