刀を交えて花一匁 丙 | ナノ
 03.石ころは家路には続かない(2/3)

ウッソだろお前、と叫びたい気分だ。ぎらりと太陽を反射させながら天を衝く巨大な塔。瓦屋根の続く街並み。同じく瓦屋根を取り付けて自然な感じで溶け込んでいる自動販売機。着物や着流しを着た人間と、多種多様な天人たちが闊歩する往来。頭上を見慣れないものが通り過ぎていった。宇宙船、という言葉が頭を過ぎる。そんなのアニメや漫画でしか見た事ねぇよ。

「ウッソだろお前……」

倒れる前に見たコンビニの記憶が俺に叫び声を上げず独り言の範疇に留めることを成功させた。雰囲気から察するに、一応江戸、らしい。俺からすれば違和感の強い光景に江戸か平成かどっちかにしろと言いたいが、浅葱色の着物を着た彼女や服を着た豹のような彼にとってはこれが自然な光景なのだろう。松下村塾でジャンプを読む子ども達を見たときも結構衝撃的だったけれど、こうして知らない町で知らない物に囲まれると、俺のいたところとは別の世界だという事実を改めて痛感させられる。

そういえば塾で最初に高杉晋助の名前を聞いた時は心底驚いた。奇兵隊の高杉晋作といえば歴史の教科書に載るほどの有名人だ。最初は名前が違うので名前の似た別人かと思っていたが、桂に会って考えを改めることになった。
桂小太郎ってアイツ、桂太郎だよな…? 確かに真面目だし、人を率いる才能も少なからずありそうだが、口周りに米粒を散らしながら梅おにぎりを貪っていたアイツが軍団長になったりとか首相になったりとかは全く想像できない。それにまだ名前が似ているだけの別人という線は捨てていない。

「あんだ兄ちゃん、そんなとこでぼうっと突っ立って。客じゃないならそこ退きな」

西部劇にでも出てきそうな渋い声に振り向く。サングラスをして煙草を吸う男がいた。それだけ聞くとまるでヤクザのようだが、よれよれの甚平が彼の迫力を抑えて世間に疲れた中年男性に見せている。男が持つ「きゃばくら」「初回限定割引」「ゆめうつつ」「(ハートの乱舞)」が書かれた看板は……バイトだろうか?

「……すみません。道に迷ってしまって」

眉を下げて苦笑いすると、彼はサングラス越しでも分かるくらい思いきり顔を顰めた。少しわざとらしすぎたか。

「ア……イケメン眩し……」

問題なさそうだな。

「ちなみに目的地は」
「目的地はありません。経歴白紙の住所不定現無職を都合よく雇ってくれる聖人を探してるところです」
「え? なに? 俺とお前前世で兄弟だった? 今コレもしかして感動の再会?」
「ハグしとく?」

した。

「人生の道に迷ってんならまずハロワで地図を貰ってくるんだな」

ブラザー長谷川はハローワークへの道順を丁寧に教えてくれた。先達の知恵はここぞと言う時に役立つんだなあ。

「分かったか?」
「とっても。サンキューブラザー」
「いいってことよブラザー。俺も通い慣れてるからな、どうってことねえよ」

この自虐にはどう返すのが正解なんだブラザー。

「ぶっちゃけあんたのその顔ならホストでも稼げそうなもんだがな。どうだ?」
「いえいえ、あの職種もそんな甘いもんじゃないでしょうし」
「謙遜しなくていいよ。おじさんだったら通い詰めちゃうな〜、ま、そんな金ないけど!」
「お兄さん優しいから俺がホストだったらたくさんサービスしちゃいますよ」
「『お兄さん』はよせよぉ、照れるじゃねえか」

肘で軽く小突かれた。サングラスに隠れて目は見えないが、口元が緩んでいるから本当に照れているらしい。顔を伺っているのがバレて頭を叩かれた。初対面でありながらすぐ打ち解けてしまうのは江戸っ子の気風だろうか。こういうやり取りは久しぶりだ。

「そういや歌舞伎町じゃ見ない顔だが、どこから来たんだ?」
「辺境の地と言って差し支えないド田舎ですよ。名前言ってもわからないんじゃねーかな」
「そんなところからよく来たなあ。なんでまた江戸に?」
「田舎者が都会に憧れるのは必然でしょう?」

確かに、とお兄さんは笑った。

「地元では何の仕事をしてたんだ?」
「子供たち相手に教鞭を振るっていました」
「あんた先生か。道理で言葉遣いが綺麗だと思った。いやあ、若いのに立派なもんだ」
「いえ、まだまだ学ぶことばかりです。この通り正しい道もわからない未熟者ですので」
「おっと、長話しちゃったな。呼び止めて悪かった」
「教えていただいてありがとうございました」
「まあ、なんだ。困ったことがあれば万事屋に行くといい」
「よろずや?」
「ああ。俺仕事あるから、じゃあな。職探し、がんばれよ」

おじさんも頑張るから……という言葉が切なげに響いた。どうか強く生きて欲しい……。



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