B×× End. |
それまでの俺は、笑っている人は楽しいと思っていて、泣いてる人は悲しいと思ってるものだと、ただ単純に思っていた。 「お前って本当、人の気持ちに聡いよな。」 そういいながら、笑うアイツは。 (誰のせいで、そうなったと思ってんだ。あの根性悪め。) …捕手は性格が悪いとよく聞くが、アイツの上を行く人間を俺はまだ知らねぇ。 青道野球部2年生正捕手の御幸一也と、1年のバカ…じゃなかった、沢村栄純はある意味部活公認のカップルだ。 …まぁ、ある意味っつーか、もう普通に。ナチュラルに、極自然に。ウザすぎて周りがちょっかいを出すのすら面倒になるくらいの。 しかもそのカップルの片割れの沢村とは不幸にも部屋が同じだからってこともあって、俺はなんだかんだでいつもこの二人を他のヤツラの数十倍目にするし、時と場合によっては望んでも無ぇのに変なことに巻き込まれたりもする。 そして更に補足するなら、俺には人に言えない大きな秘密が一つある。 別に秘密なんていうほど大層なもんじゃねぇけど、“ソレ”が公になれば、今現在平穏無事な野球部に大雨を降らせるかもしれない。それくらいの大きさの爆弾。 起爆スイッチを握るのは俺。けれどソレを一生使う気がないのもまた、俺。 「沢村ー。ちょっと俺スコアブック見てるから、俺の分のジュース買ってきて。」 「はぁ!?自分で行けよそんなもん!」 「だってお前暇してそうだし、そういうことにしか使い道ねぇじゃん?」 「…見てわかんねぇのか…?俺は今猛烈な勢いと集中力で漫画片手にプリンを食ってる!」 「つまり暇ってことだろ。」 俺の後ろでぎゃあぎゃあ騒ぐ煩い二人組。沢村と御幸は傍から聞いていたら、呆れてしまいそうなくらい相変わらずなことを言い争って喧嘩してやがる。 練習終わり飯も食って風呂も入って、寝るまでの時間を部屋で過ごしていた時間、なぜか俺の部屋に突然やってきた御幸(まぁなぜかなんていいつつも理由は分かってる。どうせ沢村目当てだ。分かってる。分かりやすい。むしろそれしかない。最近もうこれが、いつものこと、になりつつもあるから。)が、俺のゲームに付き合わせてた沢村を勝手に持っていって、手持ち無沙汰になった沢村が御幸の隣で漫画を読み始めたから、俺は仕方なしに一人で格ゲーに専念するハメになったけど、何も言わないでやった。俺は優しい先輩だし、御幸に反論して面倒なことにはなっても、いいことなんて一つもあるわけねぇってのも分かってる利口な人間だから。 何となくそいつらに背を向けてゲームに熱中すること数十分。 いつも、最初の内はいい。ゲームに飽きてきた時が最悪だ。 元々狭い室内。意識が戻れば、こいつ等の会話なんてすぐに聞こえてくる。「倉持先輩に、聞こえるだろ…っ。」って沢村の焦ったような声とか、「いいじゃん、どうせアイツゲームに夢中だから聞こえてねぇよ。」って偉そうな御幸の声とか。 ふざけんな聞こえてんだよこのバカップル、と叫びたくなったまま握ったコントローラーは、ミシリと小さな音を立てた。 ここはホテルでもなければ、二人っきりの専用空間でもない。紛れも無く沢村の部屋ではあるが、同時に俺の部屋でもあって、増子先輩の部屋でもあるのも変えようが無い事実のはず。 なのにどうして、部屋の住人の一人である俺がこんな肩身の狭い思いを感じて我慢しなけりゃならねぇのか。 いっそ二人揃って蹴りだしてやればすっきりする気がする。 (…つーか沢村のバカは放っておくとしても、一番問題なのはその隣にいる邪悪な眼鏡だっつぅの。) 俺がいるのを分かってて沢村を構っては楽しんでいる男は、眼鏡の奥に隠れる瞳を今もきっと生き生きを輝かせていることだろう。 欲望に忠実なソイツは、今も昔も(といってもそこまで昔じゃない。コイツとの付き合いは精々まだここ1年くらいの仲だ)全く変わらない。楽しいことが、何よりも好きな、まるで半分子供みたいな真直ぐさと残酷な心を持ってるのを、俺は知ってる。 起爆スイッチを握ってるのは、俺一人じゃない。正確にはそう、コイツ…御幸だってその当事者だ。 なぜならその“秘密”は、二人の共有事項だから。 (沢村が知ったら、泣くか?) 泣き虫だから、きっと泣くだろう。傷ついた顔をして、ボロボロ顔を歪めて。 俺とコイツが過去にしてたアレコレを知って、泣くんだろうか。 そしてそれを御幸がしてやったりな顔で慰めるんだろうか。…容易に想像できてしまうその状況が、なぜか恨めしい。 その熱を知るのはお前だけじゃないと、沢村に黙ってんだろ?なぁ、御幸。 その温度を知ってるのはお前だけじゃないって、知らないんだろ?なぁ、沢村。 二人の声が、遠くから聞こえてくるみたいだった。 触んな変態、と沢村が叫ぶ。 いいじゃんなんでダメなの、と御幸が不満そうに言う。 続く言葉は簡単に想像できるぜ。「なんでもとにかくダメ!」…顔を真っ赤にしてそういって、それがまた御幸を喜ばせる。 もう何度も見て聞いた光景が繰り返されるのも、そろそろ飽きた。 それと同じくらい、目の前のゲームにも段々飽き飽きしてきた。 だから俺は振り返る。二人の世界?んなもん知ったこっちゃねェよ。 大体ここは、俺の部屋だ。むしろ権力は沢村より俺が上だ。当たり前だろ、上級生なんだから。縦社会だろ。そして御幸に至っては部外者。権利すらねェ。常識だ。 「オイコラ沢村。」 案の定、振り返った時には二人の距離はさっきよりもずっと近かった。 けど、気にせず続けた。 「パシられんなら俺の分のファンタもな。」 「はぁ!?なんで俺が…!」 「あー?何生意気にタメ口で反論してんだよ。沢村の分際で。」 酷い、鬼だ、とキャンキャン子犬みたいに鳴き叫ぶ沢村に、立ち上がって近寄って、その腕をひょいと掴めんで引っ張れば、まだなよっちい小柄な体はすぐに力を加えられたまま簡単に動いて、沢村が声を上げるのより数秒早く、しっかり関節を固めることに成功した。 「ちょ、ちょっと!倉持、先輩っ!」 「…ったく、マジ絞めがいねぇな!お前は!」 「ちょ…っ、もう!暑いっす…!」 地面に押し付けた体がじたばた動く。片腕キメてやってんのに、なんで全然痛がんねぇのかマジ常識ぶっ飛んでんな、コイツの体。 「…しっかたねぇなぁ!行ってくりゃいいんだろ!ああもう!こんな邪悪な先輩二人に絡まれる俺ってすっげー可哀想!」 オイコラ沢村てめぇ、帰って来たら覚えてろよ。 そんな青筋が立ちそうなくらい生意気な捨て言葉を吐いた沢村が、一瞬緩んだ俺の腕から抜け出して走って部屋を出て行く。 ファンタは沢村の奢り決定だな。 沢村が出て行った部屋の中で、残された俺ら二人の間に落ちるのは、一瞬の沈黙。 それからすぐに、クツクツという御幸の忍び笑いが静かな部屋に響いた。 「…なに笑ってんだよ、お前もよ…。」 「いやー?…相変わらず仲いいなぁと思ってさぁ。お前と沢村。」 「仲が良いのはテメェらだろ。…ったく、毎日毎日人の部屋でウゼェくらいイチャイチャしやがって。」 「仕方ねぇじゃん。ラブラブだもーん。」 「…お前が振られたときは、腹壊すくらいしっかり腹抱えて笑ってやっから覚悟しろよ。」 「そんな日は一生来ねぇから安心しろよ。」 「沢村にいつか愛想着かされても知らねェからな。」 「だからそんな日は来ないっての。」 「カァー…どっからそんな自信が沸いて来るんだか。」 「はっはっは!…あんま苛めてやんなよ?あれ苛めていいの、俺だけだから。」 立ってる俺とは反対に御幸は座ったままだから、自然に見下ろす形になって、少しだけにらみつけたら肩をすくめられた。 「なぁ倉持、羨ましい?」 何が、とは御幸は言わない。だから俺も分からないフリをした。 「全然。お前ら見てると暑苦しくて逆にムカツク。」 「…ふうん。」 ああ、俺はコイツのこういうところが嫌いだ。 人の中に土足で踏み込もうとしてきながら、…いっそ踏み込むならそのまま土でも何でもつけたまま上がってきてくれりゃあいいのに、いちいち入り口に、そこだけ不必要なほど丁寧にこっちの伺いを立ててくる。 人の心を弄ぶ、と多分一般的には言うんだろうけど、それを会話の中やってのけるこの目の前の性悪は、本当に性格の根っこの部分がひん曲がってるんだろ。 (マジで性格悪ィの。こんなのの、どこがいいんだか。) 黙っているのもクソ居心地悪ィし、俺は飽きたゲームを再会することに決めて、さっきみたいに御幸に背を向けてゲーム画面と対峙した。 画面に浮かぶ、GAME OVERの文字が妙に憎たらしい。 Continue? Yes? or No? 背中の御幸が、今度は無言で問いかけてくる。痛いほどの視線に、舌打ちしそうになるのを留めた。 羨ましいか、と。 本当はお前が変わりたいんだろう、と。 如実に訴えてくる視線を感じるけれど、それがどうした。 (答えは、Noだ。) Noを選択して、ゲームのスタート画面に戻った。 もう一度最初から。キャラクターを変えて、設定を変えて、今度は違う“ゲーム”をやり直さないと。失敗したゲームを心に引きずるなんて、そんなバカなこと。 「倉持。」 御幸が俺の名前を呼ぶ。ああ?と柄の悪い返事だけ返したら、後ろで御幸が立ち上がる気配がした。 パンパンと音がして、伸びでもしたのか、んー…と、情けない声。 「さて、俺は子犬を迎えに行ってくるとしますか。」 元からそのつもりだったんだろう。 早く行け、そしてもう戻って来んな。 沢村一人なら許してやる。一人だったら充分に八つ当たりだって出来る。(八つ当たり?違う、ただの先輩の愛の鞭。そうあれは躾だ。決して八つ当たりなんてそんなモンじゃねぇよ。) ピコピコと機械音を慣らしながら、御幸の言葉には何も返さなかった。 御幸も御幸で、何も言わない。 ただ静かに、部屋を出ていくような音だけが、する。 「…倉持?」 だからなんだ、人を呼ぶな。早く行け。愛しのバカが待ってんだろ。 まだ、どうして、俺の名前を呼ぶのか。 そう思ったけど、御幸の声が不思議そうな色を孕んでいたから、さすがの俺も今度は反応してやった。 すると、見上げた先には、立ち上がった御幸の不思議そうな顔。 その視線の先に俺も目をやれば、そこにはその服の裾を掴む誰かの手。 誰か。 そう、誰か。 …言っておくけど、この部屋にいるのは今は俺とコイツの二人だけ。 勿論幽霊なんてモンじゃねぇし、沢村が帰ってきたわけでもない。 「何、この手。」 御幸が、笑う。 俺が掴んだその手を見て、楽しそうに、それはもう楽しそうに。 それに驚いたのは、俺自身だ。 いつの間にこの手は、コントローラーを握っていたはずのこの手がどうしてこんなところに? 無意識の行動?そんな馬鹿な。 そしてそれが何を意味するのか、分からないほど俺もコイツもバカではないし、子供でもない。 驚きすぎて離せない。次にすべき行動が、分からない。 なんて、俺らしくない。 「倉持、手ェ離して。」 「…悪ィ。」 「いや、別にいいけど。…案外カワイラシーとこあんのな、お前。」 クスクスと頭上から笑みが降ってきた。 さすがに言い返せなかったけど、とりあえず自然にむかついたから、離すついでに勢い良く叩いておいた。 「ひっでェ。自分から掴んで来といて!」 大袈裟なほどのリアクションでそう言ってから、今度こそ御幸は大人しくドアの方へと向かっていった。俺もまた、画面に逆戻り。 スタート画面が何度も何度も同じ音をリピートして流れていた。一向にスタートしない。まぁそれは俺が、その先へと続くボタンを押していないんだから当たり前で。 早く行け、そしてもう戻って来んな。 …今日二回目の言葉を、背中から吐き捨てた。すると、再び御幸の声で俺の名前が聞こえた。 「俺、沢村のトコ、行くから。」 それだけ言って、パタリとドアが閉まる。 (んなこと、言われなくても分かってるっつーの。) 更に静かなった部屋の中に、一人残される、俺。 そして場に不似合いなほど大きな音が流れては一向に始まらないゲーム画面を見つめた後、コントローラーを放り投げた。 そのままゲームの主電源を落として、テレビ画面も消した。 残されたのは、真っ暗の何も写さない画面だけ。 (言われなくても、分かってるっつうの。ふざけんなあの野郎。) ああ、早く沢村が戻ってくればいいのに。 そしたら、ファンタを奪い取って金は渡さずに、変わりに関節技の一つや二つでもくれてやる。 ギブギブ言うアイツを今日はいつもの倍くらい拘束してやって、…ああそうだ、後であてつけのごとくまた何か買いに走らせるのもいい。 いいだろ、大事に大事にされてんだ、それくらいしたって、別にいいだろ、…なぁ? 独り言に返ってくる返事は、何も無かった。 *** 6000番キリリク、のん様に捧げます、倉→御沢です。 ・倉→御 ・御幸に大切にされる沢村 ・それに嫉妬をする倉持 ・その倉持を笑ってみてる性格の悪い御幸 ・倉持と御幸の間に昔何かが合った 以上のリクエストを網羅出来るようになんとか試行錯誤した結果…、うん、なんだかこんな感じに収束してしまいました(汗) ひいいいい…!センスと文才が足りなくて申し訳御座いません…! 御幸に矢印というのも初めてだし、まともに倉持を書いたのも初めてというヒャッハァ!な具合で…! 普段の御沢よりちょっと大人な文章を目指そうと思ったのですが、…うん、やっぱ御幸は御幸だった…(どーん) 倉持と御幸の間に昔あったアレコレは、倉御でも御倉でもどっちでも構わないということだったので、どっちでも取れそうな感じでぼやぼやにして見ましたが、個人的には一応倉御のつもりで書きまし、た…! もっと露骨に何かを匂わせてもよかったんですが、ほら、栄純ワンコがね、泣いちゃうからね!☆←誤魔化すな でも凄く楽しかったです!倉御…! 倉持の報われなさ具合が相当。倉沢も好きですが、倉御も大好物の雑食です。 いつも不憫な思いばかりさせてごめんね倉さん。大好きなんだよ。勿論! いつか報われる話が書きたいので、倉亮が書きたいと熱烈に思いました。← …と、話が暴走する前に失礼します! 初めて書いたCPのお話に、至らない部分たくさんあって申し訳御座いませんでした…! とても素敵なシチュエーションに、とにかく楽しく書かせて頂きました…! 何かございましたら、24時間体制で書き直し等お受け致しますので、いつでもお申し付けてやってくださいませ…! それではこの度は、素敵なリクエストありがとうございました! 宜しければまた遊びに来て頂けると嬉しいです。 リクエスト、ありがとうございました!御沢ばんざーい!倉持ばんざーい! 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