ちょっと、



 バイト仲間での飲み会の帰りに、頼んでもいないのに坂田が「送るから、ね?」と言って私に纏わりついてきた時はどうしたもんかと思った。大丈夫だから、終電なくなる前に帰りな、と一蹴してやったが、それでも奴は「女の子が夜道を一人で歩くなんてどうのこうの」と食い下がらなかった。いいから送ってもらえよーと冷やかす先輩の言葉を、ふん、と鼻で笑って皆に背を向けた私の後ろには、何を考えているんだか分からない犬みたいな男が一人。いや、気持ちだけでいいよ本当に。急に女の子扱いなんてして、何だかんだでこいつの方が危ないっての。


「(でも放っとく…)」


 正直あんまり関わりたくないけど、それで坂田の気が済むなら何だっていい。


 先月の頭、坂田は私に告白をしてきた。知り合ってから半年が過ぎようとしていた頃だった。私が今のバイトを採用になった一週間後に現れた坂田は、俺もこないだ入ったばっかりなんだわ、と笑って、共に怒られながら、共に仕事を覚えた。趣味なんかは全く合わなかったけど、友達としてそれなりに仲良くやってきたつもりだったのに、こいつの告白はあまりにも唐突で、私を困らせるのに充分なものだった。先日まで常連の女の子が可愛いだのこれは恋だの連絡先を聞くだのとうるさく騒いでいたくせに、ある日、空になったいちご牛乳のパックを畳み終えると同時に、「お前って可愛いよな。つーか、俺は第一印象から決めてたね。好きです、付き合って下さい」と、宙に浮いた掴みどころのない台詞を吐いたのだった。

 は?私と付き合ってどうするの。ていうか好きって、は?からかってる?目的は何?

 最近ずっと欲求不満アピールをしていた坂田は他のバイトの男の子に「ねー君ってお姉さんいないの?妹でもいいんだけど。紹介してよ」と見ていて不快になる絡み方をしてばかりいた。どうやら常連の子にはふられたらしい。結果的に女の子の紹介もしてもらえなかったらしい。だから私にシフトチェンジってこと?つまり…こいつならいけそうって思われた?身近な女なら誰でもいい?とりあえずやりたいだけ?

 真実味に欠ける坂田、そしてここは荷物や雑誌が散らかった汚い休憩室。ムードも無い、意図すら理解できない。…悪いけど、ちょっと無理だなぁ…。私はあからさまに引きつった顔で「ご、ごめんなさい」と一言だけ返した。


 そんなことがあったから、坂田と二人きりになると激しく気まずい。嫌いになったわけではないけれど(本音としては少し嫌だけど…)、気まずいのだ。家が近くなったら場所を特定される前にさっさと別れよう。そうしよう。


「……」
「……」
「…もういいよ、この先だし」
「あー…もうちょっと、ふらふらしない?」
「……」


 家はすぐそこ、それに冷たい風が吹き出して寒い。なにより「最近ここらへんで女の子が痴漢に襲われたらしい」とか言ってなかったかこいつ、何が「もうちょっとふらふら」だよ。危ないんだろ。送るつもりでついてきたくせに、ふらふらしてその後どうするんだよ、怖いわ。


「ブランコなんて久しぶりだなァ」
「……」


 でも優しい私はそれに付き合っている。近所の小さな公園にある唯一の遊具に腰掛けて遠くを見ている。面倒だと思いながらも付き合ってしまう、こういう変な優しさが後悔を生むんだよなぁ。どうでもいい異性に優しくして期待させるようなことをした、と。かと言ってきっぱり断るのも相手を傷付けるのではないか、それに自分の評価を下げることになってしまう云々…と考えてしまう。所詮私は八方美人。自分の首を自分で絞めているだけの悲しい人間です。つらい。

 びゅう、と背中からひと際大きな風が吹き抜けた。服の下では鳥肌が立っていることやサイドの髪の毛が舞って顔にかかることも気にせずに、この状況をどう打破すべきかとあれこれ思考を巡らせていた、その時だった。


「…は?」
「いや、絵になるなーと思って」


 坂田の指先がゆるりと頬をかすめて、髪を払われたのだ、と認識した。ぶるり。うわ、うわうわうわ。だめだ、気持ち悪いって思っちゃった。鳥肌が止まらない。ごめん、もう一緒にいられないっていうかいたくない。瞬間的にそう感じた私の中の八方美人は帰り支度を始めて、行儀良くお辞儀をすると扉の向こうへと消えていった。完全に酔いも醒めた。ブランコから腰を上げる。よし、私も帰ろう。


「風邪引きそうだからそろそろ帰る、それじゃ…」
「あれ、終電行っちゃったみたいだわ」
「……」


 確実に狙ってやってんだろ、こいつ。分かってたよね?忠告したよね?女の一人暮らしの部屋に上がり込むつもりか。そしてあわよくばってやつか。そのために私についてきたのか。最低だ、坂田は下半身で動く最低の人間だ。私のことをいやらしい目で見ていたんだ。早くも優しくしたことに対する後悔の念が襲ってきた。いやだ、いやだ。全部いやだ。


「悪いけどうち、妹が来てるから。ちょっと歩けば漫画喫茶があるからそこに行きな。送ってくれてドーモ。じゃ、お疲れ」
「あー!待って、と、えー…その、」


 歯切れの悪い呼び止めにも反射的に振り返ってしまった。あーもう、私は馬鹿か!イラっとしながら、頭をかかえて立ち上がる坂田を見ていた。モジモジ、ソワソワ。なに、まだ言いたいことがあるなら早く言ってくれよ、おやすみの挨拶なんていらないから。もし告白なんてしたら絶対に許さない…


「…真剣に、あなたのことが好きです。俺と付き合って下さい」


 って、馬鹿野郎、信じられるか。これも二度目ですが、お返事致します。


「ごめんなさい」


 おやすみなさいさようなら、と告げて私は公園から逃げるように全速力で走った。そろそろバイトを辞めることも視野に入れないといけないな…。



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