狭い個室で洩らした溜め息は四角い天井に反響してやけに大きく聞こえた。この十数分間に脳内を駆け巡った思考は計り知れないほどなのに、それがこんな呼吸一つで空っぽになってしまうなんて、笑えてくる。手に持った棒切れを乱雑に開けられた箱に仕舞って立ち上がり、公共の場を個人で長々と独占してしまった事を心の中で詫びつつ扉を潜ったが、相変わらず駅は閑散としていて特に誰も困らせることはなかったようだった。

 世界は今日も変わりなく回り続けている。先頭車両の隅っこで絡まるイヤホンを解き、お気に入りの曲を再生する。ガタン、ガタンと揺れる車内で、焦点の定まらない瞳に履き古したエナメル靴のまるい爪先を映しながら、どこか遠くへ行こうか、なんて適当な考えを巡らせるのだ。





「もしも、だよ。今、私たちの間に子供ができたら、どうする?」
「…そう、だなァ…」


 ぬるい布団の中で「もしも」の話を沢山したあの日を思い出していた。銀時は薄く開いた目で、窓の外からこちらを見下ろす月を眺めていた。間があったけれどそれは銀時が真剣に考えてくれていることの証明な気がして、黙って唇が動くのを待っていた。
 その後、柔らかくも真っ直ぐな顔をして、「育てよう」と言ってくれたんだ。私はただ、幸せだった。

 でもね、声が思い出せないんだよ。顔も髪も肌も、温かさも匂いも思い出すのに、いつも声だけが聞こえない。音のない世界で言葉と映像だけがからからと回り続ける。まるで物語を読んでいるような、はたまた夢の中にいるような不思議な感覚なのに、枕元に放られた真っ青なジャケットのCDだけが妙にリアルだった。





 親。人生。銀時。人生。仕事。結婚。収入。愛。人生。人生。人生。
 検査薬を握り締めた手のひらは小刻みに震えていて、冷え切っていた。結果として何も現れなかったことに吐き出した溜め息は、世界が色を変えると思ったのに、やっぱり私は私のまま変わらずに死んでいくんだなぁと感じてしまった瞬間だった。私はこの世界から抜け出せない。あの手は私の手を引いてくれない。救ってくれないとも思ってしまった。そして、あの狭い駅のトイレの中の時間で、気付いてしまったことがある。


 見慣れない景色が流れていく夕暮れ時、あなたは私とは結婚しない。何となく、そう思ったんだ。



鼓動と輪廻(2012/04/15)


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