It say. It not say. |
「…疲れたりしないのかなぁ。」 「んあ?」 夕飯の席で、大盛りのご飯の後ろから現れた春っちがポツリと呟いた言葉に顔を上げると、そこにはいつも通りちょっと表情が読み取りにくい春っちと、その隣で更に表情が読み取りにくい降谷の姿。 なにが?、俺が問いかけたら、ちょっと苦笑した春っちが自分の右の頬っぺたをツンツン指先で指さしながら、夕食時の食堂の喧騒にかき消されそうな…だけどしっかりとした声で言った。促されるまま触った頬っぺたにあったご飯粒を指で攫ってペロリと舐める。 「御幸先輩だよ。」 ゴクン。 耳が拾った名前に思わず口の中のものを飲み下して、俺は小さく首を傾げた。 (…御幸?) 降谷の首が寝むそうにコテンって落ちた瞬間、何も無いのにかみ合わせた歯が口の中で小さくカチリと鳴った。 正直に言う。 ………めちゃくちゃ、居心地が悪い。 「…あ、あの…っ!」 「あ?…あれ?君、野球部の1年生…?」 「え、えっと…ハイッ、あの、み、御幸…センパイは…?」 昨晩の夕食から一晩明けた明くる日の昼休み。早めに昼食を終えた俺が向かったのは、あまり足を踏み入れたことがない上級生の教室だった。 用が無ければ行かないような場所だし、今までわざわざ行くような用事も無かったから、よく考えたらこんなところに来るのは初めてかもしれない。 上級生の教室の廊下なんだから、知らない人ばっかりだってのと、周りに居る人全員年上なんだってことに、階段を駆け上がってから気付いて以来、ちょっとだけそわそわしながら目的の教室に向かったはいいものの、はてさて、そこからどうしたらいいのか分からずにドアの前で立ち尽くすこと数分。早くしないと昼休みも終わるんじゃ…?と、自分を奮起させる気持ちと、なんかもう寮でもいいんじゃないかと諦める気持ち半分でウジウジしていれば、突然開いたドアから数人の知らない上級生が出て来た。 これはチャンス、と思って話しかけたはいいけど、…なんでだろう、いい慣れてるはずの名前を知らない人の前で口のするのが妙にこっぱずかしくて、いつもの威勢はどこへやら、少し情けない声が口から飛び出す。(たった一つしか年が変わらないはずなのに、どうして上級生だというだけでこうも雰囲気が違うんだろ…と思う。野球部の先輩とはまた違った威圧感というか、なんというか。…これでも俺だって人並みに緊張とか感じたりすんだぞ。) すると、俺が話しかけた上級生が出て来たばかりの教室の方を振り返って、「誰か御幸の居場所知ってるヤツいるー?」と声をかけた。 その新鮮な様子にドキドキとしていると、中からはいくつかポンポンと返ってくる返答。 当たり前のことだけど、ここに居る人たちは紛れもなく御幸のクラスメートで、御幸のことを知ってて、それだけじゃなくて、毎日御幸と同じ教室で授業を受けてる。そんな当たり前のことを急に自覚して、更にそわそわとした何だか変な焦りにも似た何かを感じて一気に後ろを振り返って走りだしたい気分になる。なんだろう、これ。 そんな気持ちを紛らわせるために視線だけぐるぐると辺りに巡らせたら、そこに映るのは俺がいつも使ってる教室と何ら変わり映えのしない風景だったけど(当たり前だ。同じ校舎なんだし。)、そこに存在する人が違うってだけで空気が何か違う気がした。 「御幸ー?えー?誰か見たぁ?」 「さぁ?アイツ昼休み最近いっつもいねーじゃん。」 (居ない?) 中で交わされている言葉のやり取りの一部が耳に入ってきて、その内容にちょっとだけ驚いた。いや、今までそんな明確に御幸が休憩時間に何をしているかなんて考えたことなんて無かったけど、なんとなく…倉持センパイ辺りとつるんでんのかな…みたいなイメージを勝手に持ってたから。よくよく考えれば、クラスメートに友達だっているんだろうし、俺の知ってる御幸の交友関係なんて野球部が絡む辺りだけのもので、同じ寮で生活しているからから色々知ってる気になってたけど、案外そうでもないのかもしれない。あたりまえだけど。…今日は何か変なことばっかり気付くなー…とちょっとだけ拍子抜けした気持ちになりながら心の中でため息をついた。 捕まらない、って選択肢を用意するのをすっかり忘れていたから、なんか本当…気が抜けた。 「なんかごめん、御幸捕まんねーみたい。」 「あ!いえっ、!それなら全然いいんす…!」 「急ぎの用?何なら誰かに伝える?」 「いえ、っ!急がねぇし、大丈夫…、」 「御幸なら屋上じゃね?多分。」 申し訳なさそうに俺の方を見てくる上級生に、急いでバタバタと身振り手振りで伝える。首を左右に大きく振ったらぐわんぐわん風景が揺れて、もう何だかいろいろと混乱してとりあえずさっさとこの場所を立ち去ろうって気分になってたら、急に背後から声がして、反射的に振りむいた。 見知らぬ風景の中にぽかっと急に色がついたみてぇなよく知った先輩の姿をそこに見つけて、ちょっとだけほっとする。 「倉持、先輩!」 「よぉ、沢村。…珍しいこともあんなァ…。お前がわざわざ御幸訪ねて教室まで来るとか。」 「や…、…まぁ、…ちょっと…。」 「…何そのドモり。告白前の女子かよ。」 「こっ…!?」 なななななななに言うかこの人は! 慌てて倉持先輩を睨んだら、なんか呆れたように肩を竦められた。…だから何だ! …安心した、なんて思ったことをちょっと後悔。 「冗談だっつーの!仮にも投手ならそれくらいポーカーフェイスで交わしてみせろ。」 「仮にもじゃねぇ!」 「タメ口!」 「…っす、!」 ここが人が行きかう廊下じゃなかったら多分思いっきりツイスト決められてた勢いでつっこまれて(いや、倉持先輩なら絶対どこでもやってきそうなもんだけども。今回だけはなぜか回避出来た。珍しい。)思わず反射的に叫んだら、後ろで笑われる気配がしてちょっと…いや相当恥ずかしかったけど、これ以上恥を上塗りする前にとっとと逃げようって頭の方が何よりも先に働いてくれて、ブルブルと小さく肩を震わせつつ先輩を見た。 「屋上、って…。」 「あー…、…なんか最近アイツ時間あると行ってるっぽいから。俺もよく知らねーけどな。」 「…一人、っすか?」 ニヤリ。何だか意地悪く倉持先輩が笑う。 嫌な予感が胸を過るのとほぼ同時に、先輩の声が重なった。 「少なくとも、女連れではねーから安心すれば?」 …やっぱこの人も十分性格悪ぃ…。 そのまま先輩の横を抜けながら問いかけられた「御幸のとこ行くのかよ。」って言葉に、「行かねーっすよ!」って叫び声同然で返しながら来た道をドカドカと走って、けれど来た道とは反対の階段を選択して、そのまま更にスピードを上げた。 少しだけ古びた金属のギィィィって音が、予想以上に大きく響くドアをゆっくりと押して中(いや、外?)を見れば、そこは思ったよりも狭い空間だった。 けど、想像通りの、いわゆるイメージそのままの学校の屋上が広がってて、秋から冬に変わる独特などこか柔らかい太陽の光が上から降っていて、ああそうか、高いところだから空に近いのか…、なんて、そんなことを思う。 ドアの隙間から覗いたら、案外その姿は探す必要もなくすぐに見つかった。だってまっすぐ目の前のフェンスに寄りかかってた茶髪が風でサラサラ流れてたから。 他に人の気配もしなくて、すぐに一人なんだってことは分かったけど、なぜかそこから一歩が踏み出せなかった。 よくよく考えてみたら、明確な用事なんて実は無い。 だからだろうか、なんだか近寄ったらいけない気がする。いっつも遠慮なくズカズカ踏み込んで行く相手のはずなのに、こんな風に感じるのは初めてだった。 思えば、ドアが開くときに結構な音がしたはず。それにも気付かないで一体何をしてるんだろうか。一人で、昼休みで。考えても分からなかった。だって目線の先に広がるのは特に何の変哲もない町並みだ。 御幸、その一言をなかなか声帯が音にしてくれなくて、困る。 「…誰?」 振り向きもしないで、いきなり聞こえた声に驚いた。なんだよ、気付いてたのかよ…? けどその声は、あまり聞いたことが無いくらい固いもので、それに更に驚く。 「何なら出て行きましょうか?」 …どうやら御幸は俺だって分かって声をかけてきたわけじゃない、らしい。 あまり聞かない敬語の発音に背中がちょっと痒くなりながら(まぁ、俺の方が後輩なんだから当たり前なんだけど。)、思ってもみなかったきっかけにそのまま乗っかって、俺は屋上に足を踏み入れた。 「御幸、…センパイ。」 名前を読んだら、今まで見向きもしなかった御幸が勢いよく振りかえった。 「…沢村?」 その顔に珍しくありありと分かりやすく浮かんだ、え?なんで?って言葉に、ちょっとだけ噴き出して笑った。 「倉持先輩からここにいるかも、って聞いて。」 「あー…、そっか、」 「何だよ、来たら駄目だったのかよ…?」 「いや、別に、そういうわけじゃねぇけど。…何?何か用だった?」 「別に…用ってわけじゃねーんだけど!」 「ははっ、ナニソレ。」 ちょっとだけ俺にしては遠慮がちに屋上の地面を踏みしめながら御幸に近寄れば、少しだけ表情を緩めた御幸が再び視線をさっきまでと同じように外にやった。 隣まで行ったけど特に文句も言われなかったし、まぁいいかと思って同じようにフェンスに寄りかかったら、やっぱり見えるのは見慣れた(けどよく考えたらこんなに高いところから見るのは初めてかもしれない。)風景が広がる様子だけだった。 「…御幸はさー。」 「んー。」 「…いっつもそんなだよな。」 「何がー。」 「初めて会った時から、そんなんだ。」 「…。」 「ムカツクし、すっげーむかつくし、むかつくし、球受けてくんねーし、むかつくし。」 「え?何、その一方的な文句の羅列。」 ケラケラと、気にした風も無く御幸が笑う。それにちょっとムッとしながらも、目線を遠くから隣に立ってた御幸に映した。絡まない視線。だけどじっと見てたら眼鏡の奥のアンバーが俺の姿をゆっくり映した。 「…なぁ、元気?」 ポロリと俺の口から出た言葉に、御幸の目の中の俺が更に大きくなった。 「…え?」 「いや、元気、っつーか…なんていうか、!いやはや、なんつーか、その!別に深い意味はないんだけども、…!!」 「…お前は告白に失敗した女子ですか。」 あ、それさっき倉持先輩にも同じようなこと言われやしたぜ。 …おいこら、二人合わせると俺は告白しようとして失敗した女子ってことになるんだけど。なにこれ。 そんなことを考えてたら、俺の顔がムッスリしていることに気付いたのか、御幸が軽く笑って、ごめんごめん、なんて同じく軽い言葉が降ってきた。 「誰かに、なんか言われた?」 「なんで…、」 「まさか沢村の口から俺を心配するような言葉が聞けるとは思わなかったので。」 「…。」 「図星?」 「…む…。」 「図星か。」 図星だけにむかつくけど言い返せない。 「小湊?」 観念して、ガシャンッとフェンスを手で揺らして笑った。 「…あたり。」 「だろーな。…ま、心配しなくても俺は別に全然元気だけど?」 「本当かよ?」 「本当本当。元気なさそうに見える?」 「…別に。」 「だろ?」 確かに、そうだけど。 見てる限りには全然元気そうで、全然心配することなんてなさそうなくらい今日も普通にムカツク御幸だけど、ここに来るまで、「そうか?」と思ってた春っちの言葉が、なんだか今なら妙にしっくり頷ける気がするんだよ。 別に、体調が悪そうだとか、暗そうだとか悩んでそうだとか、そういうんじゃなくて、なんか。 (だってなんでこんなところで一人で居るんだよ、…あんた。) 何だかかみ合わない俺たちを、空だけが見下ろしてる、そんな中で。 「…なぁ御幸一也。」 「フルネームかよ。」 「…アンタは、御幸一也だろ。」 「…沢村?」 「青道野球部の正捕手で、キャプテンで、くそムカツク似非高校生だけど。」 「…最後のいらねぇよ。」 「だけどアンタは、御幸一也だろ。…そうだろ。」 フェンスの先に手を伸ばしても、掴めるものは何もなかったけど。 それでも伸ばさずにはいられなかった。掴んだものが空気だけでもいい。 そういえば空気みたいなのは隣のこいつも似てるな、なんて思いながら。 「バカだなぁ、沢村。」 何言ってるのかわかんねーよ、そう返ってきた。 だから、アンタの方がバカじゃんって返せば、御幸は小さく笑った。 「届かないもの、追いかけてみようかと思って。いつか届いたら、なんでも出来るんじゃねぇかと思っただけ。…だから屋上に居るだけ。深い意味はねーよ。」 それは、空のこと? それとも、…別のこと? いつだって両手を広げて、いろんなもん受け止めてるアンタが、今度は背中にどれだけのものを背負おうとしてるんだよ。 「…アンタ、さ…、…大丈夫、か?」 さっきと同じような質問。けれど、今度は否定の言葉は返って来なかった。 変わりに、微笑むみたいに目を細めた御幸が俺の頭をぽんと一回撫でて、それからいつもみたいに甘い甘い声で俺の名前と一緒にぽつりと呟いた。 「好きだよ、」 答えになってない「好きだよ」の一言が、助けて、に聞こえたから。 だから俺は隣に居たその俺よりでかい体を抱きしめて、背中に回った手を離すもんかと思った。 空気みたいだと思った御幸の姿は、だけどやっぱり現実で、さっき掴んだ空とは違う、しっかりとした温度があって、ああそうだコイツはちゃんと抱きしめることが出来るんだ。だから、空気とは全然違う。 (…今度は俺が、ちゃんと気付いてやろう。) …気付くきっかけをくれた友達には感謝だけど、今はそれがちょっとだけ悔しいと、引き寄せられた強い腕の中でそんなことを思った。 *** 遊佐様に捧げる、相互記念と誕生日プレゼントのお返しの「弱った御幸を影で支える沢村」な御沢話です…! 久々に書いた原作御沢にドキドキドッキドキ☆しながらの(笑)挑戦だったのですが、影で支える沢村っていうか思いっきり前面に出てきてしまっているのですよこのお馬鹿…! 最初はこう…影で御幸をしっかり支える内助の功的な感じを妄想していたはずなのに、気付けばがっつり思いっきりしかもストレートに御幸に特攻かける沢村が完成しておりました(`;ω;´)おかしい… 時間軸的には、沢村1年御幸2年の秋くらいのつもりなのですが、きっとキャプテンになったら御幸は一人で悩む時間も増えるよね、きっとね、なんて妄想しながら…。 得意の(?)スコアブック見るのもちょっと休憩するくらいいろいろ考えるところがあって自然と足が向かうようになった屋上で、でもこんなんじゃ駄目だよなって屋上断ちしようとした日に沢村が表れて、沢村の存在に救われる御幸がいたらいいなぁ…なんて考えつつ、あとがきで追記してる未熟者です…← 原作寄りな二人を書くときはいろいろと考えたりするのですが、高校時代を上手く思い出せない自分に愕然とします(笑) でも、高校生とか中学生のころは、凄く難しい言葉で諭されたりするより、ただ一緒にいてくれる友達だとか、ふとした人の一言で凄い世界がガラリと変わったりとか、そんなんだった気がするなぁ…という思い出だけはあるので、感覚派の沢村と、知能派の御幸はお互いにいい刺激になって支え合えるんじゃないかと思います。衝突も多そうだけど(笑) そんな御沢ドリームを今日もしっかり夢にみております(`・ω・´)ゞ 遊佐様、生誕小説として素敵なものを頂いてしまい、その上リンクを張って頂けるとの報告に、大変心から歓喜させて頂いたにも関わらず、小説の完成が遅れてしまって申し訳ありませんでした…! 頂いた素敵な御沢の少しでもお返しになれば…いいのですが…!すみません未熟者です精進します…! また原作を一から読み直して出直してきます(。´Д⊂)! それでは遊佐様、この度は本当に本当にありがとうございました! 頂いた御沢は大切に家宝にして飾らせて頂きたいと思います! そしてこれからもどうぞよろしくお願いいたします。 [←] |