「今更だけど、お前らって付き合ってんの?」


 閉店間際の店内にはBGMだけが緩やかに流れていた。やっと店が落ち着いたことにほっとして裏で食器を片付けていると、バイトの先輩である土方さんが下げたお皿を水に浸しながら声を掛けてきたので、その内容に驚きつつも話し相手になることにした。


「土方さんってたまに変なこと言いますよね」
「あァ?」
「…怖い」
「チッ…いつも二人で帰ったりして仲良さげだから聞いてみただけだっつーの」
「妬いてるんですか」
「ふざけんなよ」


 土方さんは引きつった笑顔で私を睨んだ。年上なのに常に弄られキャラのこの人は総悟と同じ大学に通っているらしく、成績も優秀で就活もだいぶ前に終わっているとか。有り余った時間の中でバイトをしてお金を貯めて、たまに一人旅に出かけているという噂を聞いた。一人旅って…恋人的な存在はいないのかな、と疑問だったのだが、総悟曰く「あいつァ大層な性癖の持ち主だからねィ、女は皆ドン引きでさァ。変態じゃねェと付き合うのは無理だぜィ」とのこと。…人は見かけによらないなぁ。実際、それが真実かどうかは分からないが、顔は整っている方だと思うのに、勿体ない。
 どうにか最近、世間話ができるような仲にまでなったのだが、この人はすぐ頭に血が上るタイプであることも分かった。それでも、何だかんだでしっかり者なので、私はちょっと好きだ。


「で、どうなんだよ」
「え、あぁ、付き合ってないですよ。良い友達です、気を遣わなくていいし」
「…ふーん」


 腑に落ちないような表情をして、土方さんは最後のスプーンを棚にしまった。

 総悟と私が付き合う…想像したことも無かった。この二年間、なんとなく波長が合うからと一緒にいた。その中で恋の話なんて一度もしたことがないし、総悟に彼女がいるのかさえ知らない。夜中に平気で私の家に上がり込んだり、頻繁に二人で遊びに行ったりするからいないと考えられるけれど。周りから見たら年頃の男女が仲良さげにしているだけで「付き合ってる」、って思うものなのか。そこに「友情」っていう選択肢は無いのか。…私は色恋沙汰には疎いから分からない。総悟は、どう思ってるんだろう。

 こっそりと土方さんの様子を窺うと宙を眺めながら黙っていて、からからと回る換気扇だけがうるさかった。


「…これ、言っていいのか分からねェけどよ」
「はい?」
「…総悟は、お前のことをそういう目で見てると思うけどな」
「…あの、そういう目、って」
「あー…悪ィ、俺の勝手な想像だから忘れてくれ」


 土方さんが気まずそうに首に手を回した時、ちょうど掃除を終えたであろう総悟がどこかわざとらしく鼻歌なんて唄いながら裏に入ってきた。掃除嫌いのくせに珍しく機嫌が良いみたいで、持っていた箒をロッカーにしまうと、にやりと笑ってこちらを見る。一瞬どきりと心臓が跳ねた。


「喜べィ、店長が賄い作ってくれるそうでさァ」
「おー今行く」


 背を向けて出て行く土方さんと、残された私たち。先程の件もあり、妙に緊張してしまう。そういう目、総悟が、私を、そういう目で。何言ってるんだろう、土方さんは。…そういう目、目…め……ばちりと、目が、合った。


「オイ、映画」
「あ…昨日言ってたやつ?」
「今週は金ないから無理だけど、給料入ったら行こうぜィ」
「う、ん」


 何も変わらない日常のはずだったのに、土方さんの投じた一石が災いしてか変な意識が生まれた気がした。総悟の顔がいつもと違って見えるのは、そのせいだ。



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