4月某日の特大サプライズ | ナノ

4月某日の特大サプライズ



春です。
始まりの春です。

まぁなんか俺の周りは春の前からバタバタしてましたけども。


「それにしても、びっくりした…。」


新しい制服…ではなく、入学式用に仕立てたスーツを身に纏い、何だか慣れないそのカッチリとした衣服に朝から落ち着き無くそわそわしていると、子供の七五三のようだと御幸に笑われてから数時間。入学式の会場となっているホールの近くまで電車とバスを乗り継いで、今は目の前に見るその場所へゆっくりと向かっている最中。
たまに袖口を引っ張ったりネクタイが曲がっていないかチェックしたり、何だか今も落ち付かない。周りも同じように紺やら黒やらグレーやら、真新しいスーツに身を包むやつらが歩いているから、まぁ間違いなくこいつらも入学式へと向かっているんだろう。
この大学不況と言われる時代の今日でも、この学校は今年もどうやら安泰らしい。
春、進学、新しい出会い。始まりの季節。そわそわと落ち着かない原因は多々あるけれど、元々人見知りってわけでもないし、大学が始まる云々についてはあんまり不安も無いから、俺の落ち着きの無さの原因はそこじゃない。


「ねぇ、あの人かっこよくない?」
「ほんとだ。どこの学科の人だろー?」


斜め後ろにいた女の子の声が背中にドスッと音を立てて圧し掛かる。…そう、原因は“これ”だ。


「何が?」


しれっとした顔で首を傾げながら横を歩くのは、俺と同じように仕立てられたスーツに身を包む御幸。
正直俺の数倍似合ってる。悔しい、ムカツク。なんで同じ時に同じところで作ってこうも差が出るのか。ええそりゃかっこいいでしょうよ。ここまできっちりスーツ着こなして何かどことなくオーラ発しながら歩いてる男がいれば、目も惹くでしょうよ。
その横を歩く俺。なんかすげぇ可哀想。


「何が、じゃねぇよ…。」
「今日は普通に切符変えたし。バスにも乗れたし…。」
「そこ違う!違うそこ!」
「…朝から元気だなァ。沢村…。」
「そういうお前は朝から眩しいくらいオーラ放ってんな…。」
「…?オーラ?」


ナニソレ、と御幸が小さく笑う。だからそういうのだっつーの、とは言えずに黙りこんだら、近くで女の子がきゃあきゃあ言う声が聴こえた。これは入学式に心弾ませる可愛らしい悲鳴であって、こいつを見た黄色い声では無いと信じたい。信じてる。
重いため息を一つ漏らしながら、じっと隣を歩く御幸の少しだけ高い目をじっと見上げるように見つめた。


「だって御幸がいきなり、同じ大学に通うなんて言うから!!」


その手に握られる入学式の案内が入っている茶封筒は俺と同じもの。
そう、今日から俺と御幸は同じ大学に通う同級生。しかも同じ学部学科と来た。
これで驚かずに何で驚く。今朝、入学式に行こうとした時に「俺も今日入学式なんだよ。」とサラリと言われた時の俺の衝撃。暫く信じられなくて固まった、俺のあの衝撃!
思い出すとまたワナワナと震え出す体を何とか沈めるように息を吐き出していると、御幸がへらりと横で笑った。


「春休み、沢村が出かけてる時にいろいろ手続きして貰ってさー。」
「なんで黙ってんだよ、それを!」
「…んー?…驚かせたかったから?」


この根っからの秘密主義者め!!


「離婚騒動モノの大事件だ…。」
「やだなぁ。たまのサプライズも、マンネリ対策には必要じゃねぇ?」
「サプライズの規模がでか過ぎる!!」


俺の叫び声に、ビクッとさっきの可愛らしい可憐女子たちが震えるのが見えた。
だけど御幸は相変わらずケラケラと楽しそうに笑ってる。最近じゃ、こんな軽口の応酬も自然になって来た。それは、うん、嬉しい。大変嬉しいことではある、が!


「おばあさんから持ちかけられた話だったんだけど、大学に通えるってのは俺にとっても願っても無い事だし。お言葉に甘えちゃった。」


笑う御幸を見ていると、なんとも微妙な気分になる。
別に、同じ大学に通えるってのは俺には何の問題もねぇし、寧ろ嬉しいと思ったりしないでもねぇし…。
思わず視線を逸らして俯く。

(っつーことは、もしかして4年間は…一緒にいれたりするんだろうか…。)

微かな希望が、胸を過る。
いつ切れるとも分からない、俺と御幸の脆い絆。
結婚なんていう世界で一番強いであろう絆が、俺と御幸の間では何よりも細い線で、いつ切れたっておかしく無い期限付きの関係。それが最低限、この4年間は保証されると思ってもいいんだろうか。
だとすれば、こんなに嬉しい事は無い。


「……それとも、家でも外でも、俺が一緒にいんのは嫌だった?」


御幸の少しトーンの落ちた声に、ゆっくり首を左右に振った。


「…それはねぇけど。」


1か月前までは、ばあさんの監視みたいな野郎が傍にいるのは死んでもごめんだと思ってたのに。
今こうして、いつの間にか俺の知らないところでばあさんと勝手に大学話を進めていたという御幸の話を聞いても、浮かんでくるのは怒りや不信感では無く、嬉しいって気持ちが何よりも一番大きいなんて本当に俺はどうしちまったんだろう。

この人は、本当に何も分からない不思議な人だ。
いい人だと思う。いい人だと思ってる。だけど。

(…全然わかんねぇ…。)

外で一緒に居たら、分かるようになるんだろうか。あんなに毎日一緒に居ても、分からないのに?
それとも本当にただの家無しニートで、難しいことなんて何も無いんだろうか。


「なら、よかった。」


そういう難しいことを考えると、お世辞にも頭の良いとは言えない俺はいつだって堂々巡りだけど。
俺の言葉にどこかほっとしたように頬を緩める目の前の御幸さんの表情は、本物だって信じたい。


「それにしても、沢村教育学部なんだ。」
「そうだけど?」
「なんか凄いしっくり来るわ。うん。教育実習行ったら生徒と間違われそうで。」
「それは俺が子供っぽいって言いたいわけですか。御幸サン。」
「それもあるけど、それだけじゃない。」
「…そこは全部否定してほしかった…。」
「ははっ、…でもほら、なんかこう、いい先生になりそう。沢村って。」
「別に、教師になろうかなーって思ってるわけじゃねぇけどさ…。」
「そうなの?」
「理系って柄でもねぇし、まず数学嫌いだし理科嫌いだし。本読むの苦手だし。大学行くならまだ興味あったのが、教育学部だったってくらいだし。」
「…それはそれは…王道な理由で…。」


だから、自慢じゃねぇけど俺勉強出来ないんだってば。
…今度高校の頃の俺の成績表御幸に見せてやろう。
意気込む俺を見ながら、御幸がクスクス笑う。沢村らしいな、って言われたけど、何が俺らしいのかよく分からん。


「つーか、御幸もなんで教育学部?ばあちゃんに言われたとか?」
「いや、そこまでは無ぇけど。」
「なんかこう、御幸って理系っぽいのに。眼鏡だし。」
「眼鏡って…。」
「あと、語学は?お前留学とかしててすげぇのに勿体なくね?」
「ああ…それはまぁ、充分高校までに勉強したし…それに、」
「それに?」
「沢村と一緒に居たいと思ったから?」


…は?
…い、今なんて言ったこの人…。

(俺と一緒に、)
居たいと思ったから。


「…っ!」


な、なななななに言うわけ…!?こいつ…!
いきなり、いきなり、…はあ!?つーか、何それ…!

パニックになるのを何とか顔に出ないように抑える俺の横で、相変わらず何考えてんのかわかんねぇようなへらへらした掴みどころのない笑みを浮かべた御幸が、んー…、と間延びした声を漏らす。


「なんつーか、退屈しなさそう。」
「…は?」


思わず声が出た。
…退屈?


「沢村の近くにいると、おもしれぇことに出会えそうな気がして。」
「………。」
「なんせ自分のこと500円で売ろうとした男だし。」


(…そ、そういう、ことか…。)


一気に上った血が冷えて、冷静になる。ホッとしたような、残念なような、なんとも微妙な気持ち。

(いやいや、残念って!)

なんだかもう、御幸のことだけじゃなくて、自分のこともよく分からない。
何が、残念、だよ…マジで。


「あ、そういえば。」
「んー…?」


どこか気落ちしたような俺の隣で、御幸がふと何か思いついたような声を上げる。
少しずつ会場に近づいてきて、周りがざわざわし始める。その喧騒の中に紛れそうになる言葉を拾う。


「じゃあもう一個、沢村をびっくりさせることになるかも。」


平然と言ってのけられた言葉に、目を見開く。
増殖した同じようなスーツ姿の周りの奴らに紛れながら、そういって御幸はそれはもう楽しそうに微笑む。なんだ、この嫌な感じ…。

向けられたその笑顔は、今朝「沢村と同じ大学に通う事になったから宜しく。」と爆弾を落とした時と、全く同じ顔だった。



「………え?」





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