10:00/引き出しの中 |
*高校2年生秋 気になることって、気づいた時に聞くタイミングを逃すと案外次の瞬間にはもう忘れてしまってたりする。 そんでまた、あるタイミングでひょっこり思い出してみては気になってみたりして。 そういうの繰り返してたら段々どうでもよくなってくるものと、更に気になってくるものの二種類があると思う。だから。 じい。 「あの…。」 じー…。 「…あのですね、朝からとても熱の篭った視線を頂けるのはありがたいのですが、一体俺に何の用でしょうか。沢村さん。」 視線の先の一也が珍しく額に汗を浮かべてる。 そりゃそうだ。 なぜなら俺は今、ただ無言で一也の顔を観察してるから。 誰だって黙って突然何分も顔を見られ続けたらこんな反応くらいする。…と思う。 でも一也のその言葉は完全にどっかに放り投げて、それでも一也をまっすぐ見続ける。 身長の関係上ちょっと見上げねぇといけねーのが辛いけど、まぁそれはこの際我慢するとして。 一人分くらいの間を開けたところで黙ってその顔を見上げながら、その顔のパーツ一つ一つをゆっくりと眺めた。 (眉…は、普通?目は…鋭いっていうのか。これ。…鼻はまぁスッとしてんな。うん。あと、口?唇か?…普通な気もするけど…。) ツンツンと今日も跳ねた髪に目をやった後、じっと上から下を観察するみたいにきょろきょろ瞳を動かして見ていたら、最初こそ大人しくじっとしてた一也も(固まってるともいう)我慢が切れたのか、一歩と惑ったように後ずさったから、逆に俺は一歩一也ににじり寄った。 「ちょ、本気で、何なの、栄純。これ、どういう状況?意味わかんねーんですけど。」 じりっと二人の間は一定の距離が保たれたまま、俺の沈黙と一也の声が入り混じる。 なんか一也がすげぇ珍獣でも見るみてぇな顔してこっち見下ろしてくるからちょっと失敬だ!と思ったけど、とりあえず俺でも今変なことしてんのは俺の方だと思ったから、その辺は気にしないことにした。 俺の行動に一也が困惑することは珍しくねぇけど、今は顔に思いっきり「解放されたい」って書いてあるのが分かって、俺にいっつも顔にすぐ感情が出るのをどうにかしろって説教してる一也に今の顔を見せてやりたい。マジで。 仕方無いから少ししてから見上げるのをやめてやると、あからさまにほっとした顔。 …なんだお前、その反応。そんなに俺に見られんのが恐かったんですか。 「ぶはー…、」 「何なわけ?…俺の顔なんかついてた?」 「おう、目と鼻と口がついてた!」 「え?ギャグ?ここ笑うとこ?」 「まぁそれは冗談だけどな!」 「ああお前、冗談なんて言えたんだ…。」 「え、殴っていい?」 「…あー…降谷どこかな。俺今日1日降谷の調整に専念するわ。」 「ぎゃー!嫌だ嫌だ!俺!俺が投げる!!!」 「じゃあさっきの奇怪な行動の説明しろよ。何、休憩入っていきなり呼び止めたかと思えば、無言で人の顔じろじろ見続けて。」 「んー?確認?っつーか、考え事?」 「人の顔見て…?」 怪訝そうに眉を寄せた一也がこっちをジトリと見てくる。 寄せられた眉、細められた目。不快そうに歪んでる顔のはずなのに、それでも整って見える。…こういうのを、端正?って言うんだろうか。 「“御幸君のことを、一目見たときからかっこいいと思ってました。”」 「…は?」 「…ラブレター。引き出しの中入ってた。」 つらつらと棒読みでそう読み上げると、ちょっとだけぽかんとした後に、漸く思いついたのか一也が、ああ、と呟いた。 明日までに提出だったプリントをするの忘れてて、一也のクラスがもう終わってるって聞いたから、ちょっと借りようと思って練習の前に学校に忍び込んだ。 もちろん勝手に人の机漁るのがダメだってことは充分分かってるけど、まぁあとで言えばいっか、って。だって一也と俺だし。 その時に、ノートの間に挟まってた白い紙。 封筒にも何にも入ってなくて、一瞬プリントかと思って捲ってしまったのがそれだった。 驚いてすぐに元に戻しといたけど(っていうかなんで手紙が封筒に入ってねーんだよ。…一也が読んで入れっぱなしだったのかな…)目に入ってきた一文が妙に頭の中に残ってて。 (一目見たときから、って…つまり、ヒトメボレってことだろ?) カッコイイカッコイイと言われてることはずっと一緒にいれば嫌でも知ってるし、実際整ってる顔だなー…とは俺だって思うけど。そんな一目惚れで告白されるなんて漫画みてぇなことって、本当にあるんだなぁ…なんて思ったり。 だから、観察してみることにした。 「…お前ね、人の引き出し勝手に見るなよ。」 「手紙は…わざとじゃねぇし!偶然だし!」 「いやそこじゃねーよ。まず勝手に漁るなっつってんの。」 「だって!!俺の一世一代のピンチだったんだ…!」 「つかまず多分そのプリントもう持って帰ってるから教室じゃなくて部屋だし。」 「…!だからなかったのか!!」 思いついて走っていく前にやっぱ一回一也に聞いとくべきだった。 無駄足踏んだ…折角練習前に全力疾走したのに。 「…で、なんでその手紙で俺を観察することに繋がるわけ?」 「いやさ、ほら、お前カッコイイとか言われてっけどさぁ…実際何がお前をかっこよくしてんのかと思って!」 「…は?」 「顔についてんのって、目と鼻と口と…あああと眉毛くらいじゃんか。みんな同じモンついてんのになんで一也だけそんな不公平に良く見えんのかって、研究してみてた。」 我ながらすげぇ哲学的なこと考えてるなって感心した。…哲学って何なのかよくわかんねーけど。でもなんか難しいっぽいからそんな感じ! そしたらなんかすっごい脱力したみたいに一也が視線を落として、口だけでバカだ…って呟いたのが分かった。 「んだよ!」 「いや、お前って平和だなと思って。」 「…?何が…?」 「いや、お前っつーか、お前の頭か…。」 「なぁ、なんか馬鹿にしてる?もしかして俺のことバカにしてる?」 「あ……で、結論は?」 「ふお…!?」 「俺がカッコイー理由。見つかった?」 近い距離で微笑まれる。見慣れてるはずの顔なのに、こんなに近いと流石に迫力があって困る。 整った唇が、キザい台詞を吐く。普通ならこんなの鳥肌ものだと思うのに、こいつだと似合ってしまうのが本当どうなんだって思う。世の中不公平だ。こんなのと幼なじみでよくぐれなかった。俺。誰か褒めてくれても絶対バチ当たらないと思うんですけど、どうでしょうか。 (まぁ…目も、鼻も、口も、眉も…、よくわかんねーけど…。) 「俺はさー…。」 「ん。」 「一也のかっこよさ、よくわかんねーや。」 「え?貶されてる?俺。」 あ。そのあからさまにショック受けてる顔ウザイ。 もうなんかあれだから放っとこうかなとか思ったけど(いや、話題振り出したのも変なこと仕出したのも俺の方からだけどさ。)、とりあえずポスっとちょっと高い一也の頭に手を置いて、珍しく練習中に帽子被ってない茶色い髪をぐしゃぐしゃにしてやった。 一瞬反応遅れて一也に振り払われるまでにボサボサにした顔に向かってニィっと笑う。 なんか今日は俺がすげー振り回してる感じ。ちょっと優越感だ。…普段はムカツクくらい隙だねーからな。コイツ。 「俺はとりあえず、一也がどんな顔でもなんでもいいっつーか。」 遠くで集合かける声がした。どうやら休憩が終わるらしい。 また扱かれるんだろうなーなんて思いながらそっちに目をやって、ぐぐっと体を伸ばした。 「一也のかっこよさって、別に顔にあるわけじゃなくね?むっかつくけど。だからその子ちょっと見る目ねーな!俺でも分かるのに。」 ふん、と鼻を鳴らした傍から本格的な集合がかかる。またこれに遅れると監督に睨まれっから、早めに戻んねーとな! 行くぞ一也、って声かけて、またグラウンドに走ってく。 「…御幸先輩、それ、新しいギャグか何かですか?」 …………数十分後、キャッチャーマスクを逆につけたまま降谷につっこまれる一也の姿を、俺は一生忘れないと思った。 [←] |