疑惑と恋慕の2週間後の事 |
「…っつーわけでさぁ、朝昼晩と何作らせても料理はプロ級、朝は必ず起こしてくれるし、出かけて帰って来たら部屋は掃除されてて、綺麗に伸ばされて太陽の下に干された洗濯物はシミ一つなく綺麗になってるし、もう完璧。その上びっくりするくらい気がつくし、優しいし…あ、ちょっと意地悪なところもあんだけどさ。とにかくもう文句の付け所がねぇくらい完璧なんだよ。どう思うこれ。」 「栄純君…。」 「む?」 「その人…本当に大丈夫なの…?騙されたりとかしてない…?」 ズズズ…ごくん。 音を立てて吸い込んだストローを通って喉を潤すオレンジジュースをゴクリと飲み干す音が、ガヤガヤと煩い食堂の中で奇妙なくらい静かに響いた。 御幸との生活を始めてから、早いもんでもう2週間くらいが経とうとしていた。 高校も卒業して、無事大学も決まってた俺に待ってたのは平穏な春休み。周りはまだ受験のヤツも多いから、そこまで積極的に遊びに誘う気にもなれなくて、これといった予定の無かった俺は、大抵の時間を御幸と家で過ごした。 朝起きて御幸の作った飯を食って、昼までゴロゴロして御幸の作った昼飯を食って、夕方までダラダラして御幸の作った夕飯を食う。 そんな、一体どこの隠居生活だといわれそうなくらい自堕落な生活に、御幸は何の文句も言わずに付き合ってくれて、暇があれば話を聞いてくれて話をしてくれて、その上いやな顔一つせずに毎日毎日俺の希望を聞いて、めちゃくちゃ美味いモンを作ってくれた。 気もつくし、料理は美味いし、何でも出来て…そんな御幸に俺が「すげーなこいつ!」って目を輝かせるだけでいられたのは、最初の1週間くらいまで。 それを過ぎると、ほんの些細なところまで気を配ってくれる御幸の優しさを更に全身で感じるようになってきて、それを自覚したらもう、ダメだった。 (だってアイツ…完璧過ぎんだよ…!) それはもう、いっそ不自然なくらい自然に、すべてが完璧。 その上気づけば、どうしようもなくそんな御幸にドキドキしてる自分に気づいた時は愕然とした。 ドキドキって。 ドキドキって! なんだこの、まるで恋でもしてるみたいな。 (恋?…こい?…恋いい!?) …ちょっとこれは、いろいろと問題だと思った。 そんな複雑な気持ちと奇妙な毎日をどうしたらいいか分からず持て余した俺は、結局次の日、一番気のおける友人二人に近況を話してみることにした。(即断即決。思い立ったら即行動!が俺の長所のはずだから。) 幸い今日は、所属していた野球部の追い出し会の日で、その帰りに二人を誘って近くのファミレスに連れ込むことに成功。今日は御幸にも遅くなると伝えて置いたからその辺も抜かりはない! まぁ案の定、最初は二人ともめちゃくちゃ驚いてた(そりゃそうだ。いきなり「実は俺、結婚したんだよ。」なんていわれて驚かない方が変だ。)けど、ちゃんと説明すると、友人二人…降谷と春っちは、驚きながら話を聞いてくれた。 降谷も春っちも実は二人とも稲城の分家ってことで高校入学した頃に知り合った。 稲城ってむちゃくちゃ分家っつーのがあるんだけど、俺は全然詳しくない。春っちに声かけられた時も最初なんのことかわかんなかった。稲城の関係者が青道に通ってるなんて思わなかったし。(聞けば二人とも家のほうでいろいろあったらしい。) 3人とも野球部希望ってことで意気投合してよく一緒にいるようにもなったし、その後3年間同じ野球部のクラブメートだっただけあって、俺の行動についてはそれなりに理解と経験があるから、「栄純君は本当にいつも突然過ぎるよ。」って言葉と、変な視線を受けるだけで済んだ。 4人がけの机で、俺と対峙するように座る二人はそれぞれ反応が違って、主に話しながら俺の話を聞いてくれる春っちと、背もたれにもたれて、興味がないのかなんなのかよくわからない無表情のまま俺のほうをじっと見てる降谷。 その春っちの言葉に、俺は苦笑した。 「騙されてるって…。」 「だって、偶然声かけた人が同姓結婚オッケーしてくれて、その上、あの栄純くんのおばあさんを納得させられるくらいに完璧だなんてそんな偶然、本当に偶然だと思う?…ってまぁ、自分でも変だと思ったから俺たちに話たんだろうけど…。」 「それは…、…まぁ俺も、出来すぎだとは、思ったけどさぁ…。」 確かに言われなくとも、御幸との出会いは決して自然なものではなかったし、今思えばあんな状況ありえないとも思う。 けど、ここ何日か一緒に過ごしてみて、御幸のことを少しずつ知るたびに、あれはむしろ運命だったんじゃないかとか感じてしまう自分がいたりもする。 つまりだ。 騙されてるのかもしれない。けど、それをはっきりさせるのが怖いんだ、俺は。 どうしてこんな親しくなる前に、もっと早くにいろいろなことを調べなったのか。今は、本当にもし御幸が俺を何らかの目的があって騙すために近づいてきたのだとしたら、もしかしたら裏でばあちゃんと繋がってるとかだったりしたら、ちょっと立ち直れそうにない。 「しかもその相手が初恋相手?…今時少女漫画でもそんな話ないんじゃない?」 はっ、…!? 「は、つこい…!?」 「え?違うの?」 「や、…そ、…そうなんだろう、か…?」 「いや、俺に聞かれても。」 きょとんとして、前髪に隠れた瞳を丸くする春っちの言葉に、かかかっと顔が真っ赤になるのがわかった。 そう、はっきりさせたいのは御幸の素性だけじゃない。 この俺のよく分からない御幸に対する感情も、いろいろと問題なんだ。 「ねぇ降谷くんもそう思わない?」 春っちが、体を少し横に向けて、隣に座ってずっと黙ってた降谷に声をかけた。 ぼうっとしているようだった降谷がその声にゆっくりと背を伸ばして、俺のほうをじっとまっすぐ見てきたから、その深い色の瞳とばっちり目があってドキッとする。 何も映していないような目のくせに、なんだか心の奥底まで見透かされてるみたいで、降谷のこの目はちょっと苦手、だったりしないでもない。 「…調べてみようか?」 今まで静かだった降谷が落とした呟きは、結構な重量を持って空間に突き刺さった。 「え?」 「…その人…、…御幸さん、のこと、調べてみればいい。」 「え、で、でも、どうやって…!」 御幸本人に聞いても教えてくれないし、それ以外で御幸のことを知る手だてなんて想像できない。なんていったって俺は、俺と一緒に暮らすようになってからの御幸しか知らねぇし、御幸の周りのことも何一つ知らない。 けど、そんな俺の心なんて知らずに、降谷が一つ人差し指を立てた。 「俺の家…なんだと思ってるの?」 降谷が、静かにそう告げた。 (あ、…そか…。) 稲城の分家の“降谷”は、それはもうはるか昔から稲城の諜報部的な役割を担ってきた。(らしい) そして時代が変わった今は、降谷の家はそれなりに大きな探偵事務所をやっている。 降谷に任せれば確かに、今まで知らなった御幸をたくさん知れるかもしれない。 (知りたくない、でも、知りたい。) そのせいで、もしかしたらいろいろなことが変わってしまうのかもしれない。 本人に黙って陰でこんなこと、こそこそとして、もし御幸に知られたら変に思われるかもしれない。 それは、怖い。 けど、 (…もし、もし、…本当に御幸と会ったのがただの偶然、なら…。) 「…た、頼む。降谷。…今回だけ!」 偶然なら、それを信じてもいいのなら。 (……好きに、なってもいいんだろうか。) ―――逃げじゃないのかと問いかける心の奥の声には聞こえないふりをした。 [TOP] |