瞼を下ろして浅い呼吸を繰り返しているうちに、サイドテーブル上の物体が不快な音を鳴らし続けて床に落ちた。しばらくすると振動を止めて、ちかりちかりとランプを光らせて私を呼ぶ。…今日こそは、と思ったが、それもまた崩れていった。拾い上げた携帯電話を覗きこんであの人の名前を探したけれど、その人物からではなかったのだ。涙は枯れた。全て理解しているつもりなのに、今宵も胸のあたりが苦しくて仕方がない。誰でも良い、私をここから救い出してくれないだろうか。 「仕事、忙しいのか?」 「最近はそうでもないよ」 「目の下」 「…まぁ、寝不足は否めないけど」 男と何かあったのかよ、と鼻で笑う土方くんとは大学時代からの付き合いだ。昨晩連絡をくれたのは彼で、久しぶりに会うことになった。彼の部屋は学生時代と変わっていない。纏められたカーテンの色すら懐かしい。同い年なのにまるで兄のように振る舞ってくれるため、私はいつも甘えてしまう。 「家に帰って来ないんだ」 「そりゃまた何で…」 「うん…あっちが、もう私に飽きたんだと思うの。それでも期待して待ってる、遅くまで」 あんなに愛し合ったのに、彼は私から離れていく。連絡をしても返事は気まぐれで、手のひらから零れ落ちる砂のように、さらさらと、徐々に姿を消して行くんだ。私の薬指には彼がくれた銀色の輪が控え目に主張をしている。…あなたが、縛ったのにね。ずるい人だと思わずにいられない。思い出だけ残して、私を飛べないように鎖で縛りつけるなんて。いらないなら、解放してくれればいいのに。しかし、自ら別れを告げられない私も大した臆病者だ。そっと指輪を外して、優しく握りしめる。 「…馬鹿だよね」 少しの間。その後、土方くんは私の手に収まっていた指輪を奪うと立ち上がり、とぽん、と彼の飼っている金魚が住まう水の中に溺れさせてしまった。 「ほーら、餌だぞ」 硝子の向こう、ゆらりゆらり赤く揺れる金魚たちが銀色の輪をつつきに向かう。しかしすぐに興味を無くして、水槽の中は再び時間が流れ出した。 彼の咄嗟の行動に頭が追い付かなかったのだが、空っぽになった手の中を見ているうちに段々可笑しくなってきて声をあげて笑ったところ、彼はわざとらしく咳払いをしてポケットから取り出した煙草に火をつけた。 幾千光年の孤独(2012/01/15) |