「ゆいちゃん!」
さあ寝ようと布団をかぶればバン、音を立ててリュウジが飛び込んできた。身体を起こしどうしたの?なんて理由を問いただす前にタックルされてごふっと呻き声と空気とが混ざったものが勢いよく飛び出す。お腹に喰らった衝撃で内臓までもがオマケとして飛び出して天国に向かってしまうかとも思われた。ちょっとした意地悪で大袈裟に痛がってみせればリュウジはさっきまでの勢いから一転してゆいちゃん死ぬの?ダメ!ダメだよ!いやだよ!なんて右往左往。死んじゃう、ゆいちゃんが死んじゃう!慌てふためくリュウジが可愛くて死ぬわけないじゃん、と笑いをなんとかこらえようと一応努力してみたつもりだが口をついて出てくるのは一番必要ない笑い声ばかり。涙ながらにリュウジをちらりと盗み見ればリュウジはなんだか拗ねたような表情を浮かべている。いつにも増して唇はへの字に曲がっている。ちょんちょんと膨れたリュウジの頬をつつけばリュウジは心配したのに、とぶーぶーと不満を爆発させる。でもこうさせたのはリュウジだよね、ぶよぶよと頬をつまめばそれはそうだけどと視線を逸らして言葉を濁した。
で、どうしたの?今度は優しく抱きついてきた。ポンポンとあやすように背中を撫でればリュウジの口からぽつりぽつりと理由が語られていく。
「さっきまでヒロトといたんだ」
「それで?」
「ヒロトとね、怖い話してたんだ」
「怖い話?」
「うん、実際にあったことらしいんだけど、凄く怖くて」
「そうだったんだ」
「で」
「で?」
「……」
「言わなくちゃわからないよ?」
リュウジは押し黙ってしまった。心なしか耳が赤い。リュウジ?声をかければ肩がぴくりと動く。柔らかくほのかなシャンプーの香りが鼻孔を擽った。あ、あのさ。少しどもりながらリュウジが言葉を零していく。続きを促せば少し震えた声で、今日一緒に寝てくれないかななんて爆弾を投下した。
「違うんだ!やましい気持ちなんて一切なくて。あ、いやちょっとはあるけど。あ、ちがう!そんなんじゃなくて。今はそうじゃなくて。えっとその、つまりあれなんだ!」
「とりあえず、落ち着きなよ」
「本当にちがうんだよ、ゆいちゃん!」
「わかった、わかったからさ。あれでしょ、怖くて一人じゃ眠れないってヤツ」
「……うん」
ほらおいで、布団を捲り入るように促せばリュウジは躊躇う。あんたか言い出したんでしょ、私の体温で少し温かくなったそこにリュウジはおずおずと足を突っ込んだ。なにもしないでね、茶化せばしないよ!とリュウジは背を向けて距離をとり、潜り込む。ぴたり、くっついてみればリュウジがベッドから落ちた。離れててよ!リュウジはなんだかんだいいつつも再び私に背を向ける。どうしよう眠れない、リュウジの声が静かな部屋に小さく響いた。
「どうして?」
「緊張して」
可愛いよリュウジとギューッとリュウジの背を抱き締めればリュウジは離して!と抵抗を見せる。心臓がもたない!ちぇー、渋々リュウジから離れるとリュウジのちょっとした説教が始まった。女の子なんだから危機感というものを、とかなんとか言っていたが如何せん眠気が襲ってきた。
「きいてる?」
「んー」
「ゆいちゃん?」
「んー」
「おーい」
「んー」
リュウジの代わりに布団を抱き締めた。
「リュウジだからだよー」
「え?それって」
「特に深い意味はないけどねー」
リュウジはだよねと笑ってドアノブに手をかける。
「どこいくのー?」
「の、喉がさ!か、カラカラなんだ」
「なんで焦ってんのかは知らないけど鍵はちゃんと閉めてよねー」
それから後は知らない。
朝目を覚ませば抱き締められていたがしかし着ているそれはリュウジのものではない。おかしいなあ。おはよう、顔をあげればヒロトの笑顔が降ってきた。目を擦っても頬を抓ってもヒロトはそこにいた。
「私の部屋でなにしてんの?」
「緑川だけズルいなーって思って」
「鍵閉めてたのにどうやって入ってきたの?」
「そんなことより、緑川だから良かったもののダメだよ思春期の男女が一緒に寝るなんて。なにがあってもおかしくないよ」
「それは、まあ」
「吹雪くんとかだったら今頃ゆいちゃんは美味しくいただかれてるところだったよ。緑川だって弟的な存在ってゆいちゃんは言ってるけどあんなのでも一応男の子、なんだからね。いつ襲いかかってくるかわからないんだから気をつけないと。まあ緑川にはそんな勇気ないと思うけど」
「……今度から気をつけるよ。で、リュウジは?」
リュウジはヒロトが私との間に割って入っていることもあり、隅っこで小さくなって眠っていた。
「いつからいたの?」
「二人が寝入ってからかな、ゆいちゃん寝言言ってたよ」
「え、嘘」
「ほんと。知りたい?」
「知りたい」
じゃあさ、なんてニコニコしながら抱き締める腕の力を強めたヒロトの後ろからなんでヒロトがここにいるんだよなんて起きたのであろうリュウジの声が飛んできた。もう起きたか、ヒロトはなんだか不満そうだ。パジャマに突っ込もうとするヒロトの手は思いっきり抓ってやった。ちゃんと鍵閉めたハズなのに、リュウジのつっこむところは私と同じだった。
「ゆいちゃんが緑川になにかされてないかと心配してさ」
「す、するわけないだろ!ヒロトとはちがう!」
「俺とは、って心外だなあ。本当は昨日危なかったくせに」
「!」
「図星?」
「そ、そそそんなわけないだろ!」
「どもってるよ、緑川」
言い合う二人の隙をついてするりとヒロトの腕から抜け出した。騒ぎをききつけやってきた秋ちゃんに、なにもしないっていう自信はないけど今夜は俺と寝ようよ、なんて飛びついてきたヒロトとそれこそダメだよなんて阻止しようとする緑川、たしかになんて相槌を打つ私たち三人がこっぴどく怒られるのはすぐ後のこと。
!!!!!
緑川は弟的な存在だといいよ!だから一緒に寝れるんだ!きっとそうだよそれしかないんだうん。