「あまり目を見ませんね」


 昔から人の目を見るのが苦手だった。幼い頃、親に「目つきが悪い」と指摘されたことが関係していると今では思っているけれど、それが本当の原因になっているかは分からない。いつの間にか刷り込まれたこの重石は、長い年月をかけて心に影を落とすことになる。
 目を合わせてしまうと相手に自分の弱い部分や醜い部分を露呈してしまっているような、衣類を剥ぎ取られて丸裸にされたような気分になって、恐怖しか感じなくなる。平常心を保てなくなるから、挙動不審になってしまう。目が合う、恐怖、焦り、逸らす、心配されて顔を覗き込まれる、更に焦る。まさに負のループ。これに陥ったら、しばらく抜け出せない。目を見ないことは一種の自己防衛策なのである。私がギリギリの線で私を保つための、大切な防衛策。このコンプレックスは、いい年になった今でも払拭できないでいる。払拭の仕方も浮かばず、このまま一生付き合っていくものかと溜め息すら零れる。そして何より、正面でビールを呷る男が言い放った言葉に、私は固まるしかなかった。


「……緊張、してるんです」
「奇遇ですね、俺もです。そのせいでかなりハイペースです」


 すんません、生一つ追加で。男は空になったグラスをテーブルの隅に寄せて、言った。私にとって、ほぼ初対面の男と向かい合って飲むことは拷問に近い。目は見れないし更には人見知りも手伝って、気の利いた話なんて出来やしない。男も何を話す訳でもなく運ばれてきたグラスの中身を飲み込んでいるだけで、時間だけが過ぎていく。ざわざわと楽しそうに盛り上がる周りの人達とは対照的に、ここだけ葬式帰りかと思われても仕方ないような空気を醸し出していた。

 …このコンプレックスを見透かされる前に早く帰りたい。早く一人になって、安心したい。なぜ私はここにいるんだろう。なぜこの人は私に構うんだろう。


「(昔…ちょっと挨拶したくらいなのに)」


 別の部署に勤めている彼と私が接する機会なんて全くと言っていいほど無い。直接で無くとも、何か気に障ることでもしてしまったのだろうか。それだったらすぐに謝るのに…。彼から切り出してくれたらどんなに楽か。私もそろそろ限界だった。


「…あの、なんで俺が誘ったか分かります?」
「いえ…分かりません」


 沈黙を破ったのは男だった。正直に告げると、彼…坂田さん(というらしい)、は気まずそうに頭を掻いて、大きく呼吸をした。


「頼んだんです、あなたの同僚の土方くんに、あなたと話がしたいからって」
「…はぁ」
「…あー…いきなりで本当に申し訳ないですけど、俺は」


「…全て受け止めたいと思ってます、よ?」


 事情も知らないこんなだらしない男に言われてもむかつくだけだと思いますが、と付け加えて、彼は笑った。


 戸惑いと共に湧き上がったこの気持ちは何なのか。答えを出すよりも先に私は今日初めて顔を上げて、坂田さんの目を見た。



愚かしいと笑いますか(2011/10/29)

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