だから俺は生まれてまた恋をした | ナノ

だから俺は生まれてまた恋をした



「…お前ってやっぱバカなの?」
「…喧嘩売ってんの?」
「いや、可愛いと思ってんの。」


バカと煙は高いところが好き…なんて言葉はあるけれど、俺は決してバカじゃない。…けれど、今俺がいるところは、下に見える風景が豆粒に見えるほど高い場所で、背もたれた冷たい金属の壁は、チカチカと夜を様々な色で黒い空をその人工的な光で彩る。
そんな、大都会にそびえ立つかの有名な電波塔の天辺付近に器用に背もたれて、ぶらぶらと何をするでもなくぼんやりとした時間を過ごしていたら、大きな羽音と共に聞こえてきた声が鼓膜を震わせると、俺の「はぁ…。」という大きなため息が辺りに響いて、閑散とした夜の闇に消えていった。

あ、と思った次の瞬間には目の前に現れた大きな黒い鳥…否、黒い翼を背中に背負った男の顔に、俺は小さく口元を緩ませた。


「御幸。」


諌めるように名前を呼べば、ペロリと御幸が着ているワインレッドのシャツと同じような真っ赤な舌を出して笑う。
バサッ、と音がして、ふわふわと黒い光が辺りに舞った。


「お前、本当ここ好きな。」
「ん。…それにさぁ、待ってたら多分お前来るじゃん?」
「お。嬉しいこと言ってくれんなー。」
「…探すのが面倒だっただけ、な!」


よく御幸が俺にやるみたいに、両手を広げてニッって笑ってやったら、一瞬驚いたみたいに目を見開いた後、嬉しそうに破顔して、そのまま軽い体重が落ちて来た。
ぎゅう、と抱きついたら、そういえば寒かったんだっけ、なんて今更ながらに感じて笑う。
御幸の温度が移りそうなくらい抱きついたら、頭上で御幸が笑う気配。

静かに流れる時間の中で、そうやってチカチカライトをバックに二人で抱き合っていると、ひゅうっと風だけが間をすり抜けていった。
言葉は無い。再び背中のネオンが色を変えた。
(遠くから見れば綺麗なライトアップ用のネオンも、至近距離で見ればただの眩しい目くらましのような1枚の電光板でしかない。けれど、俺ら二人を隠してくれるにはこれはちょうどいい隠れ蓑だった。まァ元々見えないけど、気持ちの問題。…だから俺はこの場所が好きだ。でも御幸には内緒。)

遥か地上332.6メートル下で、生きてる音がたくさん聞こえてくる。
そんなざわめきの中、口を開いたのは御幸。


「…日が、決まったよ。」


ヒュッ、と息を吸ったら喉を通る間に冷たい気泡になって割れた。


「…いつ?」
「今日。」
「…また、急だなぁ…。」
「ごめん、黙ってた。」
「バーカ、知ってる。」


聞こえた言葉には首を縦に振ってから体を動かして、もっと、と小さく呟いたら零だった距離が更に近づいて、唇に温度を感じるのと同時にマイナスになる。

(このまま溶けてしまえたら、いいのに。)



寒空の下でバサリと再び大きな羽音がして、電光板に隠された空の中、白と黒が混ざりあう音がした。





















人は死んだら天使になると、人間界では言うのだと、誰かに聞いた。

けれど実際は違う。
正しくは、
――人は生まれる前に天使になるんだ。

気まぐれな神様は、気まぐれに人間界に小さく右手の指を振る。
その先には気まぐれな個数だけ卵が産まれて、地面に落ちると同時に俺達みたいな白い羽を持った存在が生まれる。
それで、生まれた瞬間に聞こえるんだ。

『あなたがこれから最初に目にした人間の一番の幸せを叶えなさい。そうすればあなたは人間になることが出来ます。』

そう、これがいわゆる天使の存在意味。
俺は人間として生まれいずるために、人を1つ幸せにしないといけない。
次に聞こえる言葉は、また一つ。

『期限は1年。ただしその間にその人の一番の幸せを叶えられなければ、貴方の存在は消えてなくなってしまいます。』

最近の人間は、“欲望”ってのが多いらしいから、失敗する天使は少ないらしいんだけど。(一番、って名前がつくものが多いんだって。だからどれを叶えても大抵成功する。)
もし出来なければ、人間にもなれないし、天使としての生活も終わり。
結構シュールなんだぜ、いろいろと。
俺達天使は確かに幸せを運ぶ。けれどそれは、自分っていう重たいものを背負いながら。





そして逆に、もうひとつ同じような物語が、ある。

翼が生えているのは天使だけではなくて、それと全く相反する真っ黒の羽を持つ、いわゆる悪魔って存在も存在する。
神様は気まぐれだから、たまに間違えて、右手じゃなくて左手を人間界に向けちまう時があるんだ。
その時、落ちた卵は真っ黒で、そこから生まれるのは黒い羽を持つ悪魔になるんだって。俺はよく知らないけど、そう聞いた。
それで、生まれた瞬間にこう聞こえる。

『あなたがこれから最初に目にした人間を不幸にしなさい。そうすればあなたは変わりに人間になることが出来ます。』

そう、これがいわゆる悪魔の存在意味。
人を不幸にしろなんて馬鹿げてるだろ?でも神様なんてそんなもんなんだぜ。理由は一つ。「仕方がない、生まれてしまったんだから。」…生んだのアンタじゃん、って思うけど。
それで、次に聞こえる言葉は、また一つ。

『期限は1年。ただしその間にその人を不幸にさせなければ、貴方の存在は消えてなくなってしまいます。』

…人間ってさ、不幸だって感じるのは案外簡単なんだって。だから失敗する悪魔も少ない。だから最近は、人間界にどんどんどんどん人が増えて、神様も困り果ててるらしい。「おもしろいことないかな。」そんな。



そんな神様の気まぐれで。

天使の俺と、悪魔の御幸は出会った。





「俺、あんたのこと1つ幸せにしなきゃなんねーの。」
「奇遇だな。俺も、お前のこと1つ不幸にしなきゃなんねぇの。」


そんな、神様の気まぐれ。




























まぁ実際、抱き合ったところから溶けていくわけなんかないんだから、何分たってもただお互いの体温が服に移るだけだ。
俺の着てる真っ黒のシャツは電光板の前だとちょっとだけ目立つ。
バサッと羽音がして、御幸が俺からちょっと離れた。
どうしたんだと見上げれば、近くのビルを指さされる。飛ぶの疲れたからちょっと座ろうぜ、って言われたから、オヤジだなって笑ったら、同い年だろって苦笑い。


「あー…、もうすぐここともお別れかぁ…。早かったなー。ほぼ1年。」
「バーカ。人間になったらこん中で暮らすんだぜ。」
「…ちっげーし。ここまで高いところから見下ろすなんて出来ねぇだろ。」
「登ればいいじゃん。」
「…夢がねぇな、お前。」
「ほんと、バカと沢村は高いところが好きだな。」
「やっぱ喧嘩売ってるだろ。」


ぽんぽん、と頭を叩かれて、唇を尖らせながら下を見た。
チカチカと小さいライトが行き交う。ここ1年、時間だけはあったからいろいろなことを覚えた。あれは車。あれは信号、あれは橋。
…まぁ、どれもどうせもうすぐ全部消えてしまう知識だけど。














俺の使命は決まった。「御幸を一つ幸せにすること。」
御幸の使命も決まった。「俺を不幸にすること。」


通常、使命を持った同士である天使と悪魔がこんなに近くで生まれることなんてない。
例え生まれたとしても、出会う確率なんてほとんどない。
けれどそんな中、俺と御幸は出会った。生まれて初めて目に映す自分以外の“誰か”。
その人は背中に生えた真っ黒な綺麗な羽を纏って、同じくらい綺麗な顔つきで俺に笑った。


その日から、俺と御幸はいつも一緒。
いろんな話をした。二人とも飛べるから、いろんなところに行った。(羽を出してると人間には見えないけど、羽をしまってると人間に見える。羽は本体から抜けると一瞬で消える。これは結構便利だ。あ、お金ってやつが一番困ったけど、アルバイトってやつもちょっとだけやった。)
一緒の家に暮らして、二人でやるいろんな初めて。
御幸は器用ですぐになんでも出来たけど、洗濯畳むのだけは俺の方が上手ったんだぜ。

その間俺はいろんなことをして、何が御幸の「一番の幸せ」なのか一生懸命考えた。
御幸を幸せにしたい。幸せにしたい。
そう考えて考えて、御幸のことばっかり考えてたら、俺はいつの間にか御幸がいないと寂しいって思うようになって、御幸のことを考えるとドキドキして胸が苦しくなることに気付いた。けど、御幸といると楽しい。御幸と一緒に居る時間が嬉しい。
なんだろう、これ。
知らない感情に怖くなって御幸に言ったら、ちょっと驚いた顔して「沢村、それは恋ってやつだな、」って初めて見た時以上に綺麗な顔で笑ってくれた。


恋。
ああそうか、俺は御幸が好きなのか。だからこんなに幸せなのか。
知らない感情の意味が分かって、俺は御幸に抱きついた。


その瞬間に俺の頭の中に響いたのは、大きく劈くような鐘の音。



『おめでとう、貴方は人間になれます。』



生まれたときに聞いて以来の、神様の声だった。

(俺の使命は、御幸を幸せにすること。)

一体何があったんだと驚いて御幸を見上げたら、すごくすごく泣きそうな顔で、「俺も、お前が好きだよ、沢村。」って同じように泣きそうな音が降ってきた。


「幸せにしてくれて、ありがとう。」


聞きたかったはずの言葉が聞こえた瞬間、俺の顔から一粒涙が流れた。

心が裂けて傷がついて、そこから血が流れたんだ。



その瞬間、俺は心の底から不幸だと思って生まれて初めて神様を呪った。





























「沢村はどうして、天使のくせにそんな真っ黒な格好してんの?」


フェンスってやつから足を外に投げ出してぶらぶら揺らしてたら、横の御幸が聞いてきた。


「光り過ぎて消えちゃいそうになるから。」
「ああ…確かに本当に真っ白だもんな、その羽。」
「おう。神々しいだろ?俺の存在のように。」
「…。」
「…そこはつっこむか否定しろよ!」
「最近の俺の流行ワード。“放置プレイ”。」
「ぐおおおお…!」


その羽むしり取ってやろうか。
真っ暗に混じって見えにくい御幸の背中のそれを睨みつけたら、バサバサと挑発するみたいに揺れる。
動いてるものってなんか無性に飛びつきたくなるって言ったら、お前は猫かって笑われた。


「じゃあ、御幸はどうして、悪魔のくせにそんな派手な格好してんの?」


ワインレッドの襟元を掴んで、御幸が首を傾げた後、ニヤリと笑った。


「…暗闇の中でも間違えずに俺を憎めるようにだよ。」
「…なんで?」
「悪魔ってのはそういう存在だから、…不幸にするために生まれてくるなんて馬鹿げてるだろ?」
「…でも俺はお前のこと、憎いなんて思わねぇ、よ…。」
「ん。分かってる。…けどこれは、俺なりのケジメ?」


そういえば御幸は派手目な服が多かったな。って、今更ながらに思った。
趣味かと思ってたけど、意味があったのか。
初めて知ったな。…きっともっと、まだまだ知らないことも多いんだろうな。

…知りたかった、な。



さっきまで座ってた電波塔の光の方を見てたら、後ろからぎゅっとまた抱きしめられた。だから前に回った御幸の手を、俺も握り返してやった。震えてる?寒い?そう聞いたのに、バカだな震えてんのは沢村の方だぜ?って言われたけど、いや絶対これは御幸だろ。


(…空が、明るくなったらさよなら。)


改めて痛感したら心の中で何かがぶわって弾けた。


「何泣きそうな顔してんの?沢村。」
「…泣きそうなのはアンタじゃん…。」
「はっはっは!鏡見てから言え。」
「アンタも、なっ!」


ビルの下では、今日も人間が生きてる。明日も、明後日も、ずっとずっと。
生きる時間がいっぱいあるのが羨ましい。…そりゃ終わりがあるのは変わんねーけど、それが今日じゃないのが羨ましい。
生きる意味を自分で決められるなんて、なんて羨ましい。
俺達みたいな羽が無い変わりに、人間は自分の足で飛べるんだ。なんて、羨ましい。

(無い物ねだり、っていうんだ。こういうの。…俺、ちょっとずつ人間になってんのかな。)


「沢村。」
「ん。」
「…好きだよ。」
「…知ってる。」
「お前も言えよ。」
「なんでだよ。」
「聞きてぇから。」
「…好きだよ。」
「愛してる。」
「…おう。」


短い言葉の応酬。ちょっとだけ赤くなった顔を寒さのせいにして俯いたら、御幸がはっはって笑った。


「…なんで好きの上は愛してるって言うんだろ。」


気付いたら口から出てた言葉に、俺の方がちょっとびっくり。


「そりゃ、好きが二つで愛になるからだろ?」


すぐに返って来た言葉は、なんだかすんなりストンって心の中に落ちて来た。
あ、そっか。…なんて、そんなこと素直に思っちまうくらい。


言葉の代わりに、横に居た御幸の肩に静かに擦り寄った。
ゴーン、って遠くから小さく小さく鐘の音が近づいて来る。


「…時間だな。」
「本当時間通り。…ちょっとくらい遅刻しても許されんのにさー。」
「御幸じゃねぇんだから。」
「それをお前が、言う?」


クスクス、息がかかるくらいの距離でお互い笑いあった。
良かった、これでちゃんと笑う顔、覚えて行ける。



近かった距離がどちらかともなく重なって、俺達は何度も何度も残りのカウントダウン分のキスをした。



「御幸。」



ぷは、と息を吐き出してから、掠れた声で読んだ名前は音になってたかな。



「人間になったら、お前に恋するから、待ってろ!」
「…お前忘れっぽいから心配。」


意地悪に、笑う顔。





うそうそ、嘘だよ。
そう言って、優しく御幸が俺の頭を撫でた。



「お前が好きだよ、沢村。」






だから次に二人の愛が交わったら、どうか愛してると囁いて。




微笑んだ瞬間。

小さく響いた羽音が二つ、世界から消えた。





















「なぁ、礼ちゃん、そいつの球、
俺が受けてもいい?」



















だから俺はまた生まれて
をする















***
4444番、フルーツポンチョ侍さまに捧げます!
天使悪魔な感じで御沢…です…!
ひーなんかもうひー!なんかもうヒャー!!ああああ…!←壊れている
なんだかいろいろとすみません。とりあえず全力で謝ります。
あれです、あれでした。すっごく楽しかったです…!!(どーん!)
いやほら篠崎趣味でオリジナルで小説書いてたりするんですが、そこもファンタジー一色なルンルン趣味に突っ走りサイトなのからもわかるとおり、…ファンタジー大好き人間だったりするわけで…それを久々に思い出しました(笑)
御沢で天使と悪魔…か、書けるかなぁ…!!と心配になりながらも、気まぐれに短編書くのの半分くらいの時間で書けてしまったのはどうしてだい…☆←
本当に楽しかったです。前々から妄想してたのを形に出来て嬉しかった…!

ちなみに、「生まれる前に天使/悪魔になる」ってのは、小学生のころに考えてたお話だったりするんですが、まさか10年越しに御沢で具現化するとは思いませんでした(笑)
ちなみに細かい設定だと、天使さんは人を幸せにしたら人間になれるのだけど、悪魔さんは人を不幸にすればした分だけ、人間になったときにたくさんの“才能”が貰えたりします。
そんで、天使/悪魔期間が長ければ長いほど、人間になってから知識の貯えが速かったり(つまり頭がいいってこと。あれ?沢村?笑)、転生時期はやっぱり神様の気まぐれだったり。
そんな他にも使われなかった不要な無駄設定がいっぱいあったりします(´∀`*)←
天使×一般人とか、悪魔×一般人とか、その逆とか全部美味しいな!って思ったんですが、あえての王道で悪魔×天使な御沢にしてしまいました…!
本当キリリクなのに突っ走ってしまってすみません…!!

フルーツポンチョ侍さまが、天使・悪魔物がお好きだとのことで…ご希望に添えているかとてもとてもドキドキしつつ…!すみませんこんな仕上がりで…!書いてるやつだけ楽しくなってしまってすみません…!

この小説需要あるんだろう、か…!←いつもより栄純を御幸大スキにさせてごまかそうとしてみた子

と、とりあえず、全力で謝りながら、24時間体制で何か御座いました受け付けますので…!
素敵な設定にうはうはしまくりでした。いつか夢魔な御沢も書きたいなぁ…とか…←

それではこの度は本当にありがとうございました!
とっても楽しかったです。とっても美味しかったです。
宜しければまた遊びに来て頂けると嬉しいです…!
素敵なリクエスト、ありがとうございました!





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