出会って5秒のプロポーズ |
「いいですね。高校卒業の日までに結婚相手をお決めなさい。そうでなければ、此方で選んだ男性と有無を言わさず結婚して頂きます。」 ピシリ。 言い捨てられた言葉はもう本当目がマジで、おいこらあんまりそんな顔してると血圧上がってぽっくり逝っちゃうぜ、ばあちゃんなんて、そんな俺の善意の言葉なんて軽く一蹴。 ああ。どうしよう。 俺は今、人生最大のピンチの淵に立っていた。 家出。 蒸発。 駆け落ち。 とりあえず、今すぐこの場所から消えてしまえるならなんでもいい。いっそ拉致でもなんでもしてくれ、とすら思う。 タイムスリップでもいい。某青色の耳の無い猫型ロボットを探せばどっかに転がっているだろうか。ドラ焼きでも放り投げれば寄ってくるんだろうか。 そんな非現実的なことを冷静に考えてしまうほど、今の俺は切羽詰っていた。 高校の卒業式を明日に控えて、学生生活最後の感傷に浸る余裕すらないほどに、背中には全くもって爽やかとは言いがたい汗が滲んでいる。 先ほどから目の前にしている小さな不動産屋さんの扉には、何枚も同じような紙が貼られていて、そこには一様に、写真と値段がズラリ。 (月、8万…。) 小遣い5000円の俺には、ゼロが一つ多い金額にふらりとする。 むしろ今月はちょっと金欠だったから、今財布の中には残り野口さんが一人静かに寂しそうに居座ってるだけだったり。 勿論、さすがの俺も、1000円で部屋が借りられるとは思っていない。 むしろ、漫喫ですら一晩も入れないような予算だということも重々承知だ。 けど、本当に、本当に俺は困っている。 こんなことなら、宝くじの一枚でも買っておくんだった。 もしかしたら、万に一つでも当たって大金が手に入ったかもしれないのに。そしたら、どこへだって好きなところへ逃げられたのに。 あのクソばばあの手の届かないところに。 …そんなところ、この日本にあるのかどうか知らねぇけど。 明日は、高校の卒業式。 そしてそれは、俺の自由の期限が切れる日でも、あった。 何でもいい、本当に、誰でもいいから。 「誰か500円あげるから、俺と結婚してくんねーかな…。」 不動産広告を相手に人生初のプロポーズ。 しかもちょっと全財産ケチった。(だって全部あげたら俺残り半月以上どうやって過ごすんだよ。) 聞いてくれるのは無機質な紙切れたちだけだった。 が。 「…してもいいぜ?結婚。」 紙切れから声が掛かった。 …いや、違う。正確には俺の隣から。 「う、え!?」 いつの間に人がいたのか、俺の隣で、俺と同じように不動産広告を見つめていた一人の男が、同じく広告相手にプロポーズのお返事。 驚いて横を振り向けば、そこには見たこともないくらい美形の男が立っていて、あんぐりと口を開けたまま俺は固まった。 最近マジで賃貸もたけーよなぁ…、なんて悠然と呟く男は、俺の方をゆっくりと振り向いて、その綺麗な顔に、漫画の王子様顔負けな笑顔を浮かべた。 「…どうした?結婚して欲しいんじゃなかったわけ?」 その顔を驚きと衝撃と、なんかいろいろ入り交ざった感情のまま見つめていたら、男は言った。 どうやら、さっきのは俺の聞き間違いでも幻聴でもなかったみたいだ。 パクパクと、口から声じゃなくて息だけが出た。 「しねぇの?結婚。」 更に、追い討ち。 段々明度を落としていく茜色をバックに、俺はポツリと小さく呟いた。 「お、お願いしやす…。」 沢村栄純18歳。男。 婚約者(男)が出来ました。 |