05
「え?カラオケ?」
「そう、カラオケ。ちょっと遊んでいこうよ」
「それにしてもなんでカラオケ?」
連れてこられたのはカラオケ店。機嫌よく受付を済ませる吹雪くんにはさっきまでの不機嫌そうな一面はもうどこにも見受けられなくて、いつも通りの吹雪くんが笑っていて、見間違えたんじゃないかって思い始めた。それにしてもはしゃいでる吹雪くんは新鮮だ。カッコいいというよりは可愛らしいに当てはまる吹雪くん。私を連れてドリンクバーコーナーに向かう吹雪くんの後ろ姿を見て、人気があるのがちょっとわかったような気がする。どれを選ぶか迷っている吹雪くんをよそにデートまがいの行為にいたってごめんと吹雪くんのことが好きな女の子たちに心の中で謝っておいた。
「で、どうしてカラオケ?」
「うーん、なんでかな」
「えー、なにそれ」
「だってどこいくか決めてなかったし」
「はあ?」
「んー、だってねえ?」
「ねえ、って同意を求められてもねえ?」
「じゃお互い、ストレス発散ということで」
早速、吹雪くんがマイクを取る。最後まで付き合ってもらうからね、選曲を済ませた吹雪くんは部屋の照明を落として私の隣に遠慮なく座る。スペースあるんだからもっと離れて座ったら?笑顔で余計に距離を詰められたのは言うまでもない。
「吹雪くんって歌上手いんだね」
「そうでもないと思うけどなあ」
「いや、上手いよ」
「……そっか」
「嬉しそうだね」
「褒められて嬉しく思わない人なんていないと思うんだけど」
ありがとう、と柔らかく微笑んだ吹雪くん。至近距離でそれをまともに喰らってしまった私は部屋が暗くてよかったとほっと胸を撫で下ろした。なるほど。吹雪くんを好きになってしまう子が続出する意味を身をもって知った。
隣でダイレクトに響く美声に魅了されて吹雪くんから目が離せなくなった。マイクを持つその姿も様になる。距離をとろうと思えばとれるのに、呪文がかかったように私の身体はぴくりともしない。聴覚から、全身へ。なんだか吹雪くんに支配されてしまった心地だ。ふ、不覚!
「そういや浦部さんに『名前と源田くんお似合いや思わん?』なんて訊かれたんだけど、僕のいない間に随分面白いことが起こってたんだね」
「リ、リカめ……!」
「で、そこんとこどうなの?」
「いや別にどうとも。源田くんのことは好きだけど、リカが期待するような方向じゃないことは知ってるでしょ」
「まあね」
ずいっと吹雪くんの顔が近づいてきたので反射的に身を引くと傷つくなあと思ってもいないことを棒読みで意地悪く口にされた。にたり口角の上がる吹雪くん。目の前に突き出されたのはマイクだった。
「なに?期待しちゃった?」
「してません」
「それは残念だな」
「で、このマイクはなに」
「歌わないの?」
聴きたいなーなんて押し付けられたマイクを吹雪くんに戻すときょとんとした表情をされた。
「私はいいから」
「えー、なんで?」
「聴かせられるようなレベルじゃないからね」
「さっきから僕ばっかり歌ってるんだけど」
「いいじゃん、もっと吹雪くんの歌、聴きたいし」
「じゃあさ、一緒に歌わない?」
「へ?」
「それならいいでしょ?せっかくきたんだし」
「うーん」
「もしかして緊張してる?」
「……」
「やっぱり」
「だってさ、しょうがないじゃん。男の子とこうして2人で遊んだこととかないし」
「……」
「吹雪くん?」
「君ってさ、」
吹雪くんがいいかけたその瞬間、部屋のドアが勢いよく開かれた。ぱちっと明かりが灯され、部屋の入り口にはどこか見慣れた三つの姿があった。基山くんに南雲くんに涼野くんだ。きてたんだ。あ、基山くんの顔、引きつってる。
「こんなところで2人でなにしてるのさ」
「なにって歌う以外になにをするっていうの?」
「いちいち照明落とさなくてもいいじゃないか」
「そっちのほうが盛り上がるじゃない?」
「盛り上がる必要なんてないよ。とにかく許しません!」
「名前ちゃんと遊ぶのに、なんで基山くんの許可がいるの?」
「俺も名前ちゃんと遊びたかったのに」
「そんなの僕の知ったことじゃないよ。とにかく邪魔しないでくれないかな」
「……まだ、続きそうだな」
「そだね」
「なあなあ名字、俺たちの部屋に遊びにこいよ」
「え、でも」
「ここにいたって巻き込まれるだけだ」
「そうだね、涼野くんの言う通りかもしれないね」
「なら気付かれないうちに行こうか」
南雲くんたちの誘いに乗ってそっと部屋を抜け出す。3人で歌いに来ていたらしい。それで偶然基山くんが私たちを発見して乗り込んだ、それが事の一部始終らしい。
南雲の歌は聴くに耐えなくてな、鼻で笑う涼野くんに突っかかる南雲くんをどうにかなだめながら私たちは目的の部屋へと向かって歩く。事実だろう、嘲笑する涼野くんに逆に南雲くんの歌声が聴いてみたくなったよと口にすれば、やめておけ耳が腐ると忠告された。ごめん、もっと聴いてみたくなっちゃったよ。
「じゃ早速だが名字、俺と一緒に歌おうぜ!」
「私が先だ」
「いいや、俺だ」
「ちょっと待って、私、歌、上手くないから」
「心配するな、南雲(した)がいる」
「なんだと?」
「じゃあさもういっそ2人で歌えば、」
「「断る」」
「……そうですか」
結局は一緒に歌わされることになりじゃんけんで決まった涼野くんの隣で意を決してマイクを握る。南雲くんはなんだか不服そうだったけど。
歌い終わるか終わらないか、再び勢いよく部屋の扉が開いた。そこには少し息切れしている基山くんと吹雪くんがいて、結局のところ5人で楽しむことになった。歌うたびにいちいち基山くんがおおげさに褒めてくるもんだから最終的にはもっぱら聴き専門に。だいたいいつも聴き専門なんだけどね。今日はよく歌ったほうだ。南雲くんは、うん。コメントは控えておこう。