sweet merry christmas! |
「沢村と一緒に暮らすんだって?」 久々に会った友人から門口一番にそう言われた言葉に、今まで楽屋の中を物色していた視線を止めた。すると鏡の前に座って何やら髪を整えていたはずの倉持は、その作業を続けたまま鏡越しに御幸を見ながら特に興味もなさそうな声音でそう問いかけて来て、さっきまで出て行けとか言っていたはずなのにどういう心境の変化だ、と眉をひそめる。 しかし当の倉持は、未だ前髪を指先で摘みつつ、視線すら御幸に寄こさない。 放っておけばいいかとも思うけれど、内容が内容だからととりあえず一度息を吐いてから苦笑を洩らした。 「…誰に聞いた?」 「本人。」 問いかけるのが終わるが早いかというくらいの速度で返ってきた返事に、また一つ苦笑しながら肩を竦める。 沢村と同じグループに所属して芸能活動をしているこの男とは、ひょんなことで知り合ってから、半ば悪友というような付き合いだけれど、そういえば沢村と付き合うようになってから、こうしてゆっくり話すこともなかったな、と思う。 今日は昼からの仕事が同じ局ってことを朝聞いてたから、撮影の合間に楽屋に訪ねて来てみたのだけれど、沢村自身はまだ前の撮影が押してるとかで楽屋には戻っておらず、変わりに居たのが倉持だった。 倉持は、入ってきた御幸を見た瞬間にあからさまに嫌そうに顔を歪めて、すぐに帰れと拒絶の意を示したものの、休憩時間ギリギリまで勝手に待つことに決めた御幸の心情をすぐに察したのか(こういうところ、コイツは聡いところがある。)深いため息一つ寄越すだけでそれ以上何かを言って来ることは無かった。 それが突然口を開いたかと思えばそんな質問。 倉持にしては珍しい類の質問で、少しだけ驚いた。御幸と沢村が付き合っていることは、沢村の周りの奴らは結構知っていて(というか沢村くんが分かりやす過ぎる)、青道のメンツやマネージャー…そのあたりまでなら周知の事実なのだけれど、誰もが少々腫れものに触るような扱いで、こういうふうに直接他人から話題に上ったのはもしかしたら初めてかもしれない。 兄貴質な肌を持っているところがある倉持だから、沢村のこともなんだかんだ言って気にいって可愛がっているのだろうなと想像はついて、そして沢村本人も御幸自身も二人とも共通して知っている知り合いというとそう多くは無いから、それまで見越しての質問なのかもしれなかった。いや、でももしかしたらただの気まぐれという可能性もなくは無い。倉持洋一という男は、案外沢村と似通った感覚で生きている部分もあるようなヤツだから。 (まぁ、沢村くんの方が断然可愛いわけだけど。) そう小さく心の中で呟きながら、頬を緩める。 倉持はまだ鏡と睨めっこしているため、それには気付かなかった。 「アイツがそんなこと自分から話すようには思えないんだけどな。」 「ヒャハ、よくお分かりで。」 やっと椅子をくるりと反転させた倉持の目と視線が絡む。その瞳は、面白がっているような色が半分、よく分からない何かがまた、半分。 (値踏みされてる、みてェな?) お前は沢村くんの親か、と突っ込みたくなるけれど、あながち間違ってもいなさそうなのでやめておく。 「直接言われたわけじゃねーけどよ、アイツ分かりやすいから言葉に出るし。まるわかり。仕事に支障出させんなよ。」 「…ご忠告どーも。」 「ホントに分かってんの?」 「分かってるって。…お前は沢村くんの親ですか。」 やめようと思ったのに、つい突っ込んでしまう。 そうすれば、少しだけ倉持の視線が御幸を真っ直ぐ真剣にとらえて、突然のことに御幸も今までふわりと辺りに散らしていた視線を倉持へと集めた。 一瞬だけ訪れる空白の時間と、絡む視線。 先に口を開いたのは、倉持の方だった。(というかもともと御幸の方に何かを言う気はこれっぽっちもなかった。) 「お前さ…。」 うん? 返した言葉が少しだけ軽くて、それに倉持が眉根を寄せたのがはっきり見えた。 笑みを浮かべているつもりはないけれど、普段の表情が表情なだけに、案外おかしな顔をしているのかもしれないなと思って、倉持の後ろにある鏡からは敢えて視線を外す。 なんだよ、そう呟いたら、ほんの少し言いづらそうにしぶっていた倉持が、ギッと椅子の背もたれに体を預けた音が小さく鳴った。 「…なんで沢村?」 何が、とは聞かなかった。 「なんでそんなこと?」 「質問に質問で返すなってぇの。」 「えー。」 へらへらすんな、と倉持の怒声が飛ぶ。 女子高生じゃあるまいし、恋バナに鼻を咲かせる年でもないからとはぐらかそうとしてみれば、それに気付いた倉持が、誤魔化すなと視線で告げて来た。(ああやっぱりこういうところ、聡いんだよなぁ。コイツ。) 同い年ということもあって、つるむことも多いけれど、こういう妙な聡さにはいつもドキリとさせられる。 もちろんそんなものを安易に顔に出すほど御幸もまた子供ではないのだけれど。 「だって、どうして、って言われても。」 「…アイツは、ガキだぞ。」 「知ってるよ。…可愛いよな。真っ直ぐで純粋で…見てて、面白いくらいに、可愛い。」 「…。」 「たまに、面白すぎてどうしてやろうかとも思ったりもするんだけどさ。」 「…お前…っ。」 倉持が一瞬カッとしたように言葉を強める。それを微笑んで交わしながら、今にも食ってかかって来そうな倉持を目で制しながら呟いた。 「…でもそういうとこ、どうしようもなく好きなんだよ。」 だから仕方なくねぇ? 理由なんか無いのだと暗に告げてやれば、湧いた勢いがすぐに沈下した倉持が間抜けな顔をして御幸を見ていた。 けれどその顔がすぐにいつも通りの色に戻って、そのまま再び眉間に深く刻まれる皺。 同時に、先ほどより更に長く尾を引くようなため息が重たく部屋の中にずっしりと落ちたけれど、それでも御幸の顔に浮かんでいるのは倉持とは正反対の穏やかな笑みだけだった。 御幸の返答に色々と察したらしい倉持は、顔を手で覆うようにしながら一度その顔を伏せて、チラリと御幸を見る。 「…本気か。」 「当たり前だろ。じゃなかったら誰が自分の生活スペースに他人なんか入れるかっつーのー。」 「まぁ…確かに…お前だしな…。」 幼いころから芸能界へ身を投じている御幸は、元来必要以上に干渉されることや、自分のテリトリーを侵されることを苦手としている。そのことを知っている倉持からしてみれば、今の御幸はとてつもなく異様で、だからこそそれが何よりも御幸の言葉が真実だと告げていることが誰よりも分かるわけで。 未だあまり釈然としない様子ながらも、反論しなくなった倉持を見て、御幸がまたへらりと表情を緩めた。 「ホント、カワイーよなー。沢村くんって。」 「…お前の好みってあんなのだったわけ?」 「そう。俺のツボ。」 「…お前の歴代の元カノ達に今のお前を見せてやりてェ…。」 「あ。お前、沢村くんに余計なこと言うなよ。」 「ヘイヘイ…。」 はぁ、とまた倉持がため息を一つ。けれど今度は先ほどよりも随分と軽いそれだった。 「…仕事に支障出させんなよ。」 最初に聞いたのと、また同じ言葉。 けれど含まれる意味の濃度に違いに、少しだけ御幸も浮かべていた笑みを控えて、ゆっくりとした速度で首を一つ縦に揺らした。 「言われなくとも。」 ニヤリ。 そう言って口角を緩めることは忘れない。 すると満足したのか、倉持はまた最初と同じようにくるりと御幸に背を向けて、鏡に向き直る。また髪かと問えば、この後撮影があるのだと返ってきた。 時間を確認すると、そろそろ休憩も終わる頃。結局目当ての人物には会えなかったけれど、まぁどうせいつも通り帰れば会えるのだから、と思えば自然と浮足立つ。 こんな小さなことで…と、また目の前の悪友には笑われるかもしれないが、それこそ自分でも不思議なほどに、沢村栄純という存在が絡むと信じられないくらい簡単な人間になるのだ。 そしてそれを、全くもって嫌だと思わない自分が居る。 (思えば俺にとってはそれが、最高のプレゼントなのかもなァ。) けれどそのサンタクロースは、景気がいいことに年中無休。 そしてその恩恵に与ることが出来るのは、自分だけ。 そんなことを考えれば考えるほど、休憩時間の終わりを告げる時計の短針を恨めしく思った。 「ああそうそう、お前もさ。」 既にもう別事へと意識を映している倉持に向かって、一つ思いだしたように声をかける。 すると、あァ?と柄の悪い声を出しながらもう一度視線だけこちらに寄こしてくれた。 「素敵な“マネージャーさん”に、宜しく言っといて?」 まぁ、色々と、さ? その発言に、ガタッと大きな音がして、倉持の座っていた椅子が大きく揺れた。 「メリークリスマス、倉持―。」 ひらりと身を翻して、一度後ろ手に手を振りながら、そのまま部屋を後にする御幸に、 「…何知ってんだよ、アイツ…っ!」 そんな倉持の絞り出すような声は聞こえることは無かった。 「あ、お疲れ様でーす。」 「御幸…?どうした、なんか用か…?」 「いーえ。ちょっと。」 「…?」 「倉持によろしく言っといてくださいね。…クリスさん。」 「倉持?沢村じゃなくて?」 「沢村くんには俺から直接言うんで、大丈夫です。」 「…そうか…?」 「じゃあ、…また。」 幸せな一日を! [←] |