まずは、ロールキャベツから | ナノ

まずは、ロールキャベツから



都内、駅まで徒歩5分の7階建ての賃貸マンションの5階。ちなみに1DK。
そこまで高くもなければ安くもない、けれど俺のバイト代と仕送りからすれば結構無理してる家賃のそのマンションに住んで、そろそろ2年。
大学入学と同時にこっちに引っ越してきて、大学生活にも慣れて、最初は目も回るような都会だった街も住めば都になってきた、そんな頃。

料理は人よりちょっと上(節約生活の賜物だ)、勉強は下の中。
唯一の取り得は人の良い馬鹿なところ。(友人談)

とりあえず、バスは優先座席じゃなくても席は譲る。階段に苦労している高齢の人や妊婦さんがいればそりゃ助ける。それは当たり前だと思ってる。

だから。

家の前に人が倒れてばそりゃ助けるし、なんとかしようと思うのも、普通なんじゃないかと思うんだけど。



「さ、わ、む、ら、くーん。」
「…………また来たか、寄生虫。」
「なんだよ、ひでぇ言い草だなー。」
「…人の家に夕飯集りに来るのは酷いとは言わねぇのか?あ?」
「やだなぁ、沢村くん、口わるーい。」



ドアを開けた瞬間に、そこに経っていた男を見た瞬間、良いことをしても見てる神様なんてどこにもいないんだということを、知る。(まぁそれでも多分これからも俺のモット一日一善のつもりだけども!)


そんな俺の人生の教訓。

良い事をすることは決して幸福に繋がるわけではないということ。
落し物は無暗に拾うべきではない、ということ。


悪い大人かどうかなんて、見た目じゃ絶対分からないということ。












まずは、ロールキャベツから












その男。
御幸一也とか名乗るホストに出会ったのは今から2週間くらい前の話。

(いや、名乗ってねぇな正確には。)

正確に言えば、出会ったと言うより、あれは“拾った”だ。


テスト期間中ってこともあって、友達に扱かれるだけ扱かれて大学の図書館から重たい足を引きずりながら、少しでも躓けば頭から数式が零れ落ちるんじゃないかってくらい何かが蒸発しそうな頭を抱えて歩いた、冷たいマンションのコンクリート。

月も陰っていつもより幾分か暗い廊下に灯る点々とした明かりの下、自分の部屋の方向へ視線を向けると同時に見つけたのは、何かよくわからない黒い塊だった。

その時は、誰かゴミでも捨てたのか…と思って眉を潜めたもんだけど、近づいてみて、すぐにそれがものなんかじゃないことを知る。あまりに驚きに静かな廊下に自分の声を響き渡らせるところだった。

パニックになって頭が真っ白になったけど、黒い塊が、荒い息を漏らす人間で、しかもどう考えても様子がおかしいことに気付いて、次の瞬間には慌てて駆け寄って。
大丈夫ですか、そういって揺さぶった体は尋常じゃないほど熱かった。



そのまま招き入れた突然の来客が、まさかその後の自分を悩ませる華の種だなんて思いもせずに。



















「いい加減にしろよお前!!毎日毎日人の家に夕食集りにきやがって!!」
「沢村くん、夕食早いよなー。出勤前の時間に合わせてくれて俺超助かる。」
「…明日から夕食時間9時にしてやる…。」
「なるほど、それはわざわざ弁当届けに来てくれるってこと?」


愛妻弁当もいいよな、なんてふざけたことをほざきやがるこの無駄に綺麗な男が、その“黒い塊”の正体で。
同時に、この部屋の隣人でも、ある。(これは後々知った。)

何でも、体調が悪くて途中上がったはいいものの、家の前で力尽きてその上朦朧としていて家を間違えた、とのこと。
抱えた時に掠めた無駄に鼻に付く女みたいな匂いと、サラリーマンと言うには妙に着崩したスーツに、「なんかホストみたいなやつだなぁ…」なんてぼんやり思っていたら、本気で御幸はホストだった。すげーな俺の第六感。
仕方なく看病してやって、少し良くなった御幸に事のあらましを伝えると、それはそれは感謝して謝罪してくれたんだけど、も。

問題はそこからだった。



昔話では、確か助けた鶴は恩返しに来てくれるはず。


だけど俺が助けた、某ナンバーワンホスト御幸一也は、あれから俺の家に夕飯を集りにくるようになった。



それも。毎日。
毎日!




「アンタさ…俺のとこなんか来なくてもいくらでも上手いもん食えるだろ!ホストなんだろ!稼いでんだろ!貧乏学生に集んなよ!!」
「えー。材料は毎日次の日の分持ってきてんじゃん。その辺は弁えてるぜ。」
「もっと違うところ弁えて頂けませんか。つーか威張んな!胸張るな!」


キッチンに包丁片手に立ってる俺が今切ってる野菜は確かに昨日御幸が来た時に冷蔵庫に補充してきたものだけど。
「明日は何持ってくればいい?何作る予定?」って聞かれてリクエストしたのは確かに俺だけど。俺だけど!


職業ホストのこの男は、似合わないスーパーの袋両手に提げて俺の家に毎日夕方やってきては、飯だけ食って仕事に行く。

綺麗な顔して、それはもう綺麗な顔をして、でも綺麗なのは顔だけだった。
中身はそれはもう図太く強かで、その上きっと頭もいい。そのせいで今日まで二週間近く俺はこいつの夕食係に勝手に就かされていて。
初めて会った時の風邪でしおらしい様子は全くどこへやら。(そうかこの顔に騙されてんだな、みんな、と妙に気持ちが分かった。)

まぁ…ぶっちゃけ、一人分より二人分の方が作るのは楽だから言うほど苦ではないけど、突然現れたくせにこうも簡単に生活に浸透してしまっている御幸の存在にちょっとだけ戸惑う、俺。



ザクッと思いっきり切断してやったキャベツにくるくると肉を巻き付けて鍋に放りこむ。

その後なぜか知らないうちに持ち込んでる御幸の茶碗にもご飯を盛りつけながら、でもちょっとだけ嫌がらせ兼ねて上をペタペタと固めてやった。


今日のメニューは、ロールキャベツ。
これもまた面倒だから普段あんまり一人じゃやらねぇけど、折角だから、と思って作ることにした。

(つーか折角だからってなんだよ、なんで俺はこう料理頑張ってんですかね!なんでっすかね!!)

よくわからない思考を振り払うように、掴んだ茶碗をガンッと思いっきりリビングに置いてる小さなテーブルに叩きつけた。


「……ほんと、アンタなんて拾うんじゃなかった…。」


背後で鍋がコトコト音を立てるのを聞きながら、小さくため息をひとつ。


「俺は幸運だったけどなー。」
「俺は不運でしかねーし。」


お陰で毎日御幸が来る時間までに夕食作んなきゃいけねぇのに。…まぁ元々、早寝早起きの気があるから、飯は早いほうだったんだけど。

でも実は2回ほど、この二週間で友達からの飲みに行く誘いを断ってたりする。御幸に言えばいいんだろうけど、よく考えたら連絡先なんか知らねぇから、御幸に伝言があるなら家に直接言いに行かないといけない。
が、しかし、職業柄こいつは昼間は大抵寝てる。だから夕飯今日は無理、って伝えるためには夕飯前に一度家に帰らないといけない。そう考えたらなんか面倒で、誘い断って家に帰ってきてる状態。


「…アンタのせいで俺の生活狂いまくりなんだよ…。」
「あ、流石に忙しい時は言ってくれたら来ねーけど。沢村くん学生だもんね。」
「じゃあ毎日忙しい。」
「なるほど、毎日来て欲しい、と。」
「いやがらせか!」
「嘘は駄目だよ。隣にいるんだから大体分かるし。」
「…つーか、連絡先知らねぇんで、言おうにも言えないすけどね…。」


嫌みをたっぷり込めてそう言ってやれば、あぁ、と御幸が思いついたみたいな声を上げて納得したように頷いた。

そのままごそごそと鞄を探ったと思えば、ピッと人差し指と中指の間に一枚の紙切れを挟んで差し出す。…いちいちこういう仕草が様になるからすげぇムカツクんだけどこの人。


「…なにこれ?」
「名刺。仕事用しかねぇからあれだけど。」
「……ああだからこんな無駄にお洒落な字体なんですね、“ミユキ”サン…。」
「一応ね、ホストですから。」


無駄に綺麗な造形が笑みの形に歪む。
初めて会った時は熱に震えていた長い睫毛を目で追いながら、小さく息を吐いた。


「普通ホストって、こう…キラキラした源氏名?とかあるもんなんじゃねーの?そのままなの?」
「ああ、まぁ付けてるやつは付けてるけど。めんどくせーし。」
「…アンタナンバーワンなんだっけ?」
「そうらしーけど?」
「…アンタさ、友達いねぇだろ。つーか仲間内で嫌われてそう。」
「えー。よくお分かりで。」
「認めんのかよ。」
「まぁ、見栄張るとこでもねーし?」
「………俺もホストだったら絶対アンタのこと嫌いだと思う。」
「それは結構悲しいかも。よかった、沢村くんが学生で。」


別に学生だったらあんたのこと好きだって言ってるわけじゃないんですが。
妙にご機嫌に口笛なんて吹かしてる御幸から勢いよく名刺を分捕った。普通の俺の思ってるサラリーマンとかの名刺より更に…でも、ホスト、で想像するよりもシンプルな名刺。
チラリと文字を流し読みすれば、無駄にお洒落な字体で書かれたミユキの文字。
確かにカタカナにしてみれば、源氏名に見えないこともない…のか?


「…ふうん。ミユキ、ねぇ…。」
苗字なんだ。浮かんだのは素朴な疑問。


「まぁ基本的に俺、大事なやつしか名前呼ばせないことにしてんだよね。」


おい、なんで考えてることが分かるんだ、と思って驚いて顔を上げれば、「沢村くんは分かりやす過ぎ、」と笑われる。思わず両手で押さえれば、クスクスと御幸が押し殺したような笑みを漏らした。


「だから沢村くんは、俺のこと一也って呼んでもいいんだよ?」


何が、だから、だ。何が。


「…そこはイコールじゃ結ばれないだろ。」
「結ばれるんだなー。これが。俺と沢村くんみたいにさ。」
「アンタってもしかして頭弱いの?日本語通じねぇの?」
「え?言葉通りに素直にとってくれていいんだけど。」
「…………。」



そう。
しかもまぁ困ったことに、普通に飯をくらいにくるだけじゃないんだ、この男。
いつもこんな、よくわかんねぇことばっか言って無駄に絡んで来る。だから余計にめんどくせぇというか。
さすがホストって感じの…こういう軽い会話に、正直俺は慣れてないわけです。至って普通の学生だし。(合コン?とかも実はあんまり行ったことねぇし。)


「…俺、そういうのキョーミないんで。」
「いいねぇ、健全。若いなぁ。」
「アンタだって結構若いだろ。」
「俺?んー。いくつに見える?」
「………26?とか?」


ホスト。ホストの平均年齢っていくつだ…?


「ハズレ。俺、今年で22。」
「え!2個差!?」
「あ、沢村くん20歳なんだ。じゃあ大学2年生か。」


おお!ばれた。つーかばらした自分から…!

不覚にも勝手に誘導尋問にハマって、悔しくて唇を噛む。顔を合わせて時間が経つ度に不機嫌になっていく俺と、目に見えて楽しそうにする御幸。ぐぬぬ…すっげー不愉快…。こんなんでいいのか、ホスト。…いや、俺女じゃねぇんだけど!


「でもいいな。大学生。一番楽しい時期だろ。」
「まぁ、普通にしてるけど…。」
「はっは、普通上等。沢村くん見てれば何となく分かるし。」
「そうか…?」
「そ。キラキラっつーの?学生の特権だよなー。俺もう随分社会人だし。」
「……あ…アンタは…、ずっとその仕事してんの…?」


なんかいつもより、ほんの少しだけ、本当にほんとうにちょっとだけ声のトーンを落として、御幸が呟いたから、思わず声をかける。
すると、ハッとして上げた視線の先に、真剣そうな深い色に染まった瞳とぶつかった。
ちょっとだけよく分からないまま跳ねた、心臓。


「そ。高校ん時アルバイトしててさ。そのままずるずると?まぁホストは卒業してからやってんだけど。それまでは掃除とか裏方とか。」
「………。」
「あれだよ、俺さ、元々高校の授業料払うのも結構いっぱいいっぱいだったから、生活費稼いでた、っての?そんで、大学行く金なんかねーし、誘われるがまま就職決定。」
「…ずっと居て、嫌になったりしねぇの…?」
「んー?いや、俺基本女も酒もそんな好きじゃねーから、どっちかというといつも嫌だな。」
「じゃあ、なんで…。」
「沢村くんも、大人になればわかるって。」


ぽんぽんと頭を叩かれて、思わず言葉を無くして黙り込む。
あまりにも乗っかる重みがずっしり来た気がして、子供扱いすんなとは振り払えなかった。…本当どこまで本気でどこまで冗談を言ってるのかわかんねぇようなヤツ。だから俺はいつでも振り回されてばっかりだ…。

けど。


「だから、さ。こういう風に年近いヤツと普通に飯食ったりとか家に行ったりとかすんのって、すげぇ久々なわけ。そのせいで、ちょっと浮かれてんのかも。」


…そんなこと言われて無下に出来るほど、だから俺は冷たくなれねー。
その甘さが今のこの事態を引き起こしてるわけだけど、でも。


「だからもうちょっとだけ付き合ってくんねーかなー、とか。…あ、付き合うってそういう意味じゃなくてもいーし。」
「…そういう意味なら付き合う気ありませんけど。」
「はっはっは、厳しいのー。」


そう言って笑う顔が、なんかこう、今まで見た中で一番普通の顔だったから。



「………まぁ…飯くらいなら、一人も二人も変わんねぇし。別に…、」



ぽつん、と呟いたら、頭に乗っていた重みが急に無くなった。
今度こそ、子供扱いすんなって振り払ってやろうと思って顔を上げると、そこにはさっきまでとは違って、口元に変な笑顔を浮かべる御幸の姿。
その瞳は浅く色づき、口元に浮かぶのはどこかからかいの色を含んだ、笑み。

あれ…?なんか、おかしい…。



「……沢村くんって、さ。」



長い足を組み直して、にっこりと笑う御幸の顔があまりにもおかしくて、俺は一歩後ずさった。本能的に。その手の届かない位置まで逃げると、流石に追ってはこなかったものの、ちぇ、なんていう残念そうな声が響いて、御幸が俺に触れていた右手を柔らかく一度開閉させた。



「よく、騙されやすいって言われない?」
「は、」
「だって今の俺の話、どう見ても信じてくれただろ?」
「え…?」
「普通簡単に信じねーじゃん。あんなの。」
「は?え?えぇ?」
「俺が良い人だからよかったけどさ。…世の中には危険な人も多いから、気を付けなよ?」
「え……?ちょ、…?ま、まさかさっきの全部…!!」
「口が上手いのは結構自慢ですが、俺。」


飛ばされたウインクが、体に衝撃を走らせる。
玩具を見つけた子供みたいな目をした御幸の浮かべる表情に、「だまされたっ!」と本能で悟って、全身の毛が泡立った。
沸々、沸々と、底から泡が煮立つような感覚と共にわき上がって来る熱。


「…アンタって、…!!」
「んー?」
「喋ると本当最悪、だっ!!!」


下の階に響きそうなほど大きく地団駄を踏んで、怒りに震える肩をそのままに向き直った先にあったのは、それはもう綺麗に綺麗に笑う、大人の男の顔。




「まあ俺は、ホストですから?」




…なんかもう。

随分と厄介なのを捕まえてしまったことに改めて実感して、俺は後ろの鍋が大きな音を立てて呼びつけるまで、その場で項垂れるしか出来なかった。










***
11411番キリリク、櫻井由梨様に捧げます「ホスト×学生な御沢で沢村が御幸にオチる話」です。
さ、沢村落ち、…た?←聴くな
いやそれよりもまずはじめに、大変遅くなって申し訳ありませんでした…!
あわあわあわ…!!!素敵なリクエスト頂いておいて本当に申し訳なく…!
土下座しても地面が近すぎて償い切れない…!とりあえず空まで高く飛んでからジャンピング土下座致します…!
いやぁ…御幸ってホストきっと天職ですよね。でもきっと女の人嫌いだろうと思います←
書いててそれはもう沢村君がかわいそうでかわいそうで…へへへ…。
とりあえず茶碗と箸持って沢村宅に通い詰めるのは御幸より先に私だと思います(キリッ

沢村が落ちてくれてるかどうか…!落ちるというより完全に振り回されてますよね…沢村ごめんよ…!
でも本当に楽しかったです。
ちなみにホストクラブには他に、真田さんやカロルスとか、あときっと降谷も居ます!←
降谷の指名客は多いんですが、でも接客にちょっと難があって次につながらなそう…。
きっとストレート一本でいい子なんでしょうが!へへ!
(困ったら寝たふりとかしそうだなぁとか思ったり…)


とり、あえ、ず…!
櫻井様に少しでも楽しんで頂ければ光栄に思います。
書き直し等24時間体制で受け付けておりますので、何かありましたらお気軽にお声かけ下さいませ…!

この度は本当にありがとうございました!
素敵な設定で満腹でした!
宜しければまた遊びに来て頂けると嬉しいです。ありがとうございました!
大好きです。



[]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -