長いながい1日のスタート02 | ナノ

長いながい1日のスタート02



平日といえども、やっぱり春休み。
どこに行こうとしても人は多い。観光地や街中なんて当たり前だ。そしてそれはもちろん、その外出の最大のハブである駅も例外ではなく。
いつもよりも幾分か人口密度の高い駅はざわざわと随分賑やかで、遠方からの旅行のようなキャリーバックを引く人も多いように思う。
そんな旅行客の顔がどこか楽しそうに見えるのは、自分の気分も浮かれているからだろうか。そう考えたらちょっとだけまた恥ずかしくなる。俺はどれだけ、分かりやすいのかと。こんなんじゃ御幸にいろいろとバレるのも時間の問題な気がするけれど、それだけは避けなくてはいけないと、一度心の中で気を引き締めた。


「…それにしてもさー…。」
「ん?」
「ばあちゃん、随分奮発してくれんじゃねーの…。生活費。」


御幸からさっき聞いた、専用預金口座に毎月振り込まれる金額を聞いて、目が飛び出るかと思った。正直、金持ち金持ちといわれるけど、元々家での立場が微妙な俺自身は、全くもってその恩恵にあずかれることはなく…。月に貰える5000円以上の大金を殆ど見たことが無いのが現実だった。
それなのに、そんな俺の最高金額よりはるかに零の多い金額は、最初は本当に冗談かと思った。…が、随分と潤った隣の元ニートの男の財布の中を見せられて、すぐにそれが今の現実だと知る。

(…これはもしかして、毎月なんでも買い放題…?)

ついに来たか、俺のバブル。
そんな風にそわそわと色々と思いを馳せていれば、御幸が小さくため息をついた。


「…おばあさんが何で俺だけに通帳預けたのか分かった気がする。」
「え?」
「沢村今、“もしかしてこれなら毎月何でも買い放題?”とか思ってたろ。」
「はっ…!?…エスパー…!?」
「バーカ。顔に出過ぎなんだよ。」
「う…。」
「あと、ちょっと声にも出てた。」
「嘘!?」
「ホント。」


ま、マジで…?


「ぜんっぜん気付かなかった…。」


呆然と言えば、ふ、と御幸が笑う。
その意地悪そうな顔に、え?と小さく首を傾げたら、ひらひらと手を振られた。


「……言っとくけど、不用意に金使わねぇからな。そもそも、何に使ったか報告する義務もあるし。」
「えーーー!」


なんということだ…。
一瞬で弾けた俺のバブル。
ぶうぶう唇を尖らせて文句を言ったら、軽く額を弾かれる。
ジンジンと伝わって来る緩い痛みの向こうで、御幸が笑う。思わず額を両手で覆って、俯いたら、頭のてっぺんをそんな御幸の笑い声が擽った。


「でもまぁ、なんか欲しかったらとりあえず言ってみること。」
「…え?」
「要検討して、必要だったら考えてやるから。」
「御幸…。」
「…500円で浮気なんかされたら、たまったもんじゃないしなー。」


そんな御幸の冗談に、出会いが出会いなだけにちょっと笑えない、俺。








まぁ、そういうわけで。
金欠とニートから一転した俺らには、今どこに行くにも充分な資金がある。
それだったらやりたいことなんでもやろうぜ、ってことで、手始めに俺が見たいっていった映画を見にいくことになって、どうせならってことでちょっとだけ遠目の映画館に行くことにした。


『…で、何かしたいことは?』
『んー。あ、映画!』
『なんかおもしれぇのしてる?』
『おう!今すげぇ良さそうなのしてる!!気になってて行きたかったけど、金無かったから諦めてたんだけど!』
『へぇ。じゃあ、それ行くか。』
『あ、あと、欲しいモンあるから、スポーツショップも寄りたい。ついでに買い物もして…あ、!最後はバッティングセンターがいい!』
『…随分手軽な新婚旅行だな。』
『う…。……じゃあ、御幸は何がしてぇんだよ…。』
『んー…、………沢村くんのしたいこと?』
『……っ、』


思わずそんな数分前のやり取りを思い出して、俺の体温はまた一気に上昇した。
御幸といると、なんかもうすげぇ忙しい。

人混みに紛れて、何とかばれないように顔を隠しながら、目的地までの切符を買うために券売機の前。
財布の権限は全部御幸にあるから、基本御幸任せだ。俺は少し離れた後ろから、運賃表を見る。そんなに遠くはないけど、それでもこの前から手持ち1000円以下で過ごしてた俺にとってはかなりの遠出。
それになぜか感慨深さを感じていたら、同じく御幸も俺と同様、券売機を見上げていた。じっと見ていると、その目が運賃表の上を穴が開きそうなほど見つめる。

あれ?…行く場所わかんねぇのかな。


「…御幸?」
「…ん?」
「…もしかして、場所わかんねぇ?」
「いや、場所は分かるけど…。」
「けど?」


じ、っと御幸が運賃表と手元の財布、そして券売機の方を見つめる。
それからその視線はゆっくりと近くから離れて、少しいったところにある改札に移動した。


「もしかして、…電車の切符の買い方知らねぇの…?」
「え?いや…知ってる、けど。」


少し動揺したような、御幸の様子。
券売機の方が込みだして、俺は慌てて御幸の腕を引いて、邪魔にならないところに避けた。
すぐに券売機は、後ろから来た人で埋まる。すぐにそれらの波が引いては、また新たな波が来る。
そんな様子を見る御幸の目からは何も読み取れなかったけど、それでも。


「…電車乗ったこと無い、…とかじゃねぇだろ?」
「いや、さすがにそれは…。」
「じゃあ、切符買ったことねぇの?」
「…というか…、」
「というか…?」
「…。」
「……?」
「……そういや、日本の電車乗るのすっげぇ久々だってことを思い出した。」
「……ぶはっ!」


呆然と返って来た御幸の言葉に、そういえばこいつって海外生活の方が長いんだっけ、と今更なことを思い出した。
俺は外国なんて言ったことねぇけど、確かにそういうことなら戸惑うことがあるかもしれない。だってほら、海外に行くと車だって右車線を走るっていうし。言葉が喋れるのは便利そうだけど、いろいろ他のところで大変なこともあるんだな、なんてしみじみ思った。


「なんだよ、そんなことなら俺が買って来てやるって!」


出会ってから今まで、御幸に驚かされたり、何かして貰う事の方が多かったから、漸く現われた自分の出番に、少しだけ得意になって胸を張る。…まぁ、その中身はそんなにすげーことでもなんでもねぇんだけどさ。
気持ちの問題だ、気持ちの。


「…余計なモン買うなよ?」
「そこまでガキじゃねーよ!バカ!」


そんな俺の様子を見て、ちょっとだけ心配そうに視線を寄越した御幸が呟いた言葉にむっと唇を尖らせてから、俺は差し出された野口さんを引っ手繰るようにして引っ掴んで、そのまま再び改札の方に向かった。
どんどん循環していく短い列に並びながら、チラリと改札近くに立っている御幸に目をやる。横を向いているせいで目は合わなかったけど、たったそれだけのことが妙に絵になる男だ、と、男の俺から見ても感じる。それに少しだけいろんな意味でため息をつきたくなるのをぐっと堪えながら、切符を買う前にもう一度だけ行き先を確認した。
そうして運賃表を見上げながら、ふ、と。


(…あれ?でもじゃあ御幸は俺に会うまでどうしてたんだろう?)


御幸が留学してたのって確か高校で…今まではずっとアルバイトしてた、って言ってた気がしたけど。
そんな疑問が、浮かぶ。

(……全部近場だった、のかな。)


巡った疑問に少しまた心がもやっとしたけれど、手早く買って来た切符を御幸に手渡しながら時刻表を見れば、あと1分で電車が出るところだったから、心にかかった仄かな靄は、そのまま慌てて駆けあがったホームに響く、発車間近の大音量に一瞬で紛れて消えた。









「どりゃーー!!」
「……なぁ、沢村。」
「うおいしょーー!!」
「……さわむらさーん。」


ぶん、っと思いっきり空振りするバットの遥か上を通り過ぎていく白球が、カシャンッと思いっきり金網にぶつかる。
もう一球、もう一球、と。
ただし、ボールが転がるのは足元だけで、聴こえるはずのバッドがボールを捕える爽快な音は、いつまで経っても聴こえることはなかった。


「ぐ、うううう…!」


飛んでくる球が無くなって、変わりに自分の周りに、25球の球体が転がる。



「…お前本当に野球部だったの?」



……みなまで言うな。








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