愛し蜜時 | ナノ

愛し蜜時



きつい練習の後は、すぐに寝てまた次の日に備えるのが一番いいってことくらい、誰にでもわかる簡単なこと。
自己管理も一流の証、なんて偉そうにもほどがある、けれどやっぱり体が資本なのはスポーツをやる人間にとっては当たり前のことであり、必要十分条件の一つなわけで。

それでも、理性と現実ってのは得てして共存が難しい。
それが思春期と呼ばれる高校生という難しい年代であればなおのこと。


「……はー…。」


吐いた息が暗い夜の空に溶けて、消えて。流れた汗が頬を伝う。
肩から掛けたタオルで首まで伝う汗をぬぐったら、ゆっくりと少しだけ乱れた帽子をいつもの位置に直した。
ナイターの明かりもすっかり消えて、誰もいないグラウンドの間をクールダウン兼ねて少し早目のペースで心臓の鼓動に合わせるように歩いていると、そんな暗闇の中でぽつりと。


「…まさか、なァ…。」


同じくポツリと落ちた呟きと共に向けた視線の先に灯る明かりに、頭の中に浮かんだある考えを、まさかと思いつつも半分確信している自分に苦笑しながら、まるで引き寄せられるようにそちらに向かうのだった。



















「…まさかと思えば、やっぱりか。」


明々と灯った明かりの下、わさっとした黒い髪が明るい室内で動く。


「んあ?」
「んあ、じゃねぇよこのバカ。」


案の定振りかえった顔はいつもの間抜け面で、しかもその格好は“寝る”格好にしてはどうにも不似合いなもので、かいている汗はどう考えても“寝ていた”というには場違いなものだった。
そもそもどうして、完全に動ける格好で一人でこんな真夜中に一人で、さぁこれから投球練習をしようと構えているんだろうか。この馬鹿は。


「自称未来のエースの沢村くんは、どうしてこんな真夜中に一人でこんなところで暢気に夜更かししてるわけ?」


なぁ沢村、と呟きながら近寄って、頭を鷲掴む勢いで撫でてやったら、どう考えても一汗かいたとだということが分かって眉根を寄せた。
練習以外で無茶をするなと言っているはずなのに、こいつはやっぱり日本語が通じないんだろうか。
そんな俺の不機嫌を感じ取ったのか、少しだけばつが悪そうに唇を突き出した沢村が、慌てたように視線を逸らして見るからに動揺したように体を動かした。


「そ、そういうアンタも、人にはオーバーワークオーバーワーク言うくせに、一人で何かやってたっぽいじゃん…。」
「俺はクールダウン兼ねて走ってただけですー。」
「ぐ…、」
「…俺のことはよくてさぁ。なんで今日はボール持ってんの?しかも一人で。ネットといちゃいちゃしやがって。」
「い、いちゃいちゃ…!?」


慌てたようにボールを背中にささっと隠す沢村を目で追う。そんな風に隠したってもうばればれなんだから意味ないっていうのに、必死になる顔は普段だったら、可愛いなぁと思う程度なんだろうけど、生憎今の俺は虫の居所が悪い
慌てる沢村を一瞥して、他に誰もいない広い空間に響き渡るような重い息を吐いた。
それに明らかにビクッと沢村が体を震わせたから、どうやら悪いことをしていたという実感はあるらしく、まぁそれだけでも進歩かと心の中では少々妥協した甘い言葉を判読しながら、ゆっくりと腕を組んだまま無言で沢村を見下ろす。
まるでなんかの動物のようにこちらの態度を窺う沢村の少し低い視線に合わせるように下を向くと、視線がかち合った瞬間に、じわりとその漆黒が頼りなく揺れた。


「な、投げてねぇよ…?」


いつもの元気はどこへやら。
まるで後ろの口から発したみたいな小さな声に、ふうん、と漏れた言葉の予想外の重さに俺も驚いた。


「だから、投げてねぇって、ば…!」
「じゃあ、これから投げるつもりだった?」
「それも、違う!!」


今度はすぐに強く否定の言葉が飛ぶ。
すると、さっきまでおどおどしていた瞳が見開かれて、その瞳に宿る真っ直ぐさは、見慣れた沢村のそれだった。
この反応は少し予想外で(てっきり、「なんだよ、そうだったら悪いのかよ。」とでも返ってくるんじゃないかと思ってた)、小さく首を傾げながら沢村を見る。


「じゃあ、なんでこんなとこにこんな時間に一人でいんの?」
「う、…」
「…言えねぇ理由なわけ。」
「ち、違うけど!!!」
「じゃあ、何。」


しどろもどしているのか、それともはっきりしているのか。
質問によってころころ変わる沢村の態度の色に、トントンと組んだ腕の人差し指で腕を叩けば、居心地悪そうに沢村が視線を揺らした。
その視線の先にあったのは、よく見れば一つの小さなビニール袋。
コンビニのロゴが印刷してあるその白い物体は、ちょこんとベンチの上に寂しく一つ置いてあった。


「…腹、減って…」


ぽつん、ぽつん。
沢村が小さく呟く。


「コンビニ走って行ったら…ここ、明かりついたままで…。」


特に用はなかったけれど、なんだか寝れなくなってしまったし何となく暇つぶししてただけだ、と。(ボールとグラブも拾っただけで別にどうこうしようとは思っていなかったと断固と主張された。)
明かりが着いたまま、なんて、後で報告したら問題になりそうだけれど、それは今はとりあえず目を瞑って。
そんな理由ならさっさといえばいいのに…と呆気ない幕切れに毒気を抜かれて幾分か軽くなったため息をつく。


「だったら先にそう言えよ。」
「う、…」
「…?なんだよ、まだなんかあるわけ?」
「…なんか、さ…。」


ボールを握りしめた手に力が入って、指先が握り慣れたその白い塊にぎゅっと食い込む。
またも歯切れの悪い言葉を左右に散らしながら、それはもう、消え入りそうな小さな声で。


「…御幸がいたら、よかったのに…と、思って。」


やっぱりキャッチボールか何かの話かと思って、本当こりないやつだな…と半ばあきれていると、俺の視線に気づいたのか、すぐに踵を返した沢村が、小走りにベンチに向かう。
ボールとグラブを置いて、そのまま開いた手でそこにあった先ほどのビニール袋を引っ掴むと、持ち手なんて完全に無視して握りしめたそれをぐいっと俺の前に差し出して来た。


「迷って二個買ったけど、部屋に置いといたらぜってぇ倉持先輩に食われるから!」


何が、と思って覗きこんだ袋の中には、コンビニによく打っている種類の違うプリンが二つ。
それと沢村を交互に見返したら、ふいっと視線を顔ごと横に向けて逸らされた。
映るのは、髪に少しだけ隠された真っ赤に染まった耳だけ。


「だから、…御幸がいたらよかったのに、って、それ見て思ってただけだ!」


今度視線をベンチに向ければ、そこにあったのは、先ほどまでのビニール袋の代わりに置かれた、グラブとボール。


(…コイツ、…自分が何言ってんのかわかってんのかな。)


ぜってぇ分かってねぇだろうな。


「お前ね、」
「ほらな!わかっただろ!怒られなくてもいいだろ俺!!」
「いや、今度は違う意味で怒ってる。」
「はあ!?」


意味が分からないと声を上げる沢村の手からひょいっとビニール袋を奪い取る。
それに沢村が反応するよりも早く、ニッと自分でもわかるくらい胡散臭い笑みを浮かべて。



「罰として、さ…。」



空間に染みた“罰”の中身に、沢村の口がぽかんと大きく開いた。















「あのさぁ。」
「んー?」
「…あんたって、こういう趣味?」
「えー。だって男のロマンだろ?」


上から降って来る心地い声に、さっきまでの少しだけいらだっていた感情はもうどこへやら。
少しだけ体を動かしたら、頭の下でごそごそと更に動きを感じた。


「沢村お前…じっとしてろって。」
「…じゃあ、別の大人しい奴に頼んでください。」


……膝枕、なんて。
ごにょごにょと言いにくそうに零す言葉がくすぐったく顔に降ってきて、小さく笑う。


「馬鹿だな。お前にして貰うから意味があるんじゃねぇの。」


そういって真上にある顔に手を伸ばして、そっとその顎に振れれば、擽ったそうに沢村が身を捩った。


「あんたなんて、」


ん?と聞こえた声に視線を持ち上げると、ビニールを片手でごそごそ漁りながら、中のプリンを取りだした沢村が、ベリッと勢いよくその蓋を開くのが見える。スプーンを透明な袋から器用に取り出して、パッケージを開けたプリンの中に突っ込んでから、ほんの少しだけ頭上の沢村と目があった。…が、すぐにそれは逸らされて、俺の視線の先にはプリンの容器の底が映るだけ。


「…他により取り見取りいるだろーに。」
「沢村はここにしかいねぇじゃん。」


間髪いれずに返してやったら、プリンの隙間から見えた顔が怯んだのが見える。
誤魔化すように容器に差したスプーンを持ち上げ、先に乗っかったプリンが、沢村の口に運ばれるのを目で追いつつ小さくほくそ笑む。


「…あっま、」


降ってきた言葉にクスクス笑みを零すものの、返事はおろか、悪態の一つすら何も返って来ない。
変わりに再び容器に戻ったスプーンが、新たな一口を攫っては浮かんでいく。
ぱくり。口に運ばれて、それが沢村の中に消えていった。


「なんかすげぇ、甘い。」


もう一度、さっきと同じような言葉を静かな声で呟く沢村は、平然でも装っているかのように(本人はそう思っているんだろう)ゆっくりとした言葉を喋るけれど、頭が触れた膝が少しだけ落ち着きなさそうにたまに揺れるのを体で感じて、今度は少し息を落として笑った。
プリンをよけたところから、沢村のじとっとした目が俺を捉える。その目に浮かぶ訝しげな色からは目を逸らさず、じっと柔らかい瞳で見つめ返す。


「…何だその変な目。」
「心外だな、熱視線送ってるだけなのに。」
「それが変な目なんだよ。見んなよバーカ。」


不満そうな沢村の声とは対照的な楽しそうな自分の声。
手を伸ばしたのは、ふわりと視線の先に見えた甘いもの。

だってまぁ、とりあえず。
そんな風に拗ねながらスプーンを咥える沢村のガキみたいな表情がどうしようもなく可愛かったので。



「沢村、俺にも一口頂戴。」



そういって、舌が痺れるほどのその甘さにかぷりと噛みついた。










***
8888番キリリク、桜樹様に捧げます「高校生御沢で甘い話」です…!
まずはじめに、初めに、本当に本当に遅くなってしまって申し訳ありませんでした…!!!
年内には完成する予定がなぜかずるずると…気付けば卯さんがこんにちはしていて、自分の駄目さ加減に何回か清水の舞台からスカイハイしかけたのですが、本当に本当に申し訳ありませんでした…!

うう…本当、一回殴って罵って蔑んでやってください…!ああでもそれじゃお仕置きにならない…うう…!←
原作があんな感じなのでなるべく沢村を甘やかす…ということで、単純に甘いもので釣ってみたのですが…あれ?これ甘いもの違いなんじゃ…と途中で何か重要なことに気付いたのですが突っ走ってしまいましたすみませんでした…!
膝枕、栄純の膝枕はむしろ私の方が欲しいです←え
高校生らしく深夜に抜けだしてイチャーっと…でもこれ多分次の日二人とも怒られるパターンですよね(笑)
原作視点を久々に書いたのでなんだかドキドキしました…!
げ、原作の二人って凄く神聖で私なんかが表現できるのかいつもびくびくなのですが…やっぱり御沢の原点は高校生な彼らですよね!
楽しんで書かせて頂きました…!本当楽しかった…高校生…!!ぐっ
そうですよね、ダイヤは野球漫画です(前もどっかでいったこれ…)

長らくのお待たせの上、いつも通りの残念クオリティ加減で本当に申し訳ありませんでした…!
少しでも桜樹様のお暇つぶしにでもなれば光栄です…!
本当に遅くなってすみませんでした…!愛が…愛が溢れすぎて気合いが空回りするとこうなります…!
何かございましたら24時間体制で書き直し等お受けしておりますので、いつでもお申し付けくださいませ…!

それでは、リクエストの方本当にありがとうございました!
またサイトの方にも遊びに来て頂けると嬉しいです…(´∀`*)!
8888番おめでとうございました!大好きです!
リクエストありがとうございました!





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