射撃手のジレンマ |
その時、『世の中には、何度も同じ職業に転職する人がいる』…なんて、どっかのタレントが偉そうにテレビで言っていた言葉が頭を過った。 聞いた時には特に気にも留めなかった言葉だったけど、今はそれに盛大に拍手喝采を送りたい。 だって今は確かにそう思うから。 (あの人が、銃構えて無い姿なんて、想像もつかない。) 童顔な顔立ちの横に、仰々しいくらいゴツいその銃器が寄り添う事で生まれる、その凛々しさ。 一目見たときから、心奪われた。 職業が輪廻するようにきっと。 俺はこの人に出会うべくして出会ったのだとその時俺は確かに思った。 「だからここは、関係者以外立ち入り禁止だって何回言ったら分かるかな…。」 頭の上に降って来る言葉と、苦々しく歪められた顔。 どいつもこいつも同じようにピシッと着こなした制服を身に付けた警官が、俺を威圧するように睨みつけながら苛々した様子でトントンと組んだ腕の先の指を何度も鳴らす。 車止めの銀色の棒に腰掛けて、立てた肩膝に顎をくっつけて笑う俺に、お仕事熱心な警官さんは更にその顔の皺を深くした。 「だーからー俺関係者なんだってー。」 へらり。 へらり。 浮かべた笑みの軽さに、どう考えてもどんどん目の前の警官への心象が悪くなっているのが分かる。 (…日本のケーサツは、仕事熱心だねぇ。) くすくす。 ついに音を漏らして笑みを漏らせば、君ねぇ…っと、怒りを露わにした警官に、肩を掴まれる。 それを特に気にした風も無く下から覗きこんで、にっこりと笑った。 「君ちょっと―――、」 「あー、ストップストップ。」 警官が俺の肩を思いっきり掴んで、座っていた場所から引きずりだそうとしたのを、後ろから一つの声が止める。 驚いた振り返る警官の反応より早く、その声を認識した俺は、それまでぶらぶらと宙に揺らしていた片足を思いっきり踏みこんで、光の速さで飛びだしていた。 「沢村さん!」 飛び付く姿はまるで犬だ。…と誰かが言ってた気がするけど、まさにそれ。 署内から顔を出したその姿は、さっきまで俺を睨んでいた警官と同じような制服を纏っているのに、同じ格好をしていても全く受ける印象が違う。 思いっきり飛び着いたら、それはもう思いっきり避けられた。 「…冷てぇ…。」 「このクソガキ。人様に迷惑かけてんじゃねーよ!」 「だってこうまでしねぇと沢村さん、会ってくれねーしー。」 「さ、沢村警部…?」 文句を言うために口を尖らせると、思いっきり嫌そうな顔をされる。それこそ、さっきの警官なんて比じゃないほどに。 それを後ろから、どこか戸惑いがちな声が追って来る。 振り返ってみれば、そこには毒気を抜かれて呆然とする警官の姿。 「あー…いいんだ、こいつは…。」 面倒くさそうに沢村さんがポリポリと頭を掻く。警官の顔に、疑問符が浮かぶ。 「でも、」 「あんまりこいつにオイタすると、上が黙っちゃいねーからさぁ…。」 「……え?」 沢村さんの隣でニコニコ笑みを浮かべる。 俺のことを、沢村さんの口から伝えられるこの優越感がたまらなくて、いつもここに来るのだとこの人はきっと知らない。…言えば一生会って貰えなさそうだから言わない。 「こいつ、警視総監サマのご子息殿だから。」 くいっと親指で沢村さんが俺を差した瞬間、今までとは打って変わった顔をサアアっと真っ青にした警官が、大変失礼しました!と大声で叫んで頭を下げて、まるでお化けでもみたような反応を残しながら慌てて去っていく。 …そーんな反応しなくてもいーのに。 「沢村さん人聞き悪いよ。俺もういちいち親にいいつけるような年じゃねぇし。」 「……この前その父親に頼んで俺を呼びよせた口がそれを言うか。」 「だってそうでもしないと沢村さん会ってくれねぇし。」 「会う理由がねぇし。」 「そんなの、責任取るために決まってるじゃん。」 俺から一定の距離を取って警戒態勢を怠らない沢村さんに、頭の中で御苦労さまデス、なんて敬礼しながら、笑う。 それに、思いっきり不快そうに眉を寄せた沢村さんに向かって、『女がみたら誰でも落ちる』と友人に言われた笑みを顔中に張り付けて、最大限甘い声で、告げた。 「沢村さんに撃ち抜かれた俺の心の責任を取るため、だよ。」 ドラマだったらきっと、感じのいい音楽のひとつでも流れそうなくらい綺麗にセリフを決めた瞬間、沢村さんの手がゆっくりと、伸びて。 ふわりとその大きな目を緩めて笑みを浮かべたと、思えば。 腰に付けたリボルバーに一瞬で手をかけた。 「ちょ、!沢村さん!許可下りてねぇでしょ!?それ!」 「安心しろ。証拠は残さない…。」 「そういう意味じゃなくて!」 「…知ってるか?俺は、遠距離程じゃないけど、近距離射撃も得意だ。」 怖いくらいの笑みを浮かべた沢村さんが腰のそれに手をかけるより前に、ひょいっと距離を取って、ひらひらと手を振る。 「撃つのは、はぁとだけで勘弁してよ。」 そのままトンッと軽やかに着地して、また明日ね、沢村さん!と手を振れば、もう来んな!と怒鳴られる。 道行く人が、そんな警官と学生のやり取りを、何だなんだと見やるの間を抜けて、軽い足取りのまま口笛を吹く。 (やっぱり沢村さんには、あの緊張感が似合う。) 今度は仕事してるところみてーな、なんて思いながら、とりあえず『誰でも落とせる』と太鼓判を押しやがった友人に文句をつけるために、飄々と街を抜けた。 |