即断即決、運命の30分後 | ナノ

即断即決、運命の30分後



「沢村栄純。18歳。高校…は明日で卒業して、春からは大学生。えっと…よろしく。」
「御幸一也。19歳。高校は去年卒業して、今は無職でバイト転々としてる。こちらこそ、よろしく。」


婚約相手の名前を、結婚の約束をした後に知りました。











「…ってわけでさぁ…!俺は顔も知らねぇどこの誰かも分かんねぇ男と結婚しないといけなくなったわけなんす、よ!」


ダンッ、とグラス(といっても中に入ってるのはオレンジジュースだ)をテーブルの上に叩きつけるように置いて、俺は酔っ払い宜しくなテンションで再びグラスを持ち上げてジュースを煽った。
そんな様子を向かいの席でニコニコ…いや、ニヤニヤしながら見ている人――御幸さん、は、俺の話を飽きもせず聞いてくれて、たまに相槌まで打ってくれる。


「へぇ…、金持ちっていろいろ大変なんだな。」
「つーかあのクソばばあがおかしいんだ…っすよ、!何だよ、今時跡取りとか、せ、せしゅー?とかにこだわりやがって…!俺は財産なんかいらねーって言ってんのに!」
「沢村くんが女の人と結婚して男子が生まれたら困るから、結婚相手を男に限定する…ねぇ。今時そんな話本当にあるんだ。」
「あるんすよ、これが、普通に!ずっと昔からしつこいくらい言われてて…冗談か、俺に女遊びさせないための脅しだと思ってたのに!…この前ついに、“婚約者候補”とか言われていっぱい見合い写真渡された時には、そのまま道路に飛び出してやろうかと思いやした!」


一気にまくし立てるように言ったあと、はああぁ…と深い溜息をついた。



そう、
俺がこんなに切羽詰って結婚相手や逃亡手段を探していたのには、それはそれは深くて大きくて壮絶なワケがあった。

俺の家…正確には俺の父さんの実家…は、途轍もない金持ちだった。
日本の産業の殆どを牛耳る会社の跡取り息子に生まれた父さんは、元々そういうお金とか権力とかには全く興味の無い人で、街で偶然ぶつかった母さんと運命の出会いをして(どんな出会いだよ、少女マンガか!) そのまま家の反対を押し切って駆け落ち結婚したらしい。
そんな両親のところに生まれた俺は、案の定貧乏生活で大変だったけど、それはそれで楽しい日だった。
…父さんと母さんが、事故で死んじまうまでは。

その後、まだ小さかった俺はあれよあれよと言う間に、連絡のつかなかった母さんの実家ではなくて、父さんの実家に連れてこられた。


…そこからが、悪夢の始まりだった…。


父さんの母さん…つまり俺のばあちゃんはめちゃくちゃ厳しい人で、しかも現在グループの総帥を担うバリバリのキャリアウーマン。(もう年だろ!っつったら一回ガチンコバトルになった。…しかも負けかけた。)
じいちゃんも海外拠点を一手に牛耳るやり手の経営者で、二人してグループを統括しているのだとかいう夫婦は、それはもうどっか常識のネジがぶっ飛んでた。

俺を引き取った後、ばあちゃんが言った一言を、その後の俺は何年にも渡って、まるで洗脳のようにいい聞かされることになる。


『貴方を我が家の後継者として認めるつもりはありません。間違いの無いように、貴方にはそれ相応の結婚相手を選んでもらいます。』


小さい俺には、何を言ってるのか理解できなくて、ぽかんとしていた覚えだけがあった。


『…けれど、私も鬼ではありません。猶予を与えましょう。そうですね、高校卒業する18歳までに特定の相手を見つけるならば良し、そうでなければ、此方が決めた相手と結婚して頂きます。』


結婚、猶予。18歳。決めた相手。
…今だから言おう、ばあちゃん。



7歳の子供に、そんなこと言われても分かるわけねーよ!



…まぁこの言葉は結局その後も顔を合わせるたびに言われ続けるわけなんだけど。
問題は、その“結婚相手”の条件だ。




『ちなみに相手は、男性に限ります。』




…これだけは小さい俺にも理解出来た。

次の瞬間、ふざけんなクソばばあ!と、俺は人生で初めてあんなに汚い言葉を口から出した。(俺が上手く敬語使ねぇのは、俺から「人を敬う気持ち」ってのをばあちゃんが根こそぎ奪い取っていったからだな。うん。)








「本当…この時代に、政略結婚って…しかも男って…。」
「でも、本当に結婚は出来ないじゃん?その辺はどうすんの?」
「…なんでも…代々受け継がれて来た正式な手続きを踏んで、親族内で婚姻結んだってことにするらしくて。日本では認められないから、戸籍を海外に移して…、…その辺はばあちゃんの裏事情って話っす。」
「それはまた、随分手が凝ってんなぁ…。」
「っす…。」
「それで、なんで沢村くんは、あんなに慌てて相手探してたわけ?」


御幸さんが、綺麗な動作でティーカップを持ち上げて、そのまま珈琲を啜った。
安物のドリンクバーの珈琲なのに、イケメンが飲むとこんなにも違うのか。
まるで高級なカフェの昼下がりの一ページみたいだ。背景にイギリスが見える気がするぜ、御幸さん。

そんな、ドリンクバーの珈琲を優雅に飲みながら(ちなみにこれが、結婚報酬の500円の中の380円だったりする)、小さく首を傾げた御幸さんに、俺は机に頭を伏せて項垂れた。


「…ばあちゃんが探してきた相手なんて、真っ平ごめんなんだよ…。」
「ああ…、なるほど。なんかいろいろ操作されてそうだもんな。」
「そう。それに、自由も利かなくなりそうだし。男と結婚ってだけで嫌なのに、ばあちゃんのつけた監視みたいなやつと暮らすのなんて…考えただけでも死ぬ。絶対死ぬ。」
「そっか。…でもいいの?俺みたいな他人と簡単に結婚決めちゃって。」


俺だって男だし…大事なことでしょ、と言われて、言葉に詰まる。

確かに軽率かもしれない。バカなことを、といわれるだろうということも分かってる。
でもなんとなく、俺の直感だけど、御幸さんは、悪い人じゃない気がした。
少なくとも、ばあちゃんの選んできたっていうあのアルバムの中のヤツラよりはずっと。
だって、こんなバカげた話を、表面上かもしれないけど笑わずに聞いてくれる。
それだけで、今の俺には充分だって思ったから。


「…いいんす。それに…、…いつかは別れて貰えればいいっすから。」


はぁ…と重い溜息がまた一つ。
俺は今日一日で一体どれだけの幸せを逃がしたんだろう。


「いつか別れる?」
「ハイ。…実は父さんには姉と妹がいて…その姉の子供は女の子だったんすけど、そいつが結婚して男が生まれるか、父さんの妹が男を産んだ時点で跡継ぎとして正式に認めるらしくて…その後俺は自由にして貰えることになってて。だからそれまでの間、俺と結婚ごっこしてくれる人、探してたんっすよ。」
「なるほど。期限付きの結婚、ね…。」
「…はい。勝手なのは分かってます、けど。」


御幸さんが、フッ吐息をはいて机に肘をついて、絡めた腕に顎を乗っけて難しい顔をした。
きっと、馬鹿な話をする子だと思ったんだろう。
もしかしたら、おかしなヤツだと思われたかも知れない。
けれど多分、これがもう最後のチャンス。
今日はこのまま家に帰らないといけないし、明日は卒業式が終わったらすぐにばあちゃんと会う予定になってる。
だから多分これが本当に、俺に与えられた最後のチャンス。


「ちなみに…、家の名前は“沢村”?」


静かだった御幸さんから問いかけられた言葉に、一瞬驚きながらもクビを左右に振った。


「それは、母の旧姓っす。今の家名は、えーっと…、“稲城”。」


その言葉に、ピクッと御幸さんの優雅だった長い指が一瞬震えた気がした。
どうしたんだろう?と思ったけど、それは見間違いかと思うくらい些細な時間で、すぐに再び穏やかな笑みが返ってきた。


「…本当に金持ちなんだ。」
「え!知ってるんすか!?」
「知らない人のほうが少ないんじゃない?この辺に確か高校もあったよな。」
「あ、ハイ。俺はばあちゃんがダメだっていうから、青道高校通ってるんすけど…。」
「え、沢村くん、青道の子なの?」
「そうっすけど?」
「俺、青道のOB。」
「…!マジすか!」


なんだこれ。こんな偶然って本当にあんの?
…なんか上手く行きすぎてちょっと妖しく思えてきた。

でも、別にこの辺じゃ青道の卒業生だって言われても別に珍しくねぇし…。
むしろこれで「稲城卒です。」なんていわれた方が妖しい…な。

きょろりと周りを見渡して、ばあちゃんとか、ばあちゃんの秘書とかが居ないことだけは確認する。


「ははっ、そんなに警戒しなくても、俺は沢村くんのお祖母さんとかは知らねぇから安心していいよ。」


おお、御幸さん…、やっぱアンタすげぇ人だな。
すぐに見破られてちょっと恥ずかしくなったから、誤魔化すようにチビチビと手元のジュースに口をつけた。


「でも…御幸さんくらい、その…、…イケメン?だったら、俺でも顔くらい知ってそうなもんっすけど…。1個違いなんすよね?」
「ああ、うん、そうだな。でも俺、ちょっと留学してたから、授業免除認定受けてたんだよ。だから、あんまり学校行かなかったな。」
「留学?」
「そ。…語学、留学かな。」
「へぇ…。」


青道にはいろんな免除制度があるって聞いたから、そのうちの一つなんだろ。
俺はよく知らねぇけど。それに、考えてみれば俺別に部活の先輩以外で覚えてる人なんかいねぇし、先輩なんてそんなもんか。

単純な俺は、御幸さんのその言葉で簡単に納得しちまって、それ以上疑問に思うことをやめた。


「で。本題の続きだけど。」


そういえば、結婚の話をしてたんだった。(ムードもクソもないファミレスだけどな。)
反射的にピシッと背筋を伸ばして御幸さんを見つめたら、相変わらずゆったりとした空気を纏ったイケメンが一人。

ゴクッ、と唾を飲んだ。


「いいよ、俺は。期限付きの結婚でも。別に離婚歴とか気にしないし。」


しかも公には残らないわけじゃんか。
あっさりと言ってのけられた言葉が瞬時には信じられなかった。
けど、ぽかんとする俺とは真逆で、御幸さんの表情はどこか楽しそうで。

いいのか、結婚だぞ、結構大事なことだぞ。つか相当大事なことだぞ!?
…と、思ったけど、それ以上に俺の頭を占めていたのは、「助かるかも!」という希望。
興奮気味に、食いつくように机越しの御幸さんに一歩詰め寄った。


「ま、マジすか!」
「うん。マジマジ。…それに俺も、ちょっと行くとこなくて困ってたんだよな。だから、暫く置いて貰えると助かる。あ、犯罪とかそっち系のヤバイことはしてねぇから、これも安心して。」
「え、行くとこないって…。」
「ちょっとバイト、クビになっちゃってさ。家賃払えなくて追い出されたとこだったの。」
「ぶは!」
「お前な…貧乏人笑うなよ、大富豪め。」
「だ、だって…!御幸さん、ホストとかしてそうなのに、意外…!」
「えー。俺、レンタルビデオ店で店員やってたんだけど。普通に。」
「ま、マジすか!更に意外すぎる!」
「そっかなー。結構サマになってたぜ?主にお姉様方から大人気。」


御幸さんの武勇伝を少しだけ聞いて、ひとしきり笑った後、ふうっとお互いに息をついて、最後に一回だけ、ふはっと笑った。



「ってことで、利害関係は一致してるし。…しちゃう?結婚。」



まるで、どっかに遊びにでも誘うような軽い言葉。
けど、さっきまで最悪の最悪だった俺のどん底みたいな気分は、今はちょっとワクワクしたもんに変わってて、希望なんか何もねぇと思ってた俺の人生も、もしかしたら案外捨てたもんじゃないかもしれない、って思い出していた。

だから一回、ゆっくりと首を上下に振る。
すると、顔を戻した先には、満足そうに笑った御幸さんが見えた。


「じゃあ早速指輪でも買いに行く?あ、挨拶が先?」
「どっちでもいいと思い、ます、けど。…ばあちゃんのことは覚悟しといてくださいね。」
「オッケー。大丈夫。その辺は俺の社交性でどうにかしてみせるから。」


おお、頼もしいぜ、御幸さん。
にっこりと微笑む顔が天使に見えた。


「ちなみに、俺のコトは呼び捨てでいいよ。結婚するんだし。あと、敬語もいらねぇし。…敬語苦手だろ、沢村くん。」


バレてら。


「…あ、じゃあ、俺も呼び捨てで。」



それじゃあ改めて宜しく、と。
交わした握手で握った手が温かくて、俺はついへらりと笑った。









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