岡山オフリレー小説 |
「沢村くんって、」 閉店後のすっかり静かになった店内で、ポツリと落とされた言葉にゆっくりと顔を上げる。 照明を軽く落とした室内で、軽く反射した鏡の中、細められた双眸と視線が絡む。 「…なんすか?」 「普段あんなに大雑把なのに、仕事中だけはスゲェ細かいよな、色々と。」 「…そうすか?」 「うん。」 「…そー、すか。」 カシャン、と鏡の前に置いた鋏の擦れる金属音が妙に大きく響いた。 「御幸さんは、外見と態度に似合わず、仕事だけは丁寧ですよね。」 「仕事だけってひどいなー。沢村くん。」 「本当のことを言っただけですよ。」 鏡の中で秀麗な顔を少し歪ませて、笑う。 でもそんな表情も妙に似合っててイケメンはいろいろと得だよなぁ、なんて。ちぇ。 小物の類を取りだす為に鏡から視線を外す。その一瞬前に少し御幸さんの笑顔が変わったような気がした。 あれ…?だけど気にすることはないか、ともう一度鏡に向かい直した。 すると、いつものように憎たらしい御幸さんと目が合った。 ドキリ、心臓が鳴った。 「俺はいつだって仕事に対しては誠実だから。」 「それ以外は不誠実だって認めてるんですね。」 視線をずらした俺に御幸さんは口角をにやりとあげる。 …もしかして俺って地雷踏んだのかな。 「沢村くん、昨日の続きからいこうか。」 練習用のマネキンは2体。御幸さんと俺の分。 まず、御幸さんが流れるような手つきでマネキンの髪をカットしてセットしていく。 無駄の無い動きにいつも見惚れる。 それは憧れたものだから。 「見惚れた?」 「別に。」 「素直じゃないね。じゃあ、次は沢村くん。」 だから、素直に言ってるっつーの。 スマートに戻される鋏を自然に目で追いながら、丁寧にセンスの良さを各所に盛り込んだ練習用マネキンを見やる。 どこから見てもよく分かる。そのレベルの高さ。 数か月先まで予約でいっぱいになってる、いわゆる“カリスマ”美容師の御幸さんに死角はどこにも見当たらない。 (ちぇ…。) 今日二回目の、言葉。 御幸さんに感じるのは、先輩としての憧れと、美容師としての嫉妬。 センスは生まれ持ったものだと誰かが言っていたけれど、それを言うなら、御幸さんは本当にセンスの神様に多くのものを与えられた存在なんだろう。 なんか、大袈裟だけど。 「沢村くん?」 「…!?うあ!はい!すいやせん!」 「考え事?よそ見してると、怪我するよ。」 「う…。」 「…?集中出来ない?やめにする?」 「いえ…っ!」 慌てて首を左右に振りながら、どこか心配そうに陰る御幸さんの顔を見た。 あぶねー…っつか、今一応仕事中だし。何考えてんの、俺。 気付けば、仕事の関係無いところまで浸食する目の前の男の姿を振り切ろうという意味も含めて、ぷるぷると首を勢いよく振った。 出された課題は、俺にでも出来ることだけど。でも、鋏を握ってからの時間。全ての面で勝てない男に対して今、この場で悔しくて仕方の無い瞬間だ。 「沢村くん、サイド切り過ぎ。アシメになってない。バランスが崩れてる。」 ぽんぽんと飛んでくる指示の的確さは俺が彼付きのアシスタントとして働き始めた時から変わらない。 そして、練習の時の彼は普段の軽いイメージは無くなり、真剣になる姿に怖さを感じると同時に尊敬を覚える。 「はい。」 「うーん、これはもう少しサイドを揃えて。」 「はい。」 御幸さんは俺の手順を厳しく見ていて心が休まらない。 それでも、なんとかし上げて御幸さんを見ると、御幸さんは小さく笑った。これは不合格。 「30点。やり直し。」 それは、もう一度やれってことだ。 視線がささる。肌の上をなぞる。時に指先に絡んで、爪先を弾く。 シャキンシャキンと音を鳴らす鋏にも、パラパラと落ちるマネキンの髪にも、整えられていくスタイルにも、無言故の雄弁な御幸さんの視線が舞う。 さっきまでの笑みはなりをひそめて、そこにあるのはただプロの厳しさ。生まれ持ったセンスがあるとしても、そのセンスを生かして実力に結びつけている御幸さんはやはり“本物”だ。 ――その本物を今、俺が一人で独占しているんだ。――― ゾクッ、と体が震えた。 鋏を握る手も震え、乱れた刃先にヒヤリとする。 幸い、おかしなところをカットするには至らなかったが、やはり御幸さんの目はごまかせなかった。 「沢村くん。」 「はい。」 ああ、今度は何点だ?と顔に出ないように努めながらアドバイスを聞き逃すまいと体の向きを変えようとしたら、左手に自分のではない体温が重なった。 (え…!?) 「お客様を前にして不安になっちゃダメ。迷いながら鋏を持たないこと。あとここはもう少し角度を付けるといいよ。これくらいかな。」 「…っ!!」 震えた指先ごと包まれて、手首を少し返される。 気付けば背中にも、首筋にも、熱、が。 体で覚えろというつもりで、直接指導しているだけの御幸さんの存在をまざまざと示すその熱に、体中の力が抜けるように錯覚する。 「なめらかな動きを意識して。この辺りカットして…そう。もうOKだね?」 「…っス。」 サララ、とまた髪が舞い、格段にスタイルのよくなったマネキンが一体。 「うん、合格――ギリギリ。」 「…ありがとうございまし、た。」 「はい、お疲れ。」 ぽん、と左手から離れた手が頭に置かれ、少し身を屈ませた御幸さんが耳元言う。 カッ、と耳が熱くなる。 「片づけ、よろしくね。」 「お疲れ様、でした…。」 閉店後の、そんなに長くない時間。 これが日に日に密度を増しているように思えるのは――――…俺の気のせい、なのかな。 *** 5月28日、5月29日の二日間にわたって行った、岡山オフにて全員でリレー小説した作品です。 本当に楽しい思い出と大切な宝物が沢山なオフになりました。 それにしても、ダイヤ文字書きさんの本気を見ました…!皆凄い…!! 絵は参加者して下さっていた神のひとり、「はこぶね」の絵師様の、かのこ様に書いて頂きました。 皆様本当にありがとうございました! [←] |