キミの一番好きなもの |
*高校2年生秋 『貴方の一番好きなものはなんですか?』 いつだっただろう。どこで聞いたんだろう。そんなこともう忘れたけど。実際この質問自体俺だって今の今まで普通に全然忘れてたけど、何か知らねぇけど突然頭に浮かんできた。理由は不明。きっかけも不明。ただ、読んでいた漫画から一瞬だけ意識が現実に戻ってきたかと思えば、突如浮かんできた一つの質問。勿論読んでいたのは恋愛漫画なんかじゃなくてただの週刊の少年漫画だし、開いていたページは読者の胸を打つような感情的な場面でもなんでも無い。 だから、本当に突然だ。理由もきっかけもよく分からない。っつーか多分そんなものは存在しない。まぁでも残念ながら俺は思いついたことをついつい何も考えずに口に出してしまう癖がある。だから今回もそうだった。 「なぁ、一也が一番好きなものって何?」 静かだった空間にいきなり発した言葉の唐突さに驚いたのか、横で俺とは違って雑誌を開いていて黙々と目を通していた一也が一瞬目をぱちくりさせた。俺は一回漫画を読み出すと中々戻ってこないから、まさか話しかけられるとは思ってなかったみたいだ。読み終わったの?と声をかけられて、それには小さく首を横に振る。 すると読んでいた雑誌に再び目線を落としながら、そう、と一也が呟いた。 「無視すんなよ。」 「あー?だって俺今これ読んでるし。」 「俺だって漫画読んでた!」 「じゃあもうちょっと大人しく読んどいて。」 「ダメ。俺の質問に一也は答える義務がある。」 「なんで。」 「…幼なじみだから?」 「…、バカがバカっぽい発言すんなよ…更にバカに見えるから。バカ。」 「一言でバカって4回も言うんじゃねぇよ!!」 はいはいって言いながらも結局目線は雑誌のまま。確かに気紛れで聞いた質問だったけど、ここまで完全に放られると気紛れなりに気分が悪い。 なんだ、俺よりその雑誌が大事なのかこのやろう、一也の癖に生意気! 「なー…一也ってば!」 「んだよ。」 「だから!一也の一番好きなもんって何?」 「…またそれですか。」 「だって答え聞いてない。」 「お前変なとこでしつこいんだよなぁ…。」 「変なところってなんだよ!俺は真面目に聞いてんの!」 「どうせなんか突然思いついて深い意味もなく口に出しただけのくせに。」 うお、バレてら。 あからさまに深い長い溜息をつきながら一也が雑誌をペラリと捲る。図星をさされて黙り込む俺に、やっぱりって声が聞こえてそれからまた沈黙が落ちた。 昔から二人で一緒にいても別々のことしてることも多いから(実は野球以外のことに関しては趣味とかそこまで合うわけじゃない。実際。)黙ってるのも慣れっこだし、そういう空間を嫌だとは思ったことないけど、今はなんか無性にそわそわした。 (なんだよ、俺には言いたくないってことかよ?) ムカムカ、ムカムカ。 答えてくれない一也に、胸がてんぷら食べ過ぎた後みたいな感じになった。むかむかする?うん、そんな感じ。 なんか漫画の続きを読む気もなくなって(結構気になる途中展開だったような気がするんだけど。)部屋の中を落ち着き無くきょろきょろと視線を彷徨わせる。つっても同じ寮に住んでるんだから部屋の作りは当たり前に全く同じだから、特に何もなくてつまらない。一也も完全にスルーすることに決めたのかうんともすんとも言わなくなったし。 もういっそ部屋に戻るか走りにでも行くか、とか考え出した時、もそっと一也が小さく体を動かした。 「…お前落ち着きなさすぎ。」 「うお。気づかれてた。」 「視界の端でそんなにモゾモゾされたら嫌でも目につくっつーの。」 「だって暇だし。」 「漫画は?」 「なんかそんな気分じゃなくなった。」 「じゃあどんな気分なんだよ。」 「んー?わっかんね。」 「はは。なんだそれ。」 視線は別々のところ向いてんのに(一也はまだ懲りずに雑誌を見てる。俺はまだ懲りずに話しかける。)会話が絡み合うのがなんか嬉しい。 なんか嬉しくなってさっきまでのつまんねー気分はどっか行った。だからまた一也が黙ってしまっても今度はさっきみたいに居心地の悪い気分じゃなくて、俺はちょっとだけ鼻歌を歌いながら体を伸ばしてみたり、爪を気にしてみたり天井を見上げてみたり。 「…野球。」 「ん?」 パラパラとページを捲る紙がこすれる音だけが響く中、静かだった一也がいきなり声を出したから、最初何を言ってんのか頭が処理しきれなくて反射的に聞き返した。 「だから、野球。」 「何が?」 「…お前ね、自分で聞いといて何がはねーだろ。」 「…?ああ!さっきのか!」 「そうだよ。バカ。」 「だからナチュラルにバカを連呼すんな!」 しかもこっちすら見ずにバカバカ言いやがって。相手が俺じゃなかったら絶対キレられてんぞバカ一也!まぁ俺は心が優しくて器が大きいから多目にみてやるけどな! 「…でもそっか、野球かー…。」 「腐っても今現在絶賛高校球児なんで。基本的に最優先事項だし。」 「まぁ、休みねーしな。あっても何かしらしてるしな。」 「…お前は違ぇの?」 「んーや!俺も野球!」 「だと思った。」 そっか。 あまりにも俺ららしい答えにふはっと笑みが零れた。 なんか全然変わんねぇなぁ。ほんと。小さい頃から二人ともただの野球バカ。 …同じ野球バカだったはずなのに、殆どの時間を一緒に過ごしてきたはずなのに、なんでこんなに学力に差が出たのかは未だ不明だけども。 「じゃあさ、二番目は?」 思いつきで聞いた言葉には、もう答えは返って来ねぇかもなぁ…なんて考えていたら、それは案外早く返ってきた。 「さぁ?お前じゃね?」 パラリ。 またページを捲る音。 「…おう、俺も二番目は一也が好きだ!」 返ってきた言葉に一瞬ぽかんとしたけど、その後はなんか嬉しくなって、思ったことそのまま口に出して笑ったら、なんか呆れたような笑いが返ってきた。 何で笑われるかわかんなくて、なんだよ、って言いながら唇を尖らせる。 「…なんかその言い方だと、俺浮気相手みてぇな。」 「…ぶ、は!」 「笑うなよ。自分で言っといて。」 「ふっ、…だってさぁ…!」 「いいけど。お前の浮気相手ならヨロコンデー。」 「棒読みかよ。愛が足りねーよ、愛が!」 「お前がバカだからじゃねぇの。」 「関係ねーし!」 おいこらこの会話だけで何回バカバカ言ったよこいつ。 言っとくけど俺はそこまでバカじゃない。…多分。 いっつも隣にいんのが一也で、自然に比較対象がコイツになるから俺がそう見えてしまうだけで、多分俺は中の下…いや、下の上くらいにはいる。…多分。 一通りぎゃあぎゃあ言う俺をなだめたら、再び一也が雑誌をペラリ。…よく集中できんな…コイツ。 (でもそっか、一番が野球で二番が俺で、…んで、俺は一番が野球で二番が一也でー…。) もうこれって相思相愛ってことでいいと思う。うん。 記念にキャッチボールとかするべきだと思う。うん。 …二番目相思相愛ってある意味すげぇと思うよ。長年一緒にいるだけあるっつーか。うん。 (でもさぁ、どっちかっていうと、一番二番っていうより…さ?) 「俺は、さぁ…。」 ポツリと小さく声が漏れる。 「俺はやっぱり、“一也と野球”が一番好きだな!」 それは口に出してみたら思った以上にしっくり来た。 うん、やっぱり一番とか二番とかじゃないと思う。 これって多分、俺の中では一括り。 ペラ、 さっきまで規則正しく聞こえていた雑誌を捲る音が不意に途切れて、一也の方を見れば、断固として向いてくれなかった瞳が俺を真直ぐ見ていた。 なんか驚いたような顔のあと、じっと見られてちょっとそわそわした。 なんだ、一体。俺なんか変なことした? 「な、なに…?」 「…お前って、さ…。」 「おう…。」 「本当、バカだよな…。」 「は、あ!?いきなりなにを言うか!」 「バカ。マジでバカ。あー…バカ相手にすんの心臓に悪いわ…。」 「だーかーらー!なんだよ!意味わかんねぇやつ!!」 本日2回目の深い溜息が一つ。今度はさっきとは比べ物にならないくらい長い。 「日本語はちゃんと使わねぇと、相手に変な誤解を与えることがあるので気をつけましょうね。栄純クン。」 (は?え?何?どういうこと?) 「まぁ、俺だって、“栄純とやる野球”が一番好きだよ。」 にっこりと全力で笑われて意味が分からず開いてみても、結局一也は答えを教えてくれなかった。 [←] |