珍しく起きてこない兄を起こしに兄の部屋に向かう。兄の部屋に入るのは初めてだったりする。あんまりいい予感がしないのはどうしてだろう。できれば兄の部屋を見ることなく生きていたいと思うのはどうしてだろう。ドアノブに手をかければぞわりと背筋が粟だった。


「早く起きないとっ?」


思わず声が裏返ってしまったのも無理はないだろう。兄の部屋はもう異世界だった。夢だ夢だと頬を抓ってみるもただ痛いだけで、なんかもういろいろと辛かった。信じられなかった。
まずどこから入手したのかわからない私の写真が部屋の壁という壁に引き伸ばさせてべたべたと貼られている。学校でのものや部屋でごろごろとしている際のもの、それだけならまだしも着替えの最中やらのも混じっている。この唇あたりがやけにしわしわになってる引き伸ばされた私の写真はも、もももも、もしかして。ああっ、気持ち悪い。びりびり。気がつけば破っていた。


「ああああああ!なにしてるの名前!」
「もう目覚めなければいいのに」
「名前?どうしたの名前!」
「……」
「見て、これよく撮れてると思わない?」
「ふん」
「なんで破っちゃうの!名前のバカ!」


部屋の写真を半数ほど破り終えたころでようやく兄が目覚めた、私を止めようと絡み付いてきた、私の寝顔の写真を自慢してきた、勢いよく破ってやった。……よくやった私。兄はしょんぼりとベッドの上で体操座りをし始めた。もう本当に兄なんだろうか。


「で、それは」
「こ、これはただの抱き枕だよ!」
「ふうん、見せて」
「ええ?や、やだなあ、やましいものじゃないよ」
「じゃあ、見せれるでしょ」
「……あは」
「……見せろ」
「これは俺の宝物なの!」


さっきから必死に背中の後ろに隠しているものが気になって気になって仕方がなかったが、見せてとねだるも案の定拒否された。兄が拒否するときはなにかあるし、それが大抵いいことではないとわかってはいるけど、やはり見ないわけにはいかない。抱きしめて離そうとしない抱き枕。これがないと俺、眠れないんだよ!なにも奪って捨てようとしているわけではないのに離そうとしない兄は怪しさの塊だ。怪しさしか存在していない。


「別に捨てるわけじゃないんだから」
「ダメ!」
「……なにか見せられないわけでもあるの?」
「それは、」
「名前?」


一向に戻ってこない私を心配してか、頼みの綱の姉さんがやってきた。姉さんは兄の部屋に散らばる私の写真たちを見て軽い眩暈を起こし、兄に正座を強要した。


「ね、姉さん!」
「……どこをどう間違えたらこんな風に育つんだろう」
「俺は別に、」
「名前」
「はい」
「ゴミ袋持ってきて」
「了解」
「ダメだよ名前!捨てるなんてダメ!」
「ヒロト!」
「……はい」


ゴミ袋を片手に叱られる兄の傍ら私は写真の残骸をどんどんと袋の中へと投げ込んでいく。ため息しか漏れない。おもむろに引き出しを開ければ案の定そこにも写真はあって、プライバシーの侵害だ!なんてわめく兄は姉さんに拳骨を食らっていた。プライバシーの欠片もない男がなにを言うのだろう。朝からいい迷惑だよ、まったく。


「で、その抱きしめてるものは?」
「こここ、これはただの抱き枕だよ!」
「姉さん、やましいものだから見せられないんだって」
「名前!そんなこと俺、言ってないよ!」
「なら見せれるでしょ」
「それは、」
「いいから見せなさい!」


兄の宝物はあっけなく姉さんの手に渡り、それをがどんなものかを知った姉さんは顔をひきつらせていた。その抱き枕と兄を交互に見ながら、弟だと思いたくないと疲れきった表情で呟いた姉さんに賛同するように頷けば兄は弁解していた。ほら、それには俺の名前への愛がたくさんつまってるんだ!それがないと眠れないんだ!……おおよそあの抱き枕がどういったものか理解できた、理解してしまった私は朝食を食べる気になれなくなった。さっきまでは空腹だったはずなのに。


「これは没収!」
「そうやって、本当は姉さんが使うつもりなんでしょ!」
「バカね、捨てるに決まってるでしょ」
「そんな殺生な!」
「名前」
「はい」
「しばらくヒロトには近づかないほうがいいわ」


泣きつく兄と鬱陶しそうな姉さん。ちらりと姉さんの腕の中にあるその抱き枕には私がしっかりとプリントされてあって引いたのは言うまでもない。朝の出来事を友人に話すと友人は遠い、哀れみしかない目で頑張れとただ一言発しただけだった。
家に帰ると姉さんが兄の部屋を勝手に掃除していたらしく、部活後帰宅して真っ先に部屋の様子を確認しにいった兄の絶望の声がリビングに響き渡った。その後、兄はどよどよと沈んだオーラを纏わせて部屋の隅でぶつぶつ言っていたのでなんだか可哀想に思えたけれど、自業自得よ放っておきなさい、とまだお怒りの姉さんには逆らえなかった。


(名前、怒ってる?)
(もう怒ってないけど)
(よかった、名前が俺と話してくれてる)
(……)
(ねえ名前)
(ん?)
(俺、名前が好きだよ)
(うん)
(好きで好きで仕方がないんだよ)
(……うん)
(だから一緒に寝)
(ません)
(!)
(まったく、)
(なにもしないからお願い!)
(却下)
(名前を感じていないと俺、眠れない!)
(……気持ち悪っ)
(姉さああああん!)
(……うるさいわね)
(名前が!俺の可愛い名前が俺のこと気持ち悪いって……!)






!!!!!
基山はもっと気持ち悪くなる予定でした
しわしわなのはちゅー的な、かっこわらい



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