なァ、



 漫画喫茶で一晩を過ごした俺は始発に乗って自宅へと戻ってきた。着替えもせず、風呂にも入らずに乱れた万年床に転がって大きく溜め息を一回。早朝の澄んだ空気とは反対に気分は淀んで最悪。心も体も寒い。

 あの時よりもはっきりとした「ごめんなさい」という言葉と、全速力で駆けて行くあいつの後ろ姿。やっちまったと思った時にはもういなかった。酒に酔って、更に自分に酔ってた俺も俺なんだけどね!バカヤローコノヤローめ…そしてだ。俺は知っている。あいつには妹なんていないってことを。


「…完全に嫌われた…」


 まァ…当たり前っちゃ当たり前なんだけど。図々しいながらも、夜な夜な語り合えば前みたいに仲良くなれるんじゃねーかな、分かり合えるんじゃねーかな、なんて甘っちょろい考えだけで突っ走ってしまった。あいつが俺と距離を取っているのも、迷惑そうにしていたのも分かってたのに。気ィ遣わせて寒空の下に一時間も…満足に会話も出来ず、そのくせ告白までしたとか、ふざけてる。人を見捨てられない優しさがあるあいつに嘘までつかせちまったんだ、そこまでして拒絶されてるってことじゃねーか…調子に乗って一気に距離を詰め過ぎた報いだ。あぁ、消えてしまいたい…。何であんなことしたんだ俺。終電だって、別に下心があった訳じゃない。いや、ホント。ホントだから…


「…う、」


 と言いつつも自慰をして涙する。オトコってのは悲しい生き物です。中でも俺はクズ人間です。生きててすみません。


 強気なくせにどこか優しくて、周りをよく見てるやつだと思った。初めて会った時から印象が良かったモンだから、人としての好意が異性としての好意に変わるのに大した時間は掛からなかった。先月の告白、勿論嘘は言ってない。それでも唐突の出来事にあいつは引いていた。…そりゃあ、あんだけ散々な様子を見せてたから引かれても仕方ねェのかもしんねーけどよォ、俺なりに純愛のつもりだったワケですよ。常連の可愛い女の子の件だとか、その他諸々の件は…その、照れ隠しだって、気付いてくれてるんじゃねーかってちょっと期待してたりして。ほら、オトコってのは悲しくて馬鹿な生き物だから。でも、そんなの勝手な想像の押し付けでしかなくて、もっと現実的に、ふらふらしてねェで真摯に態度で示せばよかったとか、いい歳して中学生男子か!とか…。止まらないネガティブ思考と時計の針。溢してしまった水はコップに戻らない。未来からタイムマシンに乗って来てくれるお助けロボットもいない。そういうことだ。


 瞼を開けると辺りは暗くて、窓の外には藍色が広がっていた。夕方か…って、頭いてーな…長々と寝過ぎた。覚醒と共に腹が減ってきて、だるい体を引き摺って冷蔵庫を開けてみたけど、クソ、何も入ってねーじゃねェか。面倒だけど空腹を我慢するのも嫌なので近くのコンビニに行くことにした。相変わらず風が冷てェ、昨晩を思い出すからやめてほしいね、まったく。やる気のない兄ちゃんのレジにイラつきながらも弁当といちご牛乳を買って、大人しく家で食った。

 …あれ、満腹になったら、俺、ちょっと元気出たかも。朝より落ち着いてるかも。テレビの電源を入れてくだらねーバラエティを見ても笑えるし、ヅラに借りたけどつまんねーからって放置しておいた漫画もよく読めば面白い。


「…開き直ってんのかも、俺」


 なんだろう、すげー前向き。命を絶とうと人里離れた山奥に来たのに何だかんだで躊躇っちまって、そうこうしているうちに朝日が昇ってきて、その美しさに感動して「あぁ、俺はなんて愚かなことをしたんだ…今日も生きよう…我が家に帰ろう…」とか思えるような、そういうレベルの前向きさ。今ならあいつと向き合えそうだとかも思ってるんだけど。えっ、弁当にヤバい薬とか入ってないよね?

 壁に貼り付けたカレンダーに視線を移せば、あいつとシフトが被る日は三日後。それまで無駄なことを考えずにこのテンションを保っていられるだろうか。…何か燃料が必要だ。士気を高めるために出来ること…アレしかねェな。ぶん投げておいた財布をポケットに突っ込み、俺はレンタルビデオ店に走った。







 三日なんてあっという間だった。玄関でスニーカーの靴紐をきつく縛り、頬を叩いて気合いを入れてから家を出た。今日、俺は決める。どんな結果になっても後悔しねェ。なんてったって前向きだからな。


「あ」
「…」
「こないだは、」
「…大丈夫なんで。もう時間ですから、早く出てくれませんか」


 …他人行儀!こっちまで畏まっちまうんだけど…いや、挫けない、挫けないぞ俺は。既に準備を終えていたあいつはロッカーに私物を片付けると、すぐに休憩室を出て行こうとした。ちょっと待て、交代の時間まであと十三分もあるだろーが。急ぐ必要はねーぞ。


「折り入って頼みがあるんですが、聞いて頂けませんか」
「…なに、手早く」
「今度、映画でも見に行きましょう二人で。来週公開のやつ、絶対好きだと思うんで」
「しばらく忙しいんで、すみません」


 そして俺の横をすり抜けようとするが、スマートに扉の前に仁王立ちをして行く手を阻んでやった。俺を突破しようなんざ百年早い…なんつって。


「…どいて下さい」
「もう一つ聞いて下さい。あのですね、何度も言いますが俺はあなたが好きです。誰が何と言おうとこの気持ちに偽りはありません。どうやったら分かってくれますか、信じてもらえますか。俺は馬鹿なんでいくら考えても方法が分からないんです。逆に、どうやったらあなたに届くのか教えて下さい。お願いします」
「…ごめんなさい、そういうのは困ります」
「じゃあ一発やらせて下さい、俺がどれだけ本気かそれで証明します」


 下を向いたまま一切目を合わせてくれなかったはずのこいつがバッと顔を上げたかと思ったら、肩を震わせながら俺をひどく軽蔑するような目で見て、振り絞るような声で、こう言い放った。


「…やっぱり、好きとか言ったのも、結局はやりたかったからなんだ。…誰でも良いくせに、私にばっかりしつこいんだよあんた!」


 死んだ方が良いよ、と言われた後のことはあまり覚えていない。俺はバイト先から逃げ出してしまったのだろうか。気付いたら自宅のトイレにうずくまっていた。

 しばらく放心してから部屋のテーブルの上に積んであるAVを再生して、泣きながら自慰をした。


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