射撃手のクエリー |
大人ってフィールドは、とても楽だ。 何でも群れたがる子供とは違う。一定の距離感を持って、ある程度のパーソナルスペースを保ったまま、相手との関係を築くことが出来る。 一線を引いた関係。相手の感情にまで踏み込まない関係。その、境界線。 何でも考え無くつき進む子供とは違う。そこにある、明らかな理性。 それに守られて、飛び交う言葉。 そんな関係は、とても楽だ。 俺は、そういう関係が好き。 パン、と鋭い破裂音がして、勢いに比例した反動が腕にかかる。 遠く離れた的に赤いランプがついて、間髪いれずにもう一発。まるで何かが流れるような音がして、一連の動作に一つの無駄も無く、全弾狙った通りの場所に撃ち込む。数発上がった銃声とは裏腹に、的は全て一点に、狂うことなく吸い込まれた。 ふ…、と息を吐いて全身から気を抜くと、一気に体中の毛穴から汗が噴き出す。 チラリと目をやった時計を見れば、随分と時間が経過していて、いい感じに集中出来ていたことを知る。 久しぶりに足を伸ばした訓練場は、まばらに人がいるくらいで、そこまで多くは無い。 もう一度くらいトレーニングメニューでもこなすか…と頭の中で算段しながら、左手に握っていた銃を台の上に置いた。 最近じゃ、銃対に出動命令が下るような凶悪事件もそう多くは無く、俺の仕事は減る一方だ。 いつだったか、“俺たちの廃業こそ日本の平穏ってわけだ”と誰かが言っていた気がするけれど、なんとまぁそれは大人の考えだ。 俺は正直、まだまだ現役で現場に出れるようなこんな年で、職を失って路頭に迷いたくは無い。 けれど流石に警察に務める俺が大手を振って『事件起きてくださいお願いします。』というわけにもいかないから、とりあえずはこうしてあまり足を向けることはない射撃場へとやってきたわけだけれど。 でもやっぱり、緊張感も何も無い、静的な的をただ狙うだけの練習なんて、俺にとっては全く意味がない。 小さく内心でため息をつきながら、もう一度、と、先ほど置いた銃を手に取った。 その重量が、手の平にヒタリとくっついて、しっくり馴染む。小さく笑みが浮かぶ。 この感覚をなんて表現したらいいのか分からない。けれど多分、少しだけ腕に重量のかかる感覚は、まるで普通の人が腕時計をするような感覚に、とても似ている気がする。 それくらい、俺にとっては違和感一つなく、馴染む重さ。 トリガーに指を引っかけて、持ち上げた腕に力を込める。目と、指先だけに力を込める。 いい感じに、集中してる。 何かの動物みたいに、ただ狙う一点しか見えないのに、頭の中は酷くクリアで、全方位が見通せそうな錯覚すら覚える。 そんな感覚の中。 「………後ろに立ったらこのまま撃つぞ。」 …が、その緊張感は一瞬にして粉々に壊れて、一気に体から力を抜くと、脱力しながらため息をついた。 そんな俺の様子に、ひゅうっと軽い口笛の音が、背後から追って来る。 「気付いてねぇと思ってた。」 「俺を誰だと思ってんだ、バーカ。」 ふん、と鼻を鳴らして、後ろを振り向く。 そこには案の定、胡散臭い笑みを浮かべた高校生が一人。 最近じゃもう随分と見慣れた顔だ。 …見慣れ過ぎて、うんざりすらするほどに。 「これはこれは。さすが署内一の腕利きスナイパー、沢村警部。」 パチパチと、両手を鳴らす音が渇いた空間に静かに響く。 それに思いっきり不快さを隠すことなく顔の前面に押し出せば、そいつの―――御幸の顔は更に楽しそうに歪んだ。 少し前に、ひょんなことから知りあったこいつは、何が気に行ったのか、それ以来俺の周りをちょろちょろしてきやがる。 ウザい、邪魔だ、めんどくさい、と追い払っても、飄々とした態度で特に気にすることもなく。 いっそ強い言葉で追い払ってもいいのだけど、いかんせん御幸があの警視総監の息子と来たもんだから、あまり無碍にすることも出来ず、放っておいたら更に調子に乗った。 今だってそうだ。 「……お前な、ここは関係者以外立ち入り禁止なんだけど。」 「いいじゃん、いいじゃん、別に。ちょっとくらい。」 「いいじゃん、で済んだら警察はいらねぇんだよ。」 「いいじゃん、で済むから、俺はここにいるんだけど。」 にっこりと御幸が笑う。 …その上更にめんどくさいのが、御幸がその“警視総監の息子”という立場をそれはもう惜しげもなくフルに利用して、俺に反論を許さないことだ。 射撃場なんて特殊な場所、ただの高校生が立ち入ってもいい場所なんかじゃない。けれど、俺には御幸を止める権利も何もない。 御幸はひどく、頭がいい。それはひしひしと感じる。それがまた、妙に俺をイラつかせた。 「…勝手にしろ。」 ふん、と鼻を鳴らして御幸の方から、的へと向き直る。 意識の中に入れるから、めんどくさいんだ。集中して、頭の中から排除して、考えないようにすれば、大丈夫。 小さく息を吐きながら、もう一度銃を握り直せば、それと同時に「沢村さんってさ、」と突然声をかけられた。 まるで狙ったようなそのタイミングに、俺の苛々は更にボルテージを上げる。 「そうやってる姿が、一番キレーだよな。」 「……口説き文句は有意義に使えよ、ガキ。」 「やだなぁ、すげぇ有意義に使ってるつもりだけど?」 「…。」 …相手にしてらんね。 「減らず口ばっかり叩いてると、的と間違えて撃っちまうかもよ。」 脅し文句に近い言葉。こんなことを言ったって知られたら、絶対叱られるんだろうな、俺。 けど御幸は特に気にした風も無く、ひゅう、ともう一度、最初に吹いたような口笛の音を響かせた。 「…いいね。俺はむしろ、沢村さんにだったら一度くらい殺されてみてぇよ。」 そんなことを、言う。 思わず一瞬思考が止まるけれど、戻って来た瞬間に、眉間に思いっきり皺が寄った。 (殺されたい、なんて。) …ガキの言葉だ。 もやもやと、心の中に靄が立ち込める。 ああこれだから。 理性も何も無い。考え無しの子供の言葉は、苦手だ。…いっそ、嫌いだ。 御幸は、俺の“嫌い”な子供そのものを体現したような言葉で、行動で、俺の中に踏み込んで来る。 こんな関係が、俺は酷く苦手。 「…ガキは早く帰っていい子で寝ろよ。」 だから。 拒絶の言葉を辛辣に吐いて、一瞬で御幸を意識の外に追い出す。 それからはもう、後ろを振り返らないようにして、ただひたすら的だけに意識を集中させた。 そんな俺を、御幸がどんな表情で見ているかなんて、全くもって気付きもせず。 撃ち殺してしまわないと 襲われるのはこちらのほう。 ) [TOP] |