迎愛申し上げます。 |
*大学4年生 小さい頃からの決まりごと。 その1:大晦日は必ず家族で過ごすこと。(これは、うちのじいちゃんが決めた。) その2:年を明けたら必ず一也の家に挨拶に行くこと。 その3:そのまま、うちと一也の家全員で揃って初詣に行くこと。 これはずっと、当たり前のように何があっても変わらないことだった。 ずっとそうだったから、それが自然と当然のようになっていて、お互いの中で何一つ疑問に思うこともなく続けられていた行事。だからこれから先もそうなんだろうって、なんとなく思っていたけれど。 でも。 「なぁ、栄純。」 「んあー?」 「今年、年末どうする?」 「どうする、って…、…ああ、まぁいつも通り、27日ぐらいから変えればいいんじゃね…、」 「違ぇし、そうじゃなくて。」 「…?」 俺が首を傾げると、一度視線をチラリと明後日の方向にやったあと一也が呟いた。 「…今年は二人で、ここで年越し、しねぇ?」 そんなことを言いだした時、何だか心の中を何とも言えない感覚がせり上がってくるのを感じた。 (あぁ、そうか…。) もう、いつまでも子供じゃないんだ。 俺も、一也も、俺と一也も。変わっていくんだ。変わったんだ。 そんな当たり前のことに、今更ながらに気付いた。 そんな当たり前のことが、当たり前じゃないことに気付いた。 それは、帰る家が一緒になって4回目の、狭い独り暮らし用のコタツに二人で納まるようになる季節のこと。 パタン。少しだけ大きめに硬い音を響かせて、携帯を閉じた。 すると、ソファで雑誌を広げてた一也が、首だけをこちらに向けて問いかける。 「なんだって?」 気の無い素振りで問いかけてくるものの、その様子はいつもよりどこか落ち着きが無い。 俺も俺で、問われたストレートな言葉に、苦笑を一つ。 「“どうして”?だって。」 「…まぁ、そうだろうな。」 「なんかあったの?って言われて、すっげー困った。」 「…なんて言ったの?」 「こっちで過ごしたいだけだって。まぁ…隠す言葉見つかんなかったし。」 「お前嘘苦手だもんな。」 つーか、聞かれること大体分かるんだから考えてからかけろよ、とため息をつかれて、むっとする。 …だって親と話すシミュレーションなんて、ちょっとあれじゃんか…。 断じても照れたなんて言いたくねぇから、微妙な心境だから、と言っておく俺の名誉のために。 「案の定じいちゃんは後ろで、この非行少年が!!って叫んでたけど。」 笑いながら近づいて肩を竦めると、一也が一つ、困ったように笑う。 その横に腰を下ろせば、少しずれて場所を作ってくれた一也にへらりと笑って、その肩にぽすんと頭を乗っけた。 そんな俺の行動に、まだ時々驚いたように体をビクリとさせる(一緒に暮らし始めてからこの手のスキンシップは増えたはずなのに、だ)一也に、なんだよってケラケラ笑いながらいえば、なんでもないと返って来る拗ねたみたいな声。 それが面白くてたまに不意打ちでこういうことするんだとは、まだ一也には言ってない。 肩口に頭を乗っけて、じんわり温かい部屋の空気に、ほう…と息を履いたら、同じようにぼけっとしていた一也のそれと重なった。…まぁ、一也の方が幾分か重さを含んでたけど。 壁にかけてある時計の、チクタクという規則的な音と、不規則なお互いの呼吸音が混じり合う。 ふと窓の方に目を向けたら、少しだけどんよりした雲が、空いっぱいに広がっていた。雪でも降りそうな天気だなぁ、と思うけど、実際に雪が降ってるところを見たことは、そう、多く無い。だからこれは想像とイメージの話。 「…栄純は、さ…。」 黙り込んでいた一也の唐突な一言が、空気の中に突然落ちてきて、空気に混ざること無く辺りを浮遊した。 「よかった、わけ?」 硬い声は、まるで今の灰色の空がそのままこの部屋に落ちてきたみたいで、俺はその靄をなぎ払うようにもぞりと体を動かして、一也の顔を見上げる。 「何が?」 「正月。…帰らなくて本当に良かったのかと思って。」 「何だよ、今更。」 「まぁ…そうなんだけどさぁ…。」 「誘ったのそっちじゃん。しかも俺もう帰らねーって言ったし。大体、一也だってもう実家に連絡したんだろ?」 歯切れの悪い言葉に、唇を尖らせる。すると、言葉にも表情にも困ったみたいな一也が誤魔化すように顔をそっぽ向けた。 「したけど…。」 俺の家と違って基本的に結構自由な一也の家は、特に聞かれることも無く、わかった、と言われたらしい。なんでそんな簡単に…?って聞いたら、信用度の問題だろ、とか言われたけど、…俺だってもう大学だって4年目になるんだから、そろそろ信用して貰ってもいいと思うんだけど。(そういったら、年じゃねぇんじゃね?とか失礼なこと言われた。) 「だったらもういいじゃん。俺もオッケー貰えたし。今年はここで二人で年越し。決まり!」 「おばさんの年越しそば食えねーぞ?」 「別に。だって一也が作ってくれるし。」 「…お節は流石に作れねーんだけど。」 「よし、宅配ピザで手を打とう。」 ふふん。と勝ち誇ったように鼻で笑ったら、反論できなくなったらしい一也が黙る。 「…それとも、まさか俺と二人だけだと嫌とか?」 くっついた先で、大きく一也が動く。それは無い、と、即答された言葉にちょっとだけ胸を撫でおろした。ここでやっぱり…とか言われたら流石の俺でもちょっと凹むし。 「お前がいいなら、いいけど。」 「だから最初から嫌なんて言ってねーじゃん。どしたんだよ急に。」 「んー?…別に何でもねぇけど、…ちょっと唐突だったかと思って。」 「はぁー?なんで。」 「だって別にさ、実家に帰っても帰んなくても結局お前とは会うわけだし。…だけど正直、ちょっと前から考えてた。」 「んー…?」 「栄純と二人だけで過ごす、年越し。」 指先で、委ねた髪を掬い取られる。くるくると指に絡められて、その感覚がくすぐったくて目を閉じると、ふっと顔に影がかかるのを感じた。 「家族で一緒なのも、いいけど。」 穏やかな声が降って来る。こうして一緒に暮らし始めてから、こうして一也からのスキンシップも妙に増えた。瞼を撫でる指が少しだけゴツゴツしていて、ぎゅっと眉間に皺を寄せる。 俺から近寄ると驚くくせに、こういうことは平気でする。 ヘタレなのか積極的なのかどっちかにして貰わないと困る。俺だって心臓が1つじゃ足りなくなりそうで。いつか。 「お前の一年の最初と最後を、独り占めしてみたかったんだよ。」 …ああほら、やっぱり。 ドクン、と一度大きく跳ねた心臓が、時計の音を掻き消すくらいに煩くなった。 (くそう、むかつく…。) 一也から顔が見えないように上手く移動して、やつあたりよろしく思いっきり頭をぶつけてやったら、抗議の声が上がる。それを綺麗にスルーして、呟いた。 「………相変わらず、ばっかだなぁ、お前。」 俺の毎日なんて、最初と最後どころか、1年365日、お前に独占されてんだよ、って。 分かるだろ。普通分かるだろ。 ……言ってやったら、驚くかな。 そんなことことを考えながら、なんだか微妙な表情を浮かべる一也に笑みだけ返して、もう少しだけ近づいた。 二人で年越ししよう、って言葉で、“いつものこと”が変わった年。 それでも隣に居たのが一也だったから。 感じた胸のざわつきは、多分他の何物でもない。 これから先もきっとお前と一緒にいるんだと改めて実感出来た嬉しさと期待だったんだって、 今なら分かるよ。 (…当日、あけましておめでとうの前に、ぜってぇ驚かしてやる。) そんな小さな俺の悪戯心が一也に吸い取られる二人だけの年越しまで残り3日と9時間のカウントダウンの針が、カチリと確かな音を立てた。 [←] |