キッチンに食器を運んで蛇口を捻る。溢れ出す水の冷たさに身震いしつつも夕飯を終えたばかりの居間を覗き見ると、総悟は読みかけであろう漫画を手に取り、ソファに置いてあるクッションに身を預けていた。テレビからは世界情勢や悲しいニュースが垂れ流されているのに、私たちは特に気に留めることもなく息をする。それはふとした寂しさを紛らわすためだけに点けられているもので、私たちに届くことは無く、何気なく浪費されているのだ。これが私たちの日常。今日だって、その瞬間まで何ら変わりない日常の一コマのはずだった。


「ねぇ、今夜は泊るんでしょう?」
「ん。…なァ、これ」


 泡立てたスポンジを置いて総悟に向き直る。すると彼は見慣れた煙草の箱を、私の視界に入り込むように掲げた。勿論、見慣れているのは私だけじゃない。総悟も幾度となく目にしている銘柄だった。しかし、私たちは煙草なんて吸わない。どういうこと?貰ったの?意図を理解出来ずに無言で箱を見つめていると、総悟は漫画を閉じて起き上がり、「テーブルの下に落ちてたぜィ」とだけ言った。最近私の家に遊びにきた人を順々に思い出す必要はなかった。そこから連想される人物はただひとりしかいないのだから。


「…あぁ、こないだ『友達』が遊びに来た時の、かな」


 言い方がちょっと余所余所しかったかもしれない。でも、嘘は吐いていない。わざとらしく聞こえたのか、総悟はぷつりとテレビの電源を消して、「聞いてねーけど」と不機嫌そうに大きな溜め息をついた。…私は彼を怒らせたのだろうか。何も言わず、この部屋に総悟ではない男の人を招き入れたことによって。それは私たちの共通の友人だと分かっているくせに。(だから余計に?)


「…俺ァ、お前を信じて良いんだよな?」


 真っ直ぐな視線の中に、怒りと疑いと、ほんの少しの弱さを見た。ゆっくりと頷くと、総悟は煙草をごみ箱に放り投げて、風呂、とだけ呟いてバスルームへと消えていった。息の詰まる空間はシャワーがタイルを打つ音が聞こえ始めても変わらずそのままで、肺に重く圧し掛かった。それでも彼が自分の家に帰らないのは意地なのか、はたまた愛なのか、私には分からない。

 再びスポンジを持つ。皿の汚れを落としながら、さっきの総悟を思い返すと心臓が歓喜の鼓動を打つことが分かった。

 やっぱり私は物分かりの良い男の人より、少し子供っぽい男の人の方が好きみたい。


「嫉妬しちゃって、なに想像したんだか。ほんと可愛い」



ラブヘイト(2012/01/24)


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