朝に囁く愛のムツゴト |
自分からは絶対出来ないこと。 (自分から)甘えること。 (自分から)触れること。 (自分から)手を繋ぐこと。 (自分から)キスをすること。 (自分から)同じベッドのアイツに近づくこと。 まるで羽毛にでも包まれたかのようなふわふわとした温かい感覚。 遠くにあった意識が急激に引力を受けて、ゆっくりゆっくりと現実に帰還する。後少しだけとまどろむことを許してくれない目覚めの誘いは、そんな沢村の願いも空しく、程なくして呆気なく訪れた。 (…朝…?) ぼやけた視界の中に映る真っ白な天井に一瞬だけ眩しさを覚えて眉根を寄せ、反射的に右腕を上げて目を覆う。大きな窓にかかるカーテンの隙間から零れて流れてくる光が、薄暗い部屋の中に降り注いで、それはとても綺麗な朝の風景だったのだけれど、まだもう少しだけ眠りの中を揺蕩って居たかった沢村にとっては、少しだけ憎らしさを感じるものだった。 そのまま動かした視線が何度かの瞬きの末捉えたデジタルの数字は、まだ起きる時間の1時間前を差していて、更に何か損をした気分になる。早起きは三文の得だというけれど、休みの日の早起きほど落胆するものはない。どうしてこう休みの日に限ってこうも早く目覚めてしまうのか、その上寝覚めまでいいというのだから、どうにも厄介で。もうひと眠りしようと瞼を合わせてみたものの、ものの数秒で挫折を悟った。 (勿体ねぇなぁ…。) ふう…とため息をつきながら、せめてゴロゴロとすることだけでも許して貰おうじゃないかと、ベッドの住人を決め込むことにして、肩までもう一度布団を引っ張る。…が、くいっと引っ張った布団が想像した以上に自分の傍まで寄って来なくて、不思議に思いながら横を見た。 すると、そこに見えた整った顔、に。 「ぎゃ、…!」 顔、に。 (ち、ちちちち近っ!!!) 思わず漏れた言葉を息ごと口に押し戻すように両手で覆うが早いか、鼓動が反応するのが早かったのか、一瞬で暴れ出す心臓の早鐘がドクンドクンと怖いくらい音を立てて、全身の熱が一気に暴れ出した。 だって。 突き出しそうなくらいに煩い心臓が、あと少しで触れてしまいそうな距離。 動いたらふわりとその前髪が鼻先を擽りそうなくらい、そんな距離に。 (御幸の顔、近ぇし…!!) 同じベッドで寝ている同居人が居たのだから、仕方がない。…と思う。 「…な、なんでこん、な近く…。」 そろりと視線を上げれば、規則的に上下する胸元と浅く呼吸を繰り返す口元が目に入ってきて、また反射的にぱっと顔を逸らした。別に見慣れているし、珍しいものでもないのに、なんだか急に悪いことでもしているような気分になってそわそわする。 さっきの声で起こしてしまったのではないかと、そっと窺ってみるものの、耳を擽る寝息は変わらず規則正しくて、閉じられた瞼にまだ眠りの中にいることを認識して安心した。 まぁ、そういえば、御幸は沢村よりも実はずっと寝起きが悪い。いつもは沢村が大声を上げて布団まではぎ取ってやっても平気な顔で寝てる時もあるくらいなのだから、これくらいで起きるがはずがなかったのだ。 (幸せそうな顔して寝てんじゃんねーよ。) そう寝ている御幸に向かって勝手な文句を一つ心の中で零す。 というよりもそういえば、なんでこんなに近くに彼がいるのか。一緒に暮らし初めて随分経つというのに、沢村はなかなか御幸と布団を共にするということに慣れることが出来なくて、広いダブルベッドの端っこに御幸に背を向けて眠るのが常になっていた。ダブルベッドの半分をそれぞれのテリトリー。いつだってそうやって眠っていたはずなのに。 そしてそれを少しだけ、心苦しく思っていたのも常だったはずなのに。 「寝てると、平気なのになぁ…。」 ふわふわと目の前で揺れる茶色に指で少しだけ触れる。 それは見た目より少しだけチクチクと指に刺さって、少しだけ笑みが漏れた。 規則正しく上下する布団に隠れるその体に思考を巡らせると、ポツリと小さく落ちた呟き。 「手は、…うん、好き、だ。」 いつでも俺を、いろんな意味で受け止めてくれるものだから。 「足…。…うん、まぁ、無ぇと困るしなー。」 野球、出来ねぇし。 「耳も、好き。」 目線をところどころ移しながらそんなことを思う。ただの寝言だ。 まだ朝が早いから。眠りの縁に少しだけ腰掛けてる状況で、足を伸ばしているだけだから。 「口も、」 呟いた言葉が、静かな部屋に混じって消える。 「もちろん、目も。」 普段言えない睦言を、内緒話のように呟く。 「性格は…、」 どうだろう? でもやっぱり好きかな、こんなのでも。 熱を帯びて上がった室温が、甘い甘い砂糖の塊みたいな発言を溶かしていく。 かき混ぜるスプーンなんて無いから、溶け残らないように。少しだけ照れ隠しに布団の中の足をじたばたと動かすと、間違えて御幸の足に膝が当たった。 「い、ってェ…!!!」 「は!?」 「あ、」 あ、起こすかも…と思いながら足をひっこめるより先に、あまりにも大きく上がった驚愕の色を含む悲鳴に驚いたのは、むしろ沢村の方だった。 一瞬でパチリと開いた金茶と完全に目線がかちあった時に見えた、“しまった”という色を沢村の瞳の光彩は一瞬で認識する。 寝起きとは思えないその反応で、確信したのはただ一つ。 「…起きてんな?」 恐る恐る、じわりじわりと低い声で聞いてやったら、再び閉じた瞼を開くことなく小さな声が聞こえた。 「…寝てます。」 「起きてるだろ…?」 「寝てます。」 「ふざけんな馬鹿!」 勢いよく体を起こして、自分がかけていた布団を思いっきり御幸の顔に跳ね返して叫ぶ。うわ、とくぐもった声が聞こえて、完全に布団の下敷きになった御幸がもぞもぞと動くけれど今は顔が見たくなくて、…顔を見られたくなくて、押さえつけた布団が大きく動いてもそれを抑え込む様に必死に腕に力を入れた。いつからだ、叫ぶ言葉にも力がこもる。 けれど、そんな沢村の努力も空しく、器用な御幸は少しすると隙間から顔を覗かせて、しれっとした顔で座る沢村の顔を見上げた。 隠すように俯いた顔が、今は逆に全てを御幸に晒しているなんてことまで、頭が回っていないのだろうから、そういうところも可愛いのだ、なんて思われていることもきっと…いや、絶対気付いていないのだろうと御幸は小さく内心で微笑んだ。 「だってお前があんまり可愛いことばっかしてるから、起きるタイミング逃したんだってー。」 たまには早起きをしてみるものだ、なんて。恥ずかしさに身を震わせるこちらのことなどお構いなしに恥ずかしいことを、掘り返す。こういうところは、やっぱり嫌いかもしれない。 にやにやと浮かぶ笑みはただただムカムカと心をかき乱す。 「…一生眠ってりゃよかったのに」 「ふうん?そしたら沢村の好きな声も聞けなけりゃ、目も瞑ったままだし何もしてやれねぇけどいいの?」 「だーー!!うぜー!!!」 ああ敵わない。 普段だって勝てた試しがないのに、これは酷過ぎる。 「でもほら実際、お前なかなかこっち向いてくんねーしさ、流石の俺もちょっと寂しかったりしたわけですよ、沢村。」 布団の中から伸ばされた手に腕を引かれ、前のめりにその顔を覗きこむ。 冗談を言うときのからかうような顔ではなくて、たまに見せる真剣な顔が浮かぶ表情からは、捕らわれたように視線を外せず、何か言おうと離した上唇と下唇は、カサリと皮が擦れる音がするだけだった。 だから。 嬉しかったのだと言われれば、今度はもう唇を噛むしか、ない。 「なぁ沢村、もうそろそろいいだろ?」 問いかけに含まれる砂糖は飽和した空間には混ざりあわず、ザラリと胸を撫ぜて、落ちる。 …仕方がないから、寝返りのふりをしてその胸元にごろりと勢いよく飛び込んだ。 *** お年玉企画2本目、ゴンゾウ様よりリクエスト頂いた「お布団の中で微睡む感じでラブラブな御沢」です。 まどろんでるのか、これ。ラブラブか、これ。 途中からまた何か一人で迷走しました。くそう…どうしてこうなる…! 二人とも休みの日は布団でウダウダしてたらきっと可愛い。このバカップル!と思いながら久々に甘い話書いて砂糖吐きそうなのは私です。 久々に楽しくふわふわほわほわした御沢が書けた…よう、な…←果てしなく自己満足 少しでも楽しんで頂けたら…光栄です…! では、この度はリクエスト本当にありがとうございました! いつもお世話になってます。そして大好きです!2011年も宜しくお願いします! [←] |