刀を交えて花一匁 丙 | ナノ
 07.そう、君の追憶でありたい(2/3)

松陽までもが俺たちの前から姿を消すまで、その手触りのいい真っ黒な箱に吐き出すのはいつも同じ言葉だった。

“ごめんなさい” “お前がいなくなったのは俺のせいだ”

あの凍えるような冬の日、雪の白さと温かい手のひらにすべてを覆い隠された日のことを、俺は今でも鮮明に思い出せる。この先忘れることはないのだろう。自分の弱さとこの手の小ささを呪った、()()()を。

──……銀時。俺は、

箱の底に閉じ込めた独りよがりの懺悔を、人に聞かせたことはなかった。お前のせいじゃないとお節介たちに叱られることは目に見えていたから。しかし松陽には先手を打たれた。何も言ってないのに想像通りのことを宣いやがった。きっと董榎も同じことを言うに決まっている。まあ、そりゃあ、一番悪いのは襲って来た奴らだと思うし、遡ればどっかでやらかしてしつこく追われるような恨みを買ったこのバカやあのバカの自業自得なんだろう。俺は巻き込まれた側であって加害者じゃない。そこは履き違えてない。ただ俺は、

──お前を弟子と思ったことは、一度もないよ。

お前に関係のないことだと突き付けられるのが怖いんだ。
傍観者でいるくらいなら、加害者でいる方がよっぽど良い。
董榎の世界は、董榎だけで完結してるから。

「改めて久しぶり。大きくなったな」

だから、謝られないことが救いでもあった。







「なあ、納豆パフェだって」
「食うわけねーだろンなゲテモノ枠」
「メニューにあるなら一応食えると思うけどなぁ」
「じゃあお前食えば?」
「……あっこのケーキ美味そう」
「自分が食えないもの人に押し付けないでくれます??? すみませ〜んいちごパフェとチョコパフェと黒蜜きな粉パフェひとつずつ」
「ブレンドコーヒーとストロベリーレアチーズケーキで」
「女子か」
「お前が言う?」

注文をとった店員の姿が消えるとテーブル席に沈黙が落ちる。董榎は頬杖をついて窓を眺め、俺はぼうっとソファ奥の茂みを眺めた。

「……お前なんかアレだよな」
「アレ?」
「ジジくさいくせにJD混じってるよな」
「JDって」
「女子大生の略だよ、知らねーの?」
「いや知ってるけど……どこが?」
「パスタサラダとか好きだろ」
「え、今迷ったのなんで分かったんだよ怖っ」
「いやこっちの台詞……つーか俺らなんで喫茶店いるんだっけ」

絞り出した声に董榎は首を傾げて「俺がなんか奢るって言ったらお前パフェがいいって言ったろ」と応えた。そーーだけどぉ、と俺はテーブルに突っ伏した。店内の喧騒が振動になって鼓膜を揺らしている。なんで俺こんなリア充の巣窟みたいなとこに入ったんだ。バカか。獣のように唸っていたら、どうしたぁ、なんて雑に髪を撫でられて、ぐっと喉を詰まらせる。

あーはいはいそうだよ、怖気付いてるよ。敵チームの4番相手に直球勝負で挑んだら懇切丁寧にさばかれて四球で進塁されて、試合後半ヘトヘトになったところにまた4番の打席が回ってきた、そんな気分。いやどんな気分?

逃げたい。切実に逃げたい。せめて時と場所を変えてやり直したい。新撰組屯所の目の前だろうとターミナルだろうと立ちションする程度の度胸はあるが、こんなアホみたいな状況で積もり積もった激重感情ぶちまけられるほど図太くねーんだよ、俺は。

「お待たせしました。ご注文の品は以上でよろしいでしょうか」
「ありがとうございます」

トントントン、パフェとケーキとコーヒーの器が並べられる。あーあーあー、もう無理だよこんなん。無理でしょ? パフェとケーキとコーヒーとやりらふぃ〜に囲まれた状況で訥々と師匠の死について語り出すヤツいたらサイコパスだろうが。……はあ。

知りたがり君を胸の奥に閉じ込めて頭を上げる。董榎は着流しの懐から何かを取り出していた。なんだ?

「イソスタにあげるから食べるの待って」
「イソスタ!?」

スマホでパシャッ!パシャッ!と角度を変えながら写真を撮り始める(おそらく)アラフォー男。え、お前イソスタやってんの? マジで? 

そのうちウェーイwとか鳴き出したらどうしよう……解釈違いでうっかり殺っちゃうかもしれない。10年拗らせた初恋男舐めんな。こちとらテメーが生死不明の間も虚しいくらい萎えなかったんだぞオラ。エロ本で勃つのに生身で勃たなかった俺の気持ち分かる? 絶望したし嬢には引っぱたかれた。いや引っぱたかれたのはSMクラブだったからかもしれないけど。

「よしおっけ。あっ銀時イソスタやってる? 万事屋公式アカウントとかあったらフォローしたいんだけど」
「あるわけねーだろ……うわフォロワー数えっぐ。かぶき町で何してたの? タピオカチャレンジ?」
「文無しだからバイト三昧だったな。タピオカは二丁目のヤツがキてる」
「タピオカはどーでもいいからバイト自粛してくんない? お株奪われちゃ商売上がったりなんだよ。お前のせいで家賃も給与も滞ってんの、どーしてくれるんですかァ?」
「いつから家賃滞納してるかお登勢さんに証言とっていい?」
「すいまっせーーーん!」
「本当に困ったら来いよ。神楽ちゃんと新八くんの飯くらい出してやるからさ」
「すいまっせーーーん!」
「うはは、あっ、そういえば花屋来てくれたんだって? なかなか会えなくてごめんなー、これ俺の連絡先」
「…………」

紙ナプキンに手慣れたように書かれたそれを受け取る俺の顔はシワシワのしかめっ面だったことだろう。

「……大人の都合で未だガラケーが主流のかぶき町に知らぬ存ぜぬとスマホぶっこんでくるその図太さだけは評価してやる」
「は〜? 何目線〜?」

ケラケラ女子高生みたいに笑う董榎から意識をパフェに戻すと、「相変わらず甘いものが好きなんだな」と寄越される生ぬるい視線に、もう面倒臭くなって差し向けたスプーンで返事をした。
チーズケーキの上から苺をかすめ取られた董榎は、一瞬だけ虚をつかれたような顔をしてから目元をくしゃっと細める。
あークソ、この笑い方、好きだ。

「今更だけどパフェ多くね? いつもそんな食ってんの? 先生心配だなー」
「ヘーキヘーキ、医者にこれ以上はないこれ以上はないって再三警告されたから失うものはなんもねぇ」
「今から失うやつじゃんウケる」
「心配は? ……あっ、ここからコーンフレーク埋まってやがる」
「パフェって5割コーンフレークなとこない?」
「ある。ここに」

パフェのかさ増しにイライラしながらザクザクやってると、苺なしのチーズケーキをつつく董榎のスマホが震えた。画面を開いて「めずらし、」と独り言を零す。

「なに?」
「今の投稿にさっちゃんさんからコメントついた」
「あ? さっちゃん? 女?」
「割と初期からいいねしあってるフォロワーさん。大人の人っぽい? 景色撮るのすげーうまいんだよな……ほら」

向けられた画面には高所から撮影された街並みや夕焼けの写真が並んでいる。あとなぜか練りかけの納豆。コメント来るのは初めてだなあと言いながら引っ込めてまた操作し始めた。ふーん、さっちゃんね…………ん? さっちゃん?


「なになに……『匂わせメス豚は殺処分』なんだこれ」


さ、さっちゃんんんんん!!!

「おいっ今すぐブロックしろ!! 闇に紛れて処分されるぞお前! ソイツ本業! 闇討ち暗殺お手の物ォォ!!」
「銀さん銀さん銀さん銀さん銀さん銀さん銀さん銀さん銀さん銀さん銀さん銀さん銀さん銀さんって来てるけど銀時知り合い?」
「……アレを知り合いと呼ぶには少なくない葛藤がある……」
「んー……『パフェと手だけでよく分かりましたね。銀さんとデート中です笑』と」
「煽るなァァァァ」

もうだめだ……こいつきっと明日の朝には変死体で見つかってるんだ……大江戸ニュースに未解決事件の被害者として名前と顔が映るんだ……

「あっ他にも来てる。ELLYさんから……『今度一緒にお食事行きませんか?』」
「また女ァ? 外人? お前会ったことあんの?」
「ないない。たぶん日本人だな、いつも日本語でコメントくれるし」
「裏垢女子に絡むおっさんかよ」

性別逆だけど。行くのかと聞いたらいやそんな仲良くねーしと真顔で返って来た。へっ、ざまァみやがれ。董榎は身内判定してない奴にはたまにびっくりするくらいドライだぜ。

「……うわっ、見てこれ」
「あ?」

パフェを一旦退けて董榎の手元を上から覗き込む。そこにはさっきのELLYって女のコメントの続きがあった。ちなみに董榎の発言は引いてる訳ではなく「うわっwwww見てwwこれwwww」が正しい表記である。ペトリ皿はお帰りください。

『攘夷運動に興味ありませんか?』

「何コレ攘夷浪士? 侍がイソスタすんな切腹だ切腹」
「それ俺にブーメラン刺さってる」
「知るか。ブーメランで腹かっさばいてやろうか」

『志を共にする素晴らしい仲間たちと幕府を打倒して汗を流しましょう!』

「なんかフィットネスクラブの勧誘みたいになってるけど」
「……JOY CLUB(攘夷党)?  JOY SPORTS CLUB か?」
「いやとんでもねぇ誤爆だな」

『お友達もご一緒にどうですか?』

「オイお前が画像載せるからさっきから俺に飛び火してんじゃねーか」
「ごめんて……袖しか写ってないのにまさかここまで炎上するとは……」

『入会キャンペーン実施中! 入会費半額・事務手数料無料・月会費3ヶ月間無料! 今すぐお申し込みください! ご連絡はこちらまで→→→』

「うわコッテコテの迷惑メールwww」
「な?wwwwな?wwww」


『迷惑メールじゃない 桂だ』


ダンッッッッッッッ

──このアカウントはブロックされています──


「…………」
「…………」
「へー何これうまそう」
「どれどれ?」
「このスフレみたいなやつ」
「幸せのパンケーキっての、銀時甘党なら聞いたことない? 確か向こうの蕎麦屋近くの……」
「ァア!? 神楽!? なんでお前神楽といんの!?」

ふわふわパンケーキの向こうに座ってピースかましてる奴の特徴的な服。顔はムカつくスタンプで隠してあるが俺の目に狂いはねぇ。隣に映ってる高級そうな着物とかコレそよ姫じゃねーのかもしかして。
なんで俺より先にコイツに会ってんの姫さん神楽ちゃん? なんで? 純粋になんで?

「ブランコ靴飛ばしバトルで買ったら奢ってあげるって言ったの」
「1ミリも説明になってねーし俺にも奢れよ」
「なあ実は銀時が食ってるそれ俺の金なんだけどさ〜」

パンケーキの隣の隣はカブト相撲大会の動画でそこだけコメント数が3桁を超えてた。いやほんと何してんのお前。ちなみにカブト相撲大会の更に隣はどっかのクラブみたいな背景で黒いチャイナ服にオレンジの三つ編みがチラッと見えた。神楽のコスプレか?

「いつの間に会ってたんだよ。俺お前ん家行ったけどお前全ッッッ然いなかったけど」
「あー昼休憩とか? よく遊びに来るぜ。俺が働いてるとこ大体グラさんの紹介先だし」
「グラさん!?」
「グラさんって呼べって」
「……ちなみになんて呼ばれてんの」
「董榎グラン◯ム」
「仲良し??????」

コンビ名か? グラさんとグラざむってか?

屁怒絽(魔王)の居城に通い続けた俺の涙ぐましい努力はなんだったんだ……頭を抱えていたら新八くんとはスーパーでよく会うぜと追い打ちをかけられた。新八ィィィィ! おま、おまっ、新八ィィィィ!

「ふふ、いい子たちだな」
「悪魔か悪ガキの間違いだろ目ぇ節穴かよ……」
「神楽ちゃんも新八くんもお前らだけには言われたくないだろうよ」

は? 天使以外の何物でも無かっただろうが。父の日に高杉と桂と桜餅作ってやったらテメェが膝から崩れ落ちたの忘れてねーぞコラ。そのうちネタが尽きて目の前で『かたたたたき券』作って(制作時間30秒)渡したらペッカペカのニッコニコだったじゃねーか。高杉くんアレで片目潰れたからね。

「そりゃマ、今だって目に入れても痛くないけど」
「流石にオッサン目に入れたら痛いだろ。髭で瞼切れるぞ」
「えっ銀時ヒゲあんの?」
「えっそこぉ?」
「あー、そっか、もうそんな歳か…………あのさあ、やっぱ髭も髪と同じ色?」
「髭も下も胸毛も真っ白ですが」
「胸毛も白ォッ」

ブフゥッと盛大に吹いてヒーヒー蹲りながらソファを叩く男に「あの人カッコよくない?」と話していた店内奥の女二人が、遠目で分かるほど一瞬でドン引いた。こいつ笑いの沸点クソ低いくせに若干ツボが謎なんだよな……。

ひとしきり笑った董榎は息を整えてからコーヒーで唇を湿らせる。ふっと空気の間を息が滑り、「俺はさ、」ほんの少し寂しさの滲む声音で、心から嬉しそうに頬を緩めたのだ。

「なんだか安心したよ。……お前にも守るものができたんだなって。まあ、お手本のような大人ってわけじゃなさそうだけどさ、それでも……」
「おいやめろ消えるなよ」
「え?」
「テメークソふざけんな殴られてェかオラァ!!!!」
「ハァ!? 急になんでキレてんのっ?」

うるっっせ〜〜〜〜〜!!! 死亡フラグと旅立ちフラグ立ててんじゃねぇッ!! 「俺を倒してから行け」つって襲い掛かられるか監禁拘束陵辱されるか好きな方を選びやがれ!!

「…あの……すみません……他のお客様がおりますので……」
「ごめんなさい! 銀時ステイ! 深呼吸!」
「ひっ! ひっ! ふぅぅぅぅ………」
「よし、落ち着いたか」
「おちついた」
「カタコトだけども」
「お前もう消えないよな?」
「…………………」
「なんでそこで黙るんだよっ」

視線を逸らして真面目に考えるそぶりを見せた董榎。俺に胸ぐら掴まれて揺さぶられても、オロオロする店員に「うちの子がスミマセン」とぬかす始末。
ここに来てジェットコースターしていた情緒がスッと下降し、滑らかに地面の上を走行し始めた。
ヤンデレになりそう。ううっ……いや、おかしいだろ。監禁陵辱は銀さんの役目じゃないだろ。そういうドロドロしたヤツは高杉くんの役目だろうが。嫌だ、絶対嫌だ、アイツとダブるのだけは死んでも嫌だ。……ひ〜っひ〜っふぅぅぅぅ! ふぅぅぅぅ!!

深呼吸で自分を落ち着かせていると視界の端に何かが映った。窓にベタリと張り付いているそれを俺は二度見した。

「フハハハやっと見つけたぞ!!!!」
「……桂!?」

入り口から店内に回り込んで仁王立ちの桂に董榎が驚いている。つか何当たり前みたいに俺の隣座ろうとしてんだヅラてめぇ。「銀時そっち詰めろ狭い」ふざけんじゃねェこっち来んな。おい我が物顔でパフェを食うな! それは俺のパフェだ!

「お久しぶりです董榎殿。ざっと10年ぶりですか……お元気でしたか」
「ああ。桂こそ変わりなさそうで何より」
「おや、そんなに変わってませんか?」
「うーん、あ、髪切った?」
「あ、わかる? 今また伸ばしてるんだけどぉ」
「いいじゃんいいじゃん、ロン毛似合うね」
「俺は昔から長髪だぞ」
「そうだっけ? あ、なんかアレ、結んでたよな確か」
「うんうんポニテだった! 董榎殿はなんかあの、アレ、刈り上げだったよね?」
「刈り上げしたことねぇけど」
「いやでもほら、絶対似合うと思うしー! やってみてよ!」
「お前ら仲悪かったっけ???」

そんな同窓会で元クラの特に絡みのない連れション仲間見つけた感じ? お前ら感動の再会そんなんでいいの? 俺も人のこと言えないけどお前ら本当にそれでいいの?

「それで桂はあの投稿見て来たのかな」
「……投稿?」
「ヅラお前イソスタやってるだろ、ELLYって名前で」
「愚弄するなよ銀時! 侍がイソスタなぞ軟弱な娯楽やるものか! 目撃情報から追ってきたのだ!」
「言われてるぞ董榎」
「ぐっ、俺は侍もどきだからいーの。……ん、桂じゃないならELLYって一体……」

画面を開いて首を傾げていると、董榎の後ろのテーブル席からスッと白い巨体が立ち上がる。

ぺたぺた近寄って来ると、おもむろに董榎のスマホへ手を伸ばし奪いタップを繰り返した。

ずんぐりむっくりした片手に掲げられた、『ずっとスタンバってました』のプラカード。

この(かん)スマホの持ち主は宇宙を背負っていた。


大きな手が引っ込む。約1名スペキャ顔のまま3人で画面を覗き込むと、そこには。



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── メッセージが来ました ──

ELLY :ファンです^^



──これは、本当にあった怖い話。



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