なにかが始まる1.5日目 | ナノ

なにかが始まる1.5日目



「離れって言っても普通に平屋の一軒家じゃん。さっすが金持ちは違うよなー。」
「はぁ…。」
「うっわ、調味料も食材も完璧。…中華もイタリアンもフレンチも和食も何でも行けるって感じ。これ、勝手に使ってもいいの?」
「…はぁ…。」
「沢村、今日何食べたい?」
「…、…肉。」
「はは!アバウト過ぎ!」


爽やかに笑いながら、黒いエプロンを腰に巻いた御幸さんが腕まくりをして、「少し待ってな。」とか爽やかな一言を残して台所に消えていった。













牛ロースのカルパッチョ
スモークサーモンとチーズのシーザーサラダ
ツナと鶏肉のトマトソースのボスカイオーラ

…え?これ何、って?






「肉が食いたい。」って言った俺に出してきた御幸の手料理の数々ですよ。

ちなみに、時間がなかったからって出してきたドルチェは、苺のロールケーキでした。




もう言うの何回目か忘れたけど。


だから御幸って何者…!?












「ごちそーさんで、し、た!」
「はい。お粗末さまでした。」


ぱんっ、と手で挟んだ箸を皿の上に丁寧に置いた。

ああ、美味かった。
まじで美味かった…。

俺でも分かるほど、今まで食べたことないくらい繊細な味がしたイタリア料理(多分。パスタだったから。)を腹がはちきれそうなほどにしっかりと平らげて、ぷはっと息を吐き出しながら言えば、にっこりと穏やかな笑みと共に穏やかな声が返って来る。

フォーク使いにくいから箸を使ってもいいかって聞いたら、「別に形に拘らなくても美味しく食べてくれた方がいいから自由にしていいよ。」って言われたとおり、ほぼ何も気にせずとりあえずガツガツ食った。

だって我を忘れそうなくらい美味かったんだって。
その辺の高級ホテルとかレストランとか目じゃねぇくらい!

最初御幸が料理運んできた時、どこのシェフ呼んだのかと思ったっつの。


「なぁ、アンタなんでこんな料理上手いの。普通にどっかの店で食ったみたいな完璧な味と見た目なんだけど…?」
「え?それ褒められてんの?」
「っていうか聞いてんだよ。」
「あー…、留学した時に、ちょっと。」
「はあ!?言語留学って言ってなかった…?」
「だから、言語留学したところでちょっと料理も教えて貰って…。」
「あのさ、…詳しく聞かなかったけど、アンタって何年どこに留学してたわけ?」
「え?………中国とフランスとイタリアに1年ずつと、ドイツに半年、アメリカが3年。」
「アンタ何歳ですか…?」
「19歳です。」
「ぜってぇ嘘!!」


思いっきり叫んで机挟んで座る御幸に叫んでやったら、本当だってばー、ってなよなよした言葉が苦笑と一緒に返ってきた。

(…妖しすぎる…。)

いつか別れる、期間限定の結婚相手といえども、暫くは生活を共にする人間。
さすがにずっとお互いのことを殆ど知らないままでいるのはどうかと思うし、俺の性格上、不思議だと思ったら知りたくなる。
でも、なんか御幸って…。

(謎が多いっていうか、誤魔化すの上手いっていうか…、…はぐらかし慣れてるっていうか。)

いろいろ聞いてみてるはずなのに、1個も“御幸”のことが見えてこない気がする。
しかもそれを、多分本人、意図的にやってる。

(でも俺は負けねぇ!)

分からないなら、聞けばいい。
そう思いなおして、折れそうになってた心を奮い立てさせながら、ガバッと顔を上げて御幸のほうを見た。


「御幸!」
「ん?何?」
「御幸一也、19歳、青道OB。…他には?」
「…いきなり何が始まったわけ。」
「だから、アンタのこと知りてぇんだってば!だからなんか教えて…つーか教えろ。」
「強制ですか。」
「おう。」
「別に面白いことなんか何もないけど?」
「いい!なんでもいいから!」
「って言われてもなァ…、とりあえず言語の勉強はしてて、レンタルビデオ店でバイトしてて…。」
「それは知ってる!もっと違う、別のこと!ほら、あるだろ!趣味とか、出身地とか!」
「出身は東京だけど。」
「家族構成とか!」
「父親と母親。俺、一人っ子なんだよね。」
「他、えっと、あと…!」
「なんだよ、お見合いみたいだな。お前みたいに煩い見合い相手なんていねぇと思うけど。」


クスクス笑われて、むっと唇を尖らせた。
なんか子供扱いされてるみたいでムカツク。1個しか違わないはずなのに、この余裕の差は何だろう。
…というか、御幸だって同じくらい俺のこと知らないはずなのに、知りたいとか思わないんだろうか。

まぁ、御幸にとって俺は単なる宿主でしかないのかもしれないし、もしかしたらこうやって自分のことととか聞かれるの好きじゃねぇの、かも。

宿主。
…期間限定の結婚ごっこ、なんて非常識なこと頼んだのは俺の方なのに、なんで一瞬その響に心がモヤっとしたんだろう。


「あ、沢村ちょっとストップ。」
「んあ?」
「ここ、ついてる。」


考え事をしてたから、完全に口が止まってボケッとしてた俺を見てた御幸が、ふと俺の方に体を乗り出して手を伸ばしてきて、何だろうと思った瞬間には、ここ、と言われて口の端を指で拭われた。

そのままペロリと御幸の口がその指を舐める。


(な、あ!)


反射的に恥ずかしくて俯けば、真っ赤、とクスクスおかしそうに笑われた。


「沢村って本当喜怒哀楽顔に出んのな。泣いたとことはまだ見たことねぇけど。」
「見なくていいし。つーか見せねぇし!」
「えー。なんで。俺ら新婚夫婦デショ。」
「その言い方うっぜー!」
「え、なんでよ。酷い。新婚数時間で破局の危機ですか。」
「…別れたくなかったら、明日のデザートはプリンにしろ。」
「ははっ!了解了解。」


そのやり取りがまるで本当に新婚みたいで、ちょっと照れたのは内緒だ。

(だって御幸って、落ち着いてみてもやっぱ普通にかっこいいんだよ。)

男の俺から見ても。
まだそんなに出会ってから時間は経ってないけど、少なくとも暫く見飽きそうにはないくらいには整った顔をしてる。
美人は3日で飽きるっていうから、そうすると明日には飽きが来るってことになるんだけど、どうやらその心配はなさそうだ。

じとっと御幸の顔を観察してたら、さっき俺の食べかけを攫っていったその手が、ぼふっと俺の頭に乗っけられて、そのまま何度か撫でられた。


「な、なんだよ…?」
「え?…あ、ごめん。つい。」
「ついって!ついって何だ!」
「んー…なんか、あれ。…沢村って犬っぽいよな。」


は?


「犬…?」


分からなくてクビを傾げたら、なんか噴出して笑われた。
なんだろう。これはバカにされてるんだろうか。
そんな俺の考えが顔に出てたのか、御幸がクスクスと笑いながらまた俺の頭を撫でた。


「別にバカにしてるわけじゃねェから、そんな顔すんなって。」


そんな顔ってどんな顔だ。
よしよしと頭を撫でられながら、俺は何も言えずに唇を尖らせて俯いた。
絶対バカにされてる。つーかからかわれてる。

だけど、頭を撫でる手が妙に優しかったから、簡単に振り払えなくて困った。


「だから、からかってるわけじゃねェって。」
「む、じゃあ何だこの手は!子供扱いすんなよ!」


唇をぐにっと突き出して御幸を見ると、違う違う、と首を左右に振って、女子が見たら溶けそうな顔と声で一言。


「ただ、可愛いなって思っただけ。」




(ん、なーーーっ!?)



絶句。
反射的にぼっと熱が貯まった頬を押さえて、その手を振り払うように勢いよく顔を下げた。

御幸が、直視出来ない。


(なんでこの人は、んなこっぱずかしいこと、平気で言えるんだよ…!!)


チラリと見上げた先には、なんだか不思議そうに俺を見下ろす御幸。
その顔に照れてるような色は一つも無かった。



「…やっぱ御幸さん、バイト先がレンタルビデオ店って嘘だろ…?」
「え、なんで。本当だって。」
「嘘!ぜってー嘘!絶対ホストとかホストとかホストとかやってたろ!」
「いやホストしかねーじゃんそれ。…えー。心外だな、俺の体は純潔だぜ?」
「……。」
「あ、可愛くねぇ顔。何だよ、信用ねぇのなー。」


いやなんかもう、信用とかの問題に、なんかもういろいろなことがいっぱいいっぱいで頭がついていかないです。


御幸の言葉を無視して、ゴロンと畳みの床に寝転がった。
満腹の体は横たえるとすぐに心地いいまどろみに襲われて、長く吐き出す息と一緒に体の力を抜いていけば、一気に睡魔がやってきた。

(料理がプロ級に上手くて、ありえないくらいの数の言葉が喋れて、元青道OBの19歳で、いっぱい留学とかしてて、でも生まれは東京で、一人っ子で、…それから、昨日まで家無しのニート?)

ちなみにだいぶ分かってきた性格は、結構いい加減で意地悪。
…でも。


どんどんドロドロに眠りの中に溶けていく意識の中の片隅で、優しい声が聞こえた。


「沢村。」


んあ、と声に鳴らない言葉を漏らす。
それに御幸が笑う気配がして、俺もちょっとだけ笑う。


「風邪引くから、ちゃんと布団で寝な。」


ちょっとだけ寝たら動くから待って。
俺は言ったつもりだったけど、もしかしたら声になってなかったかもしれない。

御幸がなんか言ってる。風邪引く、布団…聞こえるのに、どれもちゃんと聞こえない。



(…なぁ俺、もっとちゃんとアンタのこと知りたいよ。)



うとうとと、心地よいまどろみの中に落ちる意識の中でそう強く感じた気持ちは、俺の心の中に新しい何かを確実に芽生えさせようとしていた。









いい加減で、謎で、意地悪で。


でも多分きっと
この人は、優しい。





思えばそれが、始まりだった。









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