12:00/ランチメニュー | ナノ

12:00/ランチメニュー


*高校2年生初夏



“一緒に行こうぜ、甲子園!”

球児なら、誰でも一度はその言葉を口にしたことがあるだろうそんな言葉を。
二人で空を見上げながら約束した幼い日を。
お前はまだ覚えてる?それとももう、忘れてしまった?
二人の約束が、皆の目標に変わってしまった日から、何だか凄く…凄く、お前を遠くに感じてたんだ。きっと。ずっと。

だから。






ボールが、ゴウゴウと音を立てて蠢いているように聞こえた。
まるで生きているかのように轟くボールを、大好きな白球を、初めて恐いと感じた。
そのボールが吸い込まれて行く先にいる大好きなヤツから、初めて顔を逸らした。


「なんだ?投げたかったんだろ?どんどん投げ込んで来いよ。」


そんな光景を、見ていたくなくて背を向けた。

…なんだこの、胸をちりちりするみたいな気持ち。気持ち悪い気持ち悪い。気持ち悪い。
何が。
…何が?








「…喧嘩でもしたの?」

ああ目の前の、いつもはどこかぽやんとしてる友人の、なんて鋭いこと。
何とも居たたまれない気持ちになりながらもそれに頷けば、目の前の友人は、はぁ…と小さく溜息をついた。それを誤魔化すように、俺は握っていた500ミリの紙パックのジュースのストローを強く吸い上げた。

いつもと変わらない昼休みが始まったばかりの教室。
クラスメートの喧騒がざわざわと賑やかくBGMを奏でる中、1つの机に向かい合わせにした椅子を引っ掛けて、俺は春っちと弁当を食べていた。(とは言っても二人共朝食は揃って購買パンだ。悲しいかな、寮通いの高校生の昼食なんてそんなもんだ。)
そんな、いつもと変わらない教室の風景。
時折クラスメートが冷やかすように俺の頭をぶってきたり、女子が家庭科で作ったとかいうクッキーを春っちに渡して、真っ赤になった春っちに女子がかわいー!と叫んだり。
そうそんな、いつもと変わらない教室の風景。

ただ一つのことが、いつもと違うだけの、いつもと変わらない教室の風景。

そう、たったひとつのこと。
…ただ一人、いつもだったらいるはずの人間がいないだけの、昼休み。
同じクラスの春っちと俺と、それともう一人。


クラスの違う幼なじみ、御幸一也がいない昼休み。


今日は二人で弁当を食べようと春っちに言えば、女子から貰ったラッピングされた袋を抱えたままポソリと呟くように返ってきたのがさっきの言葉。
あまりに的確に的を射た答えに、自分でも驚くほど体がギクッと震えたのが分かった。自分でも驚いたくらいだから、目の前の聡い春っちは見逃さなかっただろう。
観念したように、ベショリと体を机に預けた。


「喧嘩って…昨日の練習では普通だったよね?」
「おう。」
「ご飯の時も一緒だったもんね。」
「…おう。」
「朝練の時は?」
「今日は会わなかった。…わざと、だけど…。」
「…じゃあ、ご飯食べてから寝るまでの間になんか会ったんだ?」
「…うん。」


「詳しく話、聞かせてくれる?」


にこりと笑った春っちの顔は、いつもみたいにぽやぽやと笑ってる顔だったのに、なんだかちょっとゾクッとするくらい恐くて。誤魔化そうにも、パックジュースがすでに空になってしまった俺は渋々コクリと頷くしか出来なかった。














「それは、栄純君が悪いよ。」
「ううう…!」


耳をぺたりと伏せて項垂れるような様子は、まるで犬みたいだ、と思う。
朝から様子がおかしいおかしいとは薄々思っていたものの、それがはっきりと露呈した昼休みに問い詰めてみれば、まぁなんて分かりやすい喧嘩の理由。


「…ねぇ栄純君。」
「んあ?」
「そんなに気になるの?…降谷君。」


自分が呟いた名前を聞いた瞬間、栄純君の顔が目に見えて不安そうな色に染まった。
いつだってとことん真直ぐで、負けず嫌いで負けん気が強くて…そんな彼にしてはとても珍しい表情で、相変わらず彼のことになると栄純君って本当に表情豊かだなぁ。なんて俺はぼんやりと思った。
そんな俺の思考とは逆に、シリアスな問題にうんうん唸っている栄純君に、俺はまた小さく溜息をつきながら。

俺が高校で二人に出会った時、栄純君と御幸君は既にいつも一緒だった。
聞けば二人は物心つく前から家が隣同士で、ずっと共に野球をしてきたらしい。
捕手の御幸君と、投手の栄純君。
同じシニアのチームに所属して、そのまま一緒に青道にスカウトで入ってきたという二人は確かに普段はとても仲が良いのだけれど、時折喧嘩をすることも実際珍しくない。
だからきっといつもの喧嘩だろうと思っていたんだけど、今回はちょっとだけ事態が深刻そうだった。
なぜなら、いくら二人が喧嘩していても(喧嘩といっても、大抵は栄純君が一人で怒ってるだけっていうのが多い)お昼を共にする昼休みだけは、いつだって御幸君はこの教室に来ていたから。
でも今日は、姿を見せる様子すらない。
どうやら今度の喧嘩は、ちゃんと“喧嘩”らしい。

まぁその二人の原因が、“野球”に関することならば、それもそれで納得出来た。
御幸君も栄純君も、野球に関してはめっぽう我が強いから。


「…アイツ、一也に捕ってもらうためだけに青道に来た、って…。」
「ああ、うん。そうだね。地元では、捕れる人がいなかったって。」
「…年下なのに、背高いし…、球、速いし…。」
「…」
「一也も楽しそうだし。嬉しそうなの、見てて分かるし…。」
「それで?」
「…っそれで…?」


栄純君が、ポツポツと言葉を零す。
俺はその言葉に、アイツと呼ばれた1年生の怪物ルーキーを思い出しながら、今日何度目か分からない溜息をつきつつも先を促す。

1年の怪物こと、降谷暁君。
1年とは思えないほどの剛速球投手で、そのマックスはまだきちんと計測はしていないんだろうけど、そんじょそこらではなかなか見ることが出来ないほどの速さと圧力を持つ期待の新人。
入部数日で1軍入りを監督から許された、青道の新しい大型戦力。
そんな彼が、御幸君に向かって「誰にも打たれるつもりはない」「貴方に取ってもらうために青道に来た」と宣言したのは、まだ記憶に新しかった。

そしてそれを聞いてから、栄純君の様子が少しおかしいのもまた、俺は実はちょっと気づいてた。(御幸君も気づいてたような気がしたんだけどな。ああでもあの人、野球のことになるとちょっと疎いところもあるから、もしかしたら今回は頭に血が上ってて気づいてないかもしれないなぁ。)


「それがなんで、喧嘩の原因になるの?降谷君は貴重なこれからの青道の戦力になるかもしれない人材でしょ。俺達は先輩なんだし、それに御幸君はチームの正捕手なんだから、1年生投手を育てるのは、当たり前のことじゃないの?」
「んなこと、わかってるよ!」
「じゃあなんでそんなに気になるの?」
「気にしてなんか…!」
「ない、なんて言わないよね?」
「うぐ、…。」
「…もしかして、エースが遠のいたって弱気になったりしてるの?」


目の前の栄純君だって、このツワモノ揃いの青道野球部で、伊達に1年間投手として野球をやって来ていない。投手としては体格も細く、球速もそこそこ。そんな、投手としては一見目立たない栄純君だけど、人一倍努力家で負けず嫌いな彼は、3年の先輩や2年の現エース候補の丹波さん(今はもう丹波さんも3年生だけど)と肩を並べて既に青道野球部の大事な戦力だって、皆認めてる。
そんな現状を作ったのは、紛れもない栄純君のハートの強さで。
エースになりたい、そういつも豪語してる彼は、負けん気の強い、真直ぐなハートの持ち主だって思ってたんだけど。
自分から出た予想外に冷たい声に俺もちょっとだけ驚いたけど、それ以上に栄純君から返ってきた返答の早さに更に驚いた。


「それは、ない!」


ガバッと俯いていた顔を上げて、栄純君が俺を見上げて来た。
その目はいつもの、真直ぐな彼のもので、俺はちょっとだけほっとして、椅子の背もたれにゆっくりと体を預けた。


「…だよね。」
「当たり前だ!俺は絶対エースになる!丹波さんにもノリにも降谷にも絶対負けねぇ!」
「うん。それでこそ栄純君だよ。」
「…けど…。」
「うん?」
「アイツ、…一也にとって貰いたくてきた、って…。」
「それはさっきも聞いたけど…。」
「一也に、って言ったんだよ…。」
「はい?」
「青道の正捕手、とかじゃなくて、一也に、って。…それが、なんかすげぇもやもやして、意味わかんなくてぐるぐるしてたのに、それなのに一也昨日、俺が部屋に行ってもいなくて…探してみたら降谷とキャッチボールしてて!俺ともキャッチボールなんて最近してくれないのに、降谷とキャッチボールしてたんだよ!!一也にとって欲しいのは俺だっていっつも言ってんのに!!」
「…はい?」
「だから、降谷とキャッチボールしてたんだよ!!」
「…えっと…。」
「俺だって、…俺だって一也とキャッチボールしたかったのに!マジなんなんだよアイツ!降谷ばっか構いやがって…っ、一也のくせにー!!」
「…あの、栄純君…。」
「なんだよ!」
「…もしかして、もしかしてだよ?」
「だから、何!」
「…自分とはしてくれないのに降谷君とキャッチボールしてた御幸君見て、拗ねただけ…なの?」
「拗ねてんじゃなくて、怒ってんだよ!!」


…ああそっか。この人、…うん、ちょっと、あれだったよね。
御幸君の言葉を借りるなら、うん。あれだ。


「…バカだ…。」


目の前でふんふん唸ってる栄純君は俺の言葉が聞こえなかったみたいで、なんだって!?って叫んでるけど、俺はもう両耳を塞いでしまいたくなった。
さっきまでいろいろ深刻に考えてた数分前の自分が恥ずかしい。


「…あのね、栄純君。」


キミ一応、一軍の投手でしょ。
練習で球数制限されてるでしょ。走るのやめろっていわれてるときもあるでしょ。
降谷君は1年生で、まだ体作りが中心だから、いっつも投球練習させてもらえてないんだよ。
だから御幸君も多分大目に見てるだけで…(まぁ後は多少様子見っていうのもあるんだろうけど)。
ああ…言いたい事はいっぱいあったけど、なんか面倒くさくなってきた。


「栄純君、今すぐ御幸君のところ行ってきなよ。」
「は?」
「じゃないと、そのデザートのプリン、俺が食べちゃうよ。」
「は?ちょ、春っち?」
「…いいの?」
「だ、だだだめだ!」
「じゃあ今すぐダッシュ!」
「お、おお…?」


本当、仕方無い人たちだなぁ。


疑問符をいっぱい浮かべながら、俺に言われたとおりに教室から走りさって行った栄純君を見送った後、俺はある人にメールを送るためにと携帯を取り出した。

すると、チカチカとランプがメールの受信を告げていて、あれ?と思う。
そしてそのメールを開いてみて、自然と漏れるのはやっぱり溜息だった。



『そろそろ栄純の機嫌治すからこっち寄越して。』



差出人は、たった今教室を出て行った彼の相棒。


手早く返信メールを作成して、一言だけ。



『1個貸しだよ。』



送信完了と画面が告げた後、俺はパタムと携帯を閉じた。



「本当、仕方のない人たちだなぁ…。」



今頃二人はどうしているのか、考えるだけでヤボというもの。
というか、面倒だ。




結局あれだ。

夫婦喧嘩は犬も食わない、簡単にいえば結論はそんなものだった。
仕方なく俺は携帯を閉じた後、再び手元にあったパンに一口齧りつく。
いつもと同じ味気ない惣菜パンが、今日は何だか更に味がしない気がするのは、いろいろなことで既にお腹がいっぱいになってしまったからだろうと思った。








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