少年たちは今日もまた | ナノ

少年たちは今日もまた



*中学2年生


もういいかーい?
…まーだだよー。

もういいかーい?
もういいよー。


響いているのは、なんだ。
子供の遊び声。子供の笑い声。
鬼が、子供を探す声。


…見ーっけ。


ああだれか一人見つかった。俺は隠れないと。見つからないように、誰にも見つからないように、そうっと、そうっと。ずーっと、ずっと。

青い空が真っ赤に染まって、それからすぐに色がなくなって真っ黒になっていく。
抱えた膝には手の痕がついて、固い地面に座ったお尻が痛くなってきた。

(…もう、いーよー。)

何度も何度もそう言うのに、鬼は見つけてくれない。
自分の体すら見えなくなってしまいそうなくらい暗くなった、頃。
音も色も少なくなって、顔を伏せなくても何も見えなくなった、そんな頃。


「…み、つけた…!」


がばっと顔を上げる。
そこには、汗をいっぱいかいて、息を切らしてこっちを見る顔。
その顔が、ほっとしたように緩むのと同時に、視界がぼんやりして見えなくなった。


「ああもうお前って…、…本当仕方ねぇな。」


泣くなよ、と差しのべられた手を取った時、嬉しいのか寂しいのかよく分からない気持ちになった。
泣いてないって言いたかったけど、ポトリと足元に流れた滴を見て、やっと自分が泣いてたことに気づいた。


「帰ろう、栄純。」


…思えば、いつもかくれんぼで俺を見つけられるのは、一也だけだったな。












「あ、れ…?」


ふっ…と、突然意識が自然に覚醒して、顔をあげた先に見えたのは、すでに綺麗にされて何も書いていない黒板。
ぼやっとした頭では一瞬何が起こったのか分からなかったけど、静まり返った教室と、落ち始めてる太陽の色が差し込む窓で、自分が放課後まで寝ていたことを理解した。

(…なんか妙に懐かしい夢見た気がする…。)

机に突っ伏していた体が痛くて、首がちょっとだけ固まってる。固い木の椅子に座っていた尻も痛くて(ああ、夢見た原因はもしかしてこれか?)、一体どれだけ寝てたんだと時計を見たら、HRが終わる時間からもう1時間半くらい経ってた。
なるほど、そりゃ体も痛くなるはずだぜ…。

「…ああ、そっか、今日、練習ねぇから…。」

いつもだったら、HRが終わると同時に教室を飛び出していくんだけど、残念なことに、今日はシニアの練習は休みの日。
監督に用事があるとかで、今日明日と二日休みが出来た。
それを朝から分かってたから、今日はなんだか1日締まらなくて、ずっとぼーっとしてた気がする。その上放課後のこの熟睡。…俺ってマジ野球がねぇと何も出来ねぇのかな。

(そういえば、一也、どうしたんだろ。)

同じシニアのチームに所属してる幼馴染のことをふと考える。
一也とは、学校も同じだけど、クラスは今年は別。

同じとこで練習するんだし家も近いんだから、学校終わっても一緒に帰ればいいんだけど、俺があまりにも早く教室を飛び出すから、最初の頃は一緒に行ってくれてた一也も、最近は「後から行くから先行っといて。」なんて俺に手を振るようになった。(飛び出すのが先生の号令より早い俺と一緒に行くのは無理だって言われた。)
まぁ、チームでレギュラーの一也と違って俺は補欠だから、一也よりもっといっぱい練習しねぇと駄目だし…、なら練習帰りは一緒に帰ろうな!って約束してから、学校の帰り道を一緒に帰ることはない。
だから多分今日も、俺がもう帰ったもんだと思って一也も帰ってるんだろうけど…。

練習が休みだと、よく夕方から河原でキャッチボールをしたりするから、もしかしたら今日も…と思って机の横にかけた鞄の中を漁って、鞄の底敷きのほうに潜り込んでた携帯を取り出した。
すると画面がチカチカと着信かメールがあることを知らせていて、開いてみればやっぱり思った通りの人物の名前と、「いま、どこ?」って一文だけのシンプルなメール。時間を見れば、ちょうど30分くらい前だ。
多分家に帰って俺の家来てみたら、俺がいなかったってとこだろ。…どこ?って書いてあるってことは、もしかして家誰もいねぇのかな。

決してお世辞にも早いとは言えない速度で返信画面をカチカチと開いて、そのまま「学校。」とだけ打ち込んで、パタリと再び頬を机にくっつけて体を机に預けながら、送信ボタンを押した。
すぐに現れた送信完了の文字を確認すればそのまま閉じて、だらりと携帯を持っている手を下してふっと目を閉じた。

一回寝ていたからか、またすぐに睡魔がやってきて、帰んねーと…と思うのに体が動かない。
一也からの返信が来るまで、とゆっくりと再び目を閉じた。


ガラッ


誰かが教室に入ってきた。目を瞑ってるから分かんねぇけど、クラスの誰かかな。
俺が寝てるのなんていつものことだから、きっと誰も起こしてくれねぇんだろ。(だからHRが終わってからも寝続けることになったんだし。)
誰かの足音が近づいてくるのだけが聞こえる。もしかしてこの辺の席のやつなんだろうか。

目を開けてそっちを見ようとする前に、ぴたりと近くで止まった足音。


「…見つけた。」
『…み、つけた…!』


何かがデジャヴするような声に、がばっと顔を上げる。
そこには、呆れたみたいな笑みを浮かべた一也の顔があった。


「一也!?なんで…?メール、今…!」


メールを見たにしては早すぎる。
もしかして気付かないうちに寝てしまってたんだろうかと思ったけど、時計の針は少ししか移動してなかった。


「家行っても誰もいねーからさ。お前もいねーし。もしかして練習ねぇの知らなくて、あっち行ったのかとも思ったんだけど…。」
「じゃあなんで、学校…?」
「んー?…さぁ、なんでだろ?…勘?」
「なんだ、それ…。」


ははっ、と軽く笑う一也を見上げながら、さっきより教室が更に暗くなっていることに気付いた。
俺を見下ろしてる一也が笑いながら手を伸ばして来る。そのまま目元に触られて、寝てたの?と聞かれて頷いたら、寝てたからちょっとくしゃくしゃになってる髪を撫でられた。


「ほんと…仕方ねぇな、お前。」
『ああもうお前って…、…本当仕方ねぇな。』


(あ、また、だ。)


さっきから、夢と現実が時々一瞬だけ重なる。
その感触がなんだかくすぐったくて、ふは、と笑ったら、何笑ってんだよと頭を小突かれた。


「なに?いきなりアホ面全開で笑うなよ。」
「だって…!…なんか夢と一緒だったから。」
「夢?」
「おう。ほら、昔よく近所のやつらとかくれんぼしてたじゃん。」
「ああ、すっげー小さい頃のな。…お前よく」
「その時俺ってなんか妙に隠れるの上手くて、なかなか誰も見つけてくれなくてさー。」
「あー…、そういやお前、いっつもありえねーとこばっか隠れてたっけ。」
「当時の俺は天才だったんだぜ。」
「…、で、なんでそれで笑ってんの?」
「無視かよ。………まぁいいけど。そんでさ、そんときもいっつも一也が俺のこと見つけてくれたじゃん。それとなんか、被った。」


言葉とか、顔とか、状況とか。
そう言ったら納得したのか、一也も頷く。


「つまりあれだな。お前は昔から全然成長してねーってことか。」
「いやいやいや!ちげーし!」
「えー?そういうことだろ。」


ちょっとだけむっとして頭から手を振り払ってやる。
そしたらちょっと馬鹿にするみたいに笑った一也が、小さく肩をすくめた。…なんかむかつくな、このやろう。


「ああもう!…、今日もキャッチボール、するだろ!」
「そうだな。その前にちょっと走るけど。」
「じゃあ俺も!」
「…お願いだから隣走るんだったらタイヤ引いて走んのはやめろよ?」
「え!なんで!」
「なんで、じゃねーし!グラウンドならまだしも、普通に河原走ってると目立つんだっての、あれ!」
「いいじゃん別にー。あれは俺の相棒なんだよ!」
「…ただでさえお前うるせーから目立ってんのに…、…あー…違うトコ走っかな…。」


なんかもう完全に目が覚めたから、大人しく帰ろうと思って体を起して、鞄を取った。
中身はほとんど空だけど帰る用意だけは出来てて、俺は机の中から筆箱だけを取り出してその中に放り込みつつ唇を尖らせる。


「いーだろ、別に!目立ったって。」
「いや全然よくねーし。俺は嫌。」


机から立ち上がってグダグダ雑談をしながら鞄を掴んで椅子をしまって、皺を伸ばすように制服を叩いた後、ずんずんと一也より先に教室のドアに向かえば、その後ろを一也が付いてくる。

すっかり暗くなってきた外はだいぶ夜の色に変っていて、教室のドアに手をかけてから、ふとちらりと後ろの一也に目線を向けた。

(変わんねーのは、俺じゃなくて、俺ら、だろ。)

視線に気付いた一也が小首を傾げるのを見た後、ニッと笑う。



「帰ろうぜ、一也。」
『帰ろう、栄純。』



夢の話をした後だからか、一瞬で何かを思い出したみたいに一也がニヤリと笑った。



「それはちゃんと手ェ繋ぎながら言わなきゃダメなんじゃねーの?」



…学校でんなこと出来るかっつーの。 馬鹿一也!






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