特等席と定位置恋愛


私は昔、南雲晴矢と付き合っていたことがある。告白は私から。晴矢は顔を真っ赤にして頷いてくれた。二人、自転車に乗っていろんなところへと出かけた。基本的に晴矢が前で私が後ろ。私をしっかりと支えてくれるその背中が好きで必要以上にくっついていた記憶がある。漕げねえから離れろ!なんて言う癖に離れたら離れたでしっかり捕まってろ。晴矢の後ろが一番に落ち着く場所だった。ぽすりと頭を晴矢の背中へ。腕は腰へ。ガタガタしてる道は、お尻が痛いなんて文句を言いながらもそれを楽しんでいる節があった。晴矢と一緒ならいつもと変わらない風景もどこか鮮やかで何倍もきらきらと光って見えたから。海や川や、いっぱい連れて行ってくれた。あの時の晴矢の後ろは私の特等席で、そしてそれが自慢だった。晴矢は照れてなかなか素直になってくれはしなかったけど、ちょっとした些細な気遣いやらの優しさが確実に私の恋心を奪っていったんだ。基山のある意味尊敬に値する素直さを見習って欲しかったが、不器用な思いやりが可愛らしくもあり見習って欲しくなくもあった。全てひっくるめて、私は南雲晴矢が好きだったんだ。

そんな晴矢との仲は呆気なく終わりを迎える。私の親の転勤が決まった。いくら残ると必死に足掻こうと、ワガママを並べようともそんなのちっぽけで。私の力なんて囁かなものでしかなくて。叶わないとわかっていても望まずにはいられなかった。胸が張り裂ける思いだった。世界を神を恨みもした。泣きじゃくりもした。けど、結果なんて変わらない。変わるはずもない。別れよう、そう晴矢にきりだしたあの日あの時。別れたくない、離れたくない。でも。このまま遠距離恋愛に突入しても晴矢にきっと迷惑をかけてしまう。だから私は踏み出したんだ。その方がお互いにもいいと思ったから。

最後にと晴矢が連れてきてくれたのは私の家の近くにある小さな公園。変に気を使っているわけでもなく、むしろ馴染みのある地のここで良かったと思う。ぶらぶらと手を繋いだまま私たちはただ歩く。会話はほとんどなく、時間だけが過ぎてゆく。空が赤くなった。次の日にはもうお別れとなる。最後の時間、ギリギリまで一緒にいたくて、ずっと二人でいた。晴矢の前で泣くのはぐっと我慢して、家で思い切り泣いた。





「懐かしい、な」

晴矢と別れて二年、私は再びこの地へと戻ってきた。殆ど変わっていない馴染みの地を歩く。昔、公園のトイレの壁に皆が皆落書きをしていた時期があった。○○と××の愛は永遠、だとか恋愛に関するものが多く、ある種のジンクスみたくなっていたのだ。私も昔、晴矢と落書きをしたことがある。消されているかな、と裏を覗けばびっしりと埋め尽くされていた落書きは綺麗に消されており、やっぱりないよねとちょっぴり残念な気持ちになった。が、ポツポツと消された上から書き足した後もあり、付き合った日付やらが並べられていた。みんな幸せそうだな、と書き込みを眺める視界に晴矢の名前らしきものと相合い傘が。新しい彼女できたのかなと確認すればあったのはゆいの文字。ゆいとは私の名前だ。別れてすぐ書き込んだんだろうと決めつけるが、それでもやっぱり嬉しいもんだ。ほわほわと暖かみがさす。晴矢は今、なにをしているのかな。サッカー、まだ続けているのかな。元気にしているかな。

吹っ切れたはずだったけどこうして過去の事実を目の当たりにすると記憶が蘇って、同時に恋心も蘇ってきそうだった。じゃり、と音がした方向を振り向けば見慣れた赤髪に特徴的な髪型の、そう私を見て動作を停止させる南雲晴矢がいた。ゆい、なんでここに?ぱくぱくと魚のように口を開いたり閉じたりと晴矢は本物だよなと何故か私の頬をひっぱり本物と確信する。要するに私はひっぱられ損だ。自分の抓りなよと晴矢の頬にぎゅっと力を込めた際に感じた違和感。背、伸びた?

「戻ってきたんだ」
「じゃあまたこっちに住むのか?」
「そうそう」
「向こうは、楽しかったか?」
「んー、まあそれなりには。晴矢がいなくて始めは寂しかったけどね」
「……」
「晴矢?」
「……俺は、」

ずっと寂しかった、そう晴矢の主張をきいたのは懐かしい温もりに包まれてから。晴矢顔真っ赤だよー、なんてからかえばうっせー!と余計に赤みがさす。晴矢も変わっていなかった。落ち着く久しぶりの温もりを瞳を閉じて全身で感じる。トイレの裏とかムードもなにもないね、なんてくすりと笑えば空気ぐらい読めバカと。付き合っているあの頃に戻ったような感じがした。

「晴矢背、ちょっと伸びたでしょ」
「お前は、太った?」
「なっ!失礼な!向こうでもちゃんと女磨きしてましたよーだ」
「……そんぐれー見たらわかる」

晴矢の声は至極不機嫌なものに変わる。誰に見せんだよ、残念ながらそれがまだいい相手見つかってなくてさ。それよりもとりあえず離れようか暑い。晴矢を引き剥がしてホッと一息。気まずくなるかと思ったがそうでもなく、晴矢との会話は普通の普通だった。じゃあ立候補しようかな、なんて笑う晴矢をまさか本気で言っているとは思いもしない私は適当にあしらう。

「……お前、冗談だと思ってる?」
「ええっ?冗談じゃないの?」
「うぜー」
「いやだって晴矢彼女いるんじゃないの?」
「いねーよそんなの!」

ああもう、あれ見ろ!と指差す晴矢の指先を追えば私と晴矢の相合い傘に行き着く。あれが、なにか?いいから人の話を聞け、晴矢の方が人の話聞かないじゃんと心内で文句を垂れながらそれでも一応晴矢の言葉に耳を傾ける。ここの落書きさ、ちょくちょく消されるんだぜ?……ああ、ぴんときた。そしたら顔がぼんと爆発した。なにそれ告白してんの?まあ、一応は。恥ずかしいと顔を隠す腕を晴矢によって阻止される。お前、顔真っ赤!は、は、晴矢だって真っ赤じゃん!うるせー俺だって恥ずかしいんだよ!ちらりともう一度晴矢から壁へと視線を向けるとそれ二日前に書き直したやつ、なんて晴矢の声が。相変わらず字はあんまり上手くないね、なんて指摘すれば字なんて必要ねーよと晴矢は顔をしかめた。

「忘れられなかったんだよ悪いか!」
「あ、ごめん。私はすっかり吹っ切れてた」
「てめえ、」
「嫌だなあ、可愛らしい冗談じゃないの」
「タイミングってものがあんだろ!」
「まあ、そうだけどさ。なんか向こうで好きな人とか出来なかったことを不思議に思ってたんだけどさ、やっぱそれってどっかで晴矢と比べてたからかなーって」

恥ずかしさに耐えきれなくなって二人で笑う。晴矢にもう一度抱き締められたら晴矢の心臓はドキンドキンと早鐘を打っていた。お前の心臓うるせーなんてバカにされたから人のこと言えないくせにと言い返しておいた。晴矢からの思いもしない突然の告白によって完全に蘇ってきた恋心は膨らむ。胸はきゅんと締め付けられたままだ。

「私の特等席はちゃんとあけてるでしょうね」
「たりめーだろ」

近場に停められていた晴矢の馴染み深い自転車の後ろあの頃のようにすとんと腰掛ける。いくぞ、なんて掛け声と同時に私は晴矢へと抱き付いた。バッカ、離れろ!嫌よ、離れないもんねー、勝手にしろ。かたかたと揺れる特等席で私は再び手に入れた晴矢との幸せを噛み締めていた。私、やっぱり晴矢が好きだ。





!!!!!
書いててなぜか恥ずかしくなってニヤニヤしてるとままんに気持ち悪い言われました。だかしかし恥ずかしいものは恥ずかしい。



「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -