ねえラブリー。あなたは本当にダメな男ね。働きもせずにうちに転がり込んで来て主夫気取りなんですもの。毎日オーエルとして働く私からしたら妙に凝ってる温かいご飯や片付いた部屋なんかはまあ助かると言えば助かるんだけど、一日中だらつかれるよりかは全然マシなんだけど、でもね、男だったら外に出て汗水たらして稼いでこいや!親の金でやりたい放題だなクソ!なーんて思うのね。ふふ、思ってるだけで言わないよ。あなたはあなたのままで良いのよ。可愛い可愛い私のラブリー。もうすぐ付き合って三年になるね。私も私で、あなたが年下だからって少し甘やかし過ぎかしら?


「ねえ晋ちゃん、そろそろバイトでもしないの?」
「あー今はそういう気分じゃねェ。仕送りあるし、主夫だし俺」
「主夫になってそろそろ一年ね」
「慣れたモンだぜ、プロフェッショナル晋助と呼べ」


 この甘ったれニートが。成人してんだからバイトなり就活なりしろ。これから先、一体どうするつもりなのよ。将来性が全くないから親にも紹介できない。あーあ、別れてやろうか、って最近たまに思うこともあって、心に隙間風が吹いた私は仕事中にぼけっと学生時代に片思いしていた男の子を思い出してみたりして。当時彼には付き合っている人がいたから絶対に結ばれないって分かっていたのに、やる気のない表情と、それとは正反対の優しい声にいつもドキドキさせられていたっけ。若気のなんたらって病気のせいで運命なんか感じてたし、今思えば痛々しいったらありゃしないんだけど、あの時の胸が押し潰されそうなほどの甘くて苦しい気持ち!ふわふわと満たされる体!嫉妬や悲しみは最高のスパイス!そう、これが恋ってやつよ!あーときめきたい。恋したい…って一応してるのよね、これを恋と言っていいのかは分からないけど。もう、やだわ私ったら。
 懐かしさに浮かれながら颯爽と退社したら…え、嘘でしょ、信じられない信じられない信じられない!駅前で偶然その男の子に再会したの。怖いくらいに運命を感じて、枯れきった心にバラの花が咲いたように舞い上がった。近況を報告しあって、今度メシでも行くか、って言う彼の左手の薬指に光るものが見えた気がしたけど、気のせいということにして、頷いて笑った。


 家に帰ったらラブリーはソファに転がっていて、すやすやと眠る幸せそうな顔を見たら何だか涙が出た。



◇ ◆ ◇



 まだ付き合う前、二回目のデートの時のはなし。私は大学生。ラブリーはバイト先の後輩だったから見慣れた顔だったけど、やっぱり二人きりは緊張して、飲み屋で会話も途切れて沈黙が訪れた時、ちらりと盗み見たラブリーがにやにやとしながらビールをすすっているだけで体が熱くなったものだった。初めて体を重ねた後のラブリーの寂しそうな背中を抱いた時、私は特別になった気がした。

 擦れた大人にはなりたくないと思っていた私も、大学を卒業して社会に放り出されて、バイトをクビになったラブリーをかくまって生活しているうちにときめきも何も感じなくなって、現実に追われて責任をラブリーに押し付けて、お酒を飲んで会社や世間の愚痴をだらだらとこぼしては「幸せになりたい」と呟く。夢見る乙女からいつの間にかその「なりたくない大人」になってしまっていた。


「あの、さぁ、今日、ちょっと嫌なことがあってね」
「……」
「仕事でミスして上司にすごく怒られて…でもそれって私だけじゃなくて先輩も関わってたのよ、なのにあっちは何もお咎めなしで…逆に責められてさー…みんな理不尽なんだよね、いっつも。安直だけど、辞めてやる、って思ったりして」
「……」
「…逃げだって分かってるのよ、生活もあるのにね。…あー…何言ってんだろ、ダメだね私」


 ビールの空き缶を潰して黙り込んだラブリー。酔った勢いでまたやっちゃった。でも、打たれ弱くて一人じゃ立っていられないの。テレビから笑い声が聞こえる中、こんな私でごめんね、と言うと、構わねェ、って言っていつでも許してくれる。優しさが痛いよ。ダメな人間同士で傷を舐め合うような付き合いは私のプライドが許さないけど、そうさせているのは私でもあるんだよね。先のことなんか考えたくもないってのが本音、それでも現実は確実に迫ってきてる。私たちに未来はある?



◇ ◆ ◇



 ある晴れた日、ラブリーがベランダに出て洗濯物を干してくれていて、洗剤と風のいい匂いが部屋に吹き込んできた。コーヒーの湯気がゆらりと靡いて、とても静かで、穏やかな時間だった。


「…ね、晋ちゃん」
「ンだよ」
「…愛してるよー…」


 私が守ってあげるから、私の事も守ってね。そして、もっともっと、良い男になってちょうだいね。



水槽の中で呼吸しよう(2011/10/18)

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