03
朝、爽やかな空気の中、いってきまーすと自転車にまたがり勢いよくペダルを漕ぎ出した。
「あ、名前ちゃん」
「あ、おはよー、吹雪くん」
「おはよう」
途中吹雪くんに出くわした。挨拶を済まし、そのまますっと隣を過ぎようとするも荷台を勢いよく掴まれて阻止されてしまう。
「……なにしてるの、吹雪くん」
「僕、今日は歩きなんだよね」
「うん、それで?」
「うん、そういうわけなんだけど」
「ねえ、吹雪くん」
「なに?」
「ちゃんと会話しようよ」
で、なに?自転車を一旦止めて吹雪くんに向き直ると吹雪くんは微笑んで、歩きなんだよねーと再び口にした。嫌な予感がする。もしかして、と口を開けば吹雪くんのニコニコが増したような気がする。
「……乗せていけと?」
「さすが、話がわかるね」
「なんで私が?」
吹雪くんは返事の変わりに私の返事なんてお構いなしに荷台にひょいっと飛び乗る。あまりに突然それは起こったものだから少々よろけはしたものの何とか体勢を立て直す。文句の一つでも言ってやろうと後ろを向けば早くしないと遅れるよと逆に文句を言われる始末。……吹雪くんってこういった性格なんだね、意外すぎて言葉が出てこないや。
「で、私が漕ぐの?」
「うん」
「嫌って言ったら?」
「名前ちゃんはそんなこと言わないよ」
「……なんでそう言いきれるの?」
「だって名前ちゃんは優しいからね」
これは褒められてるんだろうか。ふふふと笑みを向ける吹雪くんにはああっとため息が漏れれば幸せが逃げちゃうよと心配された。誰のせいだと……!
「じゃあ、後でジュースでも奢ってあげるよ」
「え、本当?」
「あ、食いついてきた」
「嘘じゃないよね?」
「嘘なんかつかないよ」
じゃあいこっか、吹雪くんの言葉によっしと小さくガッツポーズすればばっちり見られていたらしく、くすくすと笑いを押し殺しているのが後ろから聞こえてきて恥ずかしくなった。ジュースに釣られたってのもあるけど、埒が明かないと思ったのもある。
吹雪くんの腕がお腹に回される。そのままぎゅっと抱き締められて顔から火が出そうになった。
「ちょ、ちょっと」
「ん?」
「もう少し離れてほしいなああー、なんて」
「嫌だよ」
「……ですよね」
余計に密着するハメになってしまった。言わなきゃよかった。あらぬ勘違いをされませんように、なんて願ってみるもどうせ無駄なんだろうな。
のろのろと自転車を漕ぎ出す私。学校に着く頃には息もあがっていてじんわりと汗をかきはじめていた。一方の吹雪くんはというと後ろで身体を私に預けのんきに鼻歌を歌っている。ときたまがんばれーなんて厭味のような声をかけてくることがありはするものの、吹雪くんはなんだかすごく楽しそうで、まあジュースも奢ってくれるみたいだしいいかななんて。
「つ、かれた」
「お疲れさま」
学校に着くまで一体どれだけの視線を浴びてきたことだろうか。さっきのなし。憂鬱だ。
自転車置き場に着けばぴょんと吹雪くんは飛び降りて、一気に自転車が軽くなった。
「お前、吹雪と付き合ってたのか?」
「そんなわけな、」
「うんそうだよ」
「……ねえ、勝手に返事しないでよ」
「ふうん」
「いや付き合ってなんてないからね?」
運悪く不動くんに出くわしてしまった。おまけに吹雪くんが勝手に答えてくれちゃって。朝のことを丁寧に説明すれば不動くんはわかってくれたみたいだった。というか興味なさそうだったんだけどね。ちなみに吹雪くんが脚をつらせたということに勝手にしておいた。
「ちょっと名前、あんた吹雪と付き合うてたん?ウチ知らんで?」
「いや別に付き合ってなんかないんだけど」
「ほんまかー?」
「ほんとほんと。どこからそんな話聞いてきたの?」
「その話、俺も詳しく聞きたいな」
教室に入った私を待ち受けていたのは吹雪くんとの関係についての質問だった。クラスメイトから隣のクラス。おまけに先輩にまで。中でもリカは目をきらきらと輝かせている。どうやら朝の一部始終を目撃した生徒が言いふらしていたらしい。めんどくさいことをしてくれたなと思いもしたが誤解を解かないほうがかえってめんどくさいことになってしまう。1から説明するのは骨が折れた。特に基山くんには。
「ほんっとうに付き合ってないんだね?」
「だからずっとそう言ってるじゃん」
「本当に本当だね?」
「だから付き合ってなんてないってば」
「でも、」
「私もある意味被害者なんだけどな」
どうにかわかってもらえたときには1年分の気力を使い果たしたように思えた。私が吹雪くんと付き合っているという噂は朝に一気に広がるも、昼には終息していた。もう自転車通学、やめようかなあ。
吹雪くんに奢ってもらったイチゴ牛乳をじゅーっと飲み干せば失ったライフが回復したように思えた。まあ、約束通り奢ってくれたし吹雪くんと仲良くなれたような気がするからプラスマイナスゼロということに、しておいたほうがいいと思い込んだ。